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僕の前に立った長い金髪の美少女がこう言った。
「1回だけ言うわ。ギル、私と付き合って」
改めて見てもすごい美少女である。カメラのCMとかに出てきそうで、透明感が強すぎて、神秘的な雰囲気さえある。
そんな美少女だったが、今の顔は不機嫌そのもので、イライラとそっぽを向いていて、しかも、病気かと思うくらい顔が真っ赤だった。
「それってどういう……」
少女は真っ赤な顔のまま怒ったように早口で続けた。
「ももちろん、お昼ご飯に付き合ってとかそういう曖昧な意味じゃないの。夫婦的な関係になりたいの。いつも一緒にいたいの。あ、でも、勘違いしないで。正式に結婚するまでは子どもとか無理だから。だからキスはダメ」
「……」
少女は僕の沈黙に、何かに気づいてハッとした。それから恐る恐る、
「…………もしかしてギルはキスしたいの? どどどどどどうしてもと言うのなら……そ、その……考えなくもないけど……あー、でもダメよダメ。私たちまだ子どもだもの……どうすればいいの……」
僕は慌てて、
「ち、違う違う。し、したくないといえばうそになるけどそういうことではなくて」
「よかった……のかな? あれ? 私とキスをしたくないわけではないなら、なんで黙っちゃったの? え? も、もしかして、私振られるの? で、でもキスしたくないわけじゃないってことはきらいじゃないって事だと思うし……ちょっと分かんなくなっちゃったんだけど」
何やら混乱しはじめた少女ーーマリアベルを僕は生暖かい目で見守った。
あれだ。マリアベルはどうやら子どもはコウノトリが連れてくる、と思っている純粋少女の亜流らしい。
たしかにこの世界では、子どもにそのように教えるのだ。
もちろんこの世界であっても、子どもはキスしただけでは生まれてこない。性交によってのみ、子どもはできる。魔術がある世界であってもそれは変わらない。
ちなみにマリアベルも僕も十三歳である。十三歳でキスしたら子どもができると思っているのは頭お花畑と言ってもいいのだが、|この世界の女王の娘なら不思議ではない《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。原典のコードを持つ偉大なる魔術師アルドロス先生の塾に来るまでは、八年間王宮の中だけで育ったはずだからなおさらだ。
僕は微笑んで、それから
「ありがとう。気持ちはとても嬉しいよ」
と言うと、マリアベルが「喜び→恐怖」とすごい勢いで表情を変え、それから慌てて身構えて、
「これはあれね! やっぱり断る気ね!? 断るなら殺す!」
「え? こ、殺されるの? 俺」
「当たり前でしょ! 死ぬほど恥ずかしかったんだから!! 安心して。あなたを殺して、私も死ぬから!!」
「ちょ、ちょっと待って。殺す前に話を聞いてくれ」
「わかったわ。遺言くらいは聞いてあげるからさっさと言いなさい」
「マリアベルは知らないと思うけど、俺はーー」
「俺は?」
「おっぱい星人なんだ。おっぱい星人というのは女性の大きな胸に不必要なほど強い関心を示しーー」
僕の精一杯の告白に、マリアベルはあっさりと、
「……そうね。知ってるわ。お姉様の胸をいっつもじろじろ見ていて、腹立ってたから」
「ゲェ! し、知られていたのか……」
「当たり前よ。ゲルド先生のおっぱいもずっと見てるじゃない。汚らしい」
「ち、ちがうちがう。あれは軟体における重力の作用の仕方について考察していただけで」
「ボールでも投げてなさい!」
「すみませんでした! ……ともかく! おっぱい星人の俺にはーー」
言いながら僕はマリアベルの胸部を見る。
僕の視線につられてマリアベルも自分の胸を見た。まだ淡い膨らみというほどもなく十三歳にしては成長のかけらも見えない乳房とはまだ言えない胸板を。
それからマリアベルの真っ赤だった顔がさらに真っ赤になった。
「殺す!! やっぱり殺す!!!」
恥ずかしさと怒りでは怒りの方が紅潮の度合いが強いという事実を僕は知った。
そして、怒ったマリアベルは本気で怖い、という事実も。
僕は悲鳴を上げて逃げ出しながら、マリアベルがこのタイミングで告白してきた理由を、『やっぱりあれなんだろうな』と思っていた。
◇◇◇
十分後。
僕は塾の裏庭でマリアベルに捕まって馬乗りにされていた。
マリアベルは僕の腹部にまたがっており、いわゆるマウントポジションである。しかもマリアベルは完全に体重を僕にかけているわけではなく、こちらから腹筋を使ったブリッジで跳ね上げたりできないという高等テクニックを発揮している。
お互い息が荒いが、これはエロい意味ではなく、本気で逃げ、本気で追っていたからだ。
おかげで冷たい地面が心地よかった。
見上げると上気した顔のマリアベル。とても綺麗だ。王族の中でもひときわ美少女である。普段は透けるように白い肌で美少女をちょっと越えたくらいの整った顔立ちであるが、その超絶美少女が紅潮しているとなんだかエロチックな美しさを発揮しはじめるから不思議だ。ちなみにマリアベルは王宮で武術を習っているおかげで、動きに無駄がない。そのため喧嘩になると基本僕が負ける。僕が治癒魔術師でマリアベルが槍魔術師であるという事実はあれども、少し情けない。
