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その吸血鬼は、ゲーム世界でもツイてない。  作者: 果実夢想
八章【遠方の人を思う】
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相反する

 僕の過去を明かし、胸中に(わだかま)っていた真っ黒な靄が晴れたあと。

 イベリス、ネリネ、ガーベラは個室へと戻ったが、僕とヴェロニカだけはまだ甲板に残っていた。


 どうやら、まだ少し僕に訊きたいことがあるらしい。

 もう夜も遅いのだが、不思議と眠くないため、せっかくだからもう少し付き合ってみることにしたのだ。


「……あんたのお母さんは、どうしてるの?」


 やがて、ヴェロニカは僕に少し躊躇いがちに問う。

 ついさっき辛い過去の話をしたばかりで、訊いていいものかどうか迷ったのかもしれない。

 そんなに気にしなくてもいいのに。


「もう、家にはいないよ」


「いないって、どういう……?」


 父親がもういないのは、さっき話したばかりだが。

 その過去に登場した母親もとっくにいないとなると、気になってしまうのも無理はないか。

 今までの僕なら話すことを渋っていたかもしれないが、今は違う。


 ヴェロニカは、僕が父親を殺したという事実を知っても尚、僕を軽蔑したり畏怖したりしなかった。

 そんな大事な仲間だから、話してもいいかなって思えてしまったのだ。


「お父さんが死んでから数日は、大して変わった様子もなく三人で暮らしてたんだ。いや、今考えたら、もしかしたらあれは僕たちを不安がらせないために明るく振舞っていただけなのかもしれないけど……。でも、お母さんはそうやって強がることにも限界を感じてきたのか、徐々に弱っていったんだ。一ヶ月くらい経った頃……僕たちの前から姿を消したよ。『ごめんなさい』って書かれた、たった一枚の紙だけを残してね」


「そう、なんだ……」


 あんな父親でも、お母さんはきっと好きだったのだろう。

 恋愛をしたことのない僕にはあまり分からないけど、好きだからこそ結婚したのだと思うし。


 そんな父親を失って、しかも奪ったのが他でもない自分の息子で。

 お母さんがどんな心情だったのか、僕には分からない。

 だけど、確かにどんどん変わっていった。それまで優しくて穏やかだったのが嘘だったかのように、寡黙になってしまったのだ。


 そして、まだ幼かった僕たちを置いて。

 自分一人だけ、あの家から逃げた。


 今、どうしているのか。

 どこで、何をしているのか。

 僕には、皆目見当もつかない。


「……大変だったわね。子供二人だけで暮らすなんて」


「最初は家事すら上手くできなくて、大変だったなぁ……。でも、妹も進んで協力してくれたからさ。何とか、やってこれたんだ」


「あんたと妹さんの仲がいいのも納得だわ」


 確かに、その通りだ。

 そうやって家事を二人で協力して、子供ながら一緒に頑張ってきたからこそ、僕たちは未だに大した喧嘩もなく仲がいいままでいられるのかも。


「あたしも、それくらい仲がよければ……」


 ふと、聞き逃してしまいそうなほど小さな声でボソリと呟いた。

 僕の視線に気づいたのか、はっとしてヴェロニカは両手を前に突き出して左右に振る。


「あ、いや、何でもないわ。気にしないで」


 さっきの横顔は、どこか悲しそうに見えた。

〈キーワ〉の仲間に誘われてはいないとはいえ、それでもヴェロニカにも何かあるのだろうか。


「よければ、ヴェロニカの過去とかも聞かせてよ。その様子だと、何かあるんじゃないの?」


「だ、だから本当に何でもないのよ」


「僕には過去のこと訊いたのに?」


「うっ……そ、それは……」


 ヴェロニカは、口角を引きつらせる。

 僕には過去の話を訊いておきながら自分は話さないだなんて、ヴェロニカ自身も不公平だとは感じているのかもしれない。


 ただ、僕だってもちろん、話したくないことを無理矢理聞くつもりもない。

 僕が話したのは、たまたま話す気になったというだけで、それをヴェロニカにも強要したくはない。


「冗談だよ。話したくないなら、別に話さなくてもいいから。今でも、明日でも、来週でも、話したいと思ったときに話してくれればいい。永遠に話したいと思わなければ、それでもいいし」


「シオン……」


 僕にも、話したくない過去があったのだ。

 だから、ヴェロニカにも何かしらの話したくない事情があってもおかしくはない。


 ただ、〈キーワ〉から仲間に誘われていないということは、おそらくそこまで辛い過去ではない可能性が高いだろう。

 もちろん他人から見れば、という話なだけで、自分自身が辛いと思ってしまっている可能性もあるけど。

 ヴェロニカの問題は、僕たちのようにそこまで辛いものじゃなければいいのだが……。


「……あんたも、結構そういう冗談言うのね。なんやかんやで自分の過去も話してくれたし、ちょっとは心を開いてくれたってことかしら?」


「う、うるさいな」


 今度は逆にジト目でからかわれてしまい、僕は思わず目を逸らす。

 確かに最初と比べたらちょっとは変わったのかもしれないけど、それを面と向かって言われると少し照れ臭い。


 一体どれだけの長い間、一緒に行動してきたと思ってるんだ。

 さすがに、もうヴェロニカとの間に壁を作るわけにもいかないだろう。

 これからも、同じパーティの仲間として、フォルトゥーナの一員として、この世界を旅していくのだから。


「……でも、本当に大したことじゃないのよ。あんたたちみたいに、命が関わっていたりとか、そういうことは一切ないから。ただ――ちょっと仲が悪い姉がいるだけよ」


 どこか遠い目をして、ヴェロニカは言った。

 ヴェロニカの表情は少し憂いを帯びている。


 ちょっと仲が悪い姉、か。

 姉のほうはどうなのか分からないが、少なくともヴェロニカはもっと仲良くしたいのだろう。

 だからこそ、僕と妹の仲の良さを羨んでいたのかもしれない。


「ま、それだけだから。ほら、早く寝ないと明日に支障を来しちゃうわよ。先に失礼するわ」


 最後にそれだけを告げ、ヴェロニカは甲板から出ていく。

 ヴェロニカたち姉妹の問題は、さすがに赤の他人である僕には解決できそうにない。

 何より、姉はこっちの世界には来ていないだろう。

 ヴェロニカと会ってから間もない頃、家族はゲームには興味ないと言っていたし。


 ガーベラによると、明日には目的地の慈悲大陸ディルウィードに到着できる見込みらしい。

 寝不足の状態で新しい大陸に行くわけにもいかないから、僕もそろそろ寝ておくか。


 そう思い、自分の個室へと戻った。

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