ただマリアベルはどこか身体が弱そうだ。色白なのは王宮から出ないどころか、太陽の下にほとんど出てこないせいもあるかも知れない。思い起こせば若い頃はすごい美青年だったと評判のマリアベルの父親で現王配も病弱だったと聞いている。何か遺伝的な問題があるのかも知れない。
女王とマリアベルの姉の第一王女は元気だから、運が悪かったということだろう。
息を整えていたマリアベルが馬乗りのまま顔をずいっと近づけてきた。
「で、どうするの、ギル? ここで私に殺される? それとも付き合う?」
告白のあとは脅迫だった。
やむを得ず僕は逃げながら考えていた秘策を繰り出した。
「実は俺もマリアベルのこと好きだ」
「!!!?」
マリアベルの顔が一瞬でゆでだこのように赤くなった。それから咳払いをして
「そ、それって……」
「でも、まだダメだ。一年だけ待って欲しい。やらなくちゃいけないことがあるんだ」
「いやよ」
「それに一年経ったらマリアベルのおっぱいも大きくなるかも知れないし」
「いやよ!!」
「じゃあ、こうしよう。一年経って、マリアベルが別の誰かを好きになったりしなければ、結婚しよう」
今度こそマリアベルの動きが完全に停止した。
恋に憧れる年齢の女子というものは結婚というキラーワードに弱いものだ。それはこの世界でも変わりはない。
案の定マリアベルは三十秒ほども硬直したあとおろおろと周囲を見回し、
「別の誰かって、ば、馬鹿なことを言わないで……今まであなたしか好きになったことないんだから他の誰かを好きになったりするわけないし……」
と真っ赤な顔でごにょごにょ言い出して、それから突然暗い顔でうつむいた。
「でもダメ。待てないの……待てないのよ……私だってお姉様と血は繋がっているんだからおっぱいだってきっと大きくなると思うけど、それまで待つ時間が無いの……おっきなおっぱいでギルの気を引いて、告白するよう仕向けたあとにさんざんじらしてからオッケーを出したかったけどそれも無理なの……」
僕は一拍おいて、
「死霊軍団の話かな?」
「!」
「……」
「…………知ってた……の?」
「噂、だけどね」
「……王家と一部の重臣しか知らないはずなのに。あ、もしかしてアルドロス先生?」
その通りでアルドロス先生から聞いたのだった。
曰く、六魔王の一人。アンデッドの魔王にして不死王と呼ばれる怪物が配下の死霊軍団を率いて南下してきており、二ヶ月以内にこの王国は飲み込まれる、と。
死霊軍団の総数はおよそ百万。
一方このミエガラル王国は全人口でさえわずか十二万の小国である。軍の数は二万。死霊軍団のアンデッドたちは全て兵士と言っていい存在だから恐ろしい戦力差だ。
つまり待っているのは絶望。
そもそも魔王の一人である不死王は全人類共通の敵である。六体存在する魔王はそれぞれ一体で一国に匹敵する戦力と言われている。配下の戦力も含めると、一国どころの騒ぎではなくなる。
何が言いたいのかというと、どうしようもない、ということだ。
マリアベルがうつむいていた。だが、僕はマリアベルの下にいるわけでうつむいている顔が丸見えだった。
マリアベルは泣いていた。それから絞り出すようにこう言った。
「……想い出が欲しいの。好きな人との」
「……俺も一緒だよ。だからそのためにがんばりたいんだ。好きな人が殺されないために。それから好きな人を好きで居続けるために、ね」
「でも……」
「方法はあるはずだ」
「相手は魔王よ!?」
「大丈夫だ。マリアベルが好きになった相手を信じろ。それにアルドロス先生だっている」
アロドロス先生は賢者と名高い。だが賢者と言っても相手は何しろ魔王である。RPGだとボスである。
それでも何とかしなければならない。僕の目的のために。
「ほら、元気出して」
僕は下から手を伸ばしマリアベルの涙を指でぬぐった。
涙でぐちゃぐちゃになったマリアベルの顔に笑みが戻った。
「うん」
「俺は俺でこの一年間がんばるから、マリアベルはマリアベルでがんばってこの一年でおっぱいを大きくして」
「……うん」
冗談のつもりだったのに意外にも真剣に頷かれてしまった。
マリアベルが僕をじっと見た。それから、
「わかったわ。信じる。だってあんたの言うことだもん。信じないと恋人として失格だと思うし」
「……」
「じゃあ、約束。一年経ったら結婚してよ」
「お、おう」
「でも浮気したら殺す」
「え?」
「ギルを殺して私も死ぬ」
「ちょ、ちょっと待って。浮気ってなに? どこからが浮気?」
「おっぱい見たら」
「じ直に?」
「服の上からでもアウト」
「見ちゃうって! 自然に! 何事もなかったように! 仮に俺がおっぱい星人でなくてもおっぱい見たら死亡って即死コースじゃん!」
「おっぱいは脂肪で死亡」
「うまいこといったつもりにならないで! 俺の命の問題だから!」
「……」
「せめて触ったら死刑で!」
「当たり前でしょ!! そんなのただの死刑じゃ生ぬるいわ。車裂きよ!」
「でも俺を殺してマリアベルも死ぬのならマリアベルも明日には死んじゃうよ? そしたら結婚できないよ?」
「た、確かにそうね……なんか納得いかないけど、確かにギルは今日中に死刑になっちゃう気がする……分かった。死刑はちょっと厳しいと思う。代わりに槍で刺す」
「死刑じゃん!」
僕は悲鳴を上げた。
がんばります。