ヒーローはどこまでも臆病で
「そんなことが……」
僕の話を聞き終わり、ヴェロニカは戦慄して呟く。
さすがに、ここまでの壮絶な過去だったとは思っていなかったのだろう。
無理もない。
自分で話しておきながら、自分がしっかりと経験しておきながら、未だに自分のことだなんて信じられないくらいなのだから。
……いや。
僕の場合は、ただ信じたくないだけか。
「これが、僕の過去だよ。僕は、自分の手で殺したんだ。実の、父親を」
「……っ」
ヴェロニカが息を呑む。
僕が紛れもない人殺しで、どう答えればいいのか分からなくなっているのかもしれない。
だから。
だから、僕は話したくなかったんだ。
やっとできた仲間たちに、嫌われたくなかったから。
これ以上、大切なものを失いたくなかったから。
「ごめん、軽蔑したよね」
「……何、言ってるのよ」
ヴェロニカは拳を握り締め、わななきながら漏らす。
泣いているかのような、怒っているかのような、苦しいかのような。
そんな表情で、僕を見据えて叫ぶ。
「軽蔑なんか、するわけないでしょ。だってあんたは、ただの人殺しなんかじゃない!」
思わず、絶句してしまった。
驚いて、声が震えるのも隠すこともできない。
「な……何、言って……。さっきの話、聞いてなかったの……?」
「ちゃんと聞いたわよ。聞いてたから言ってるのよ」
意味が分からなかった。
僕は、自分の手で、実の父親を刺し殺したのだ。
そんなもの、人殺しじゃなかったら何だと言うのか。
「あたしは、当人じゃないから詳しいことは分からないけど。あんたの話を聞いた感じだと、どうしてもあんたのことをただの人殺しだとは思えないわ」
「だ、だから、何で……」
意味が分からず、声を震わせながら問う僕に。
ヴェロニカは僕の目を見据えて、優しい目で微笑んだ。
「だって、あんたは――妹さんを守ったんでしょう?」
その言葉を聞いた途端、何だか自分の目に違和感を覚えた。
おかしいな。
何で、何でこんなに、視界がぼやけるんだろう。
何で、何でこんなに、涙が止まらないんだろう。
「確かに、世間からしたら咎められることだとは思う。人を殺したっていう事実だけを取り上げられて、大事なところには目を向けられなくて……それで、あんたも苦労したんでしょう?」
手の甲で、瞳から流れ落ちる涙を拭う。
しかし、いくらやっても涙は止まってくれない。
父親を殺したのだから、当然警察沙汰にならないわけがない。
でも、僕は逮捕されることはなかった。
妹と母親の発言もあって、正当防衛が成立したと判断されて。
僕は、法に裁かれることすらできなかった。
僕にとっては、それが最も辛かった。
殺人が起こったことはあっという間に周りに知れ渡り、外を歩けば近所の人たちから奇異の視線を向けられ。
学校に行けば、陰口や虐めが絶えない日常。
みんなは口を揃えて、僕にこう言った。
――『人殺し』と。
だから、僕は人との接触を避けるようになった。
避けて、避け続けて、引きこもりになったんだ。
「あんたは人殺しじゃない。少なくとも妹さんにとっては、あんたは紛れもない――ヒーローよ」
「ヒー……ロー…‥?」
「そうよ。あんたは、妹さんの命を救ったんだもの。いくらあんたが周りから咎められようと、あたしは絶対にあんたを咎めたりしない。あんたが周りから否定されるなら、あたしはそれ以上にいっぱい肯定する。だから、あんまり自分を責めるんじゃないわよ」
「でも……でも、僕は……」
「はぁ……あんたねぇ」
ヴェロニカはため息を漏らし、突然動き出す。
僕を、力強く抱きしめた。
「大丈夫よ、シオン。あんたがやったことは、間違いじゃない。お母さんも、妹さんも、絶対にあんたに感謝してる。絶対に、あんたに救われた。あたしも、あんたに何度も救われたの。ありがとう、シオン。あんたがいてくれたから、あたしも妹さんも、ちゃんと今を生きていられる」
涙が、止まらない。
ヴェロニカの温もりを感じながら、そんな優しい言葉を聞きながら。
僕は、嗚咽を噛み殺すことすらできなかった。
「僕は……本当に、よかったのかなって……何度も、何度も……」
「いいのよ。大丈夫だから」
ゆっくりと、僕の頭を撫でるヴェロニカ。
まるで、お母さんに撫でられているみたいで、とても心地よい。
「……ありがとう。ヴェロニカ」
「何言ってるの。お礼を言われるようなことなんてしてないわよ」
明るく振舞いながら、ヴェロニカは僕から離れる。
ああ……そうだ。
僕は、大事な家族を、仲間を守る。
それは、昔も今も変わっちゃいない。
もし、その仲間たちを脅かす存在が今後も現れるのなら、僕は――。
そこで、不意に。
ガタっと、妙な物音が背後から聞こえたかと思えば。
突然甲板の扉が開かれ、イベリス、ネリネ、ガーベラの三人がなだれ込む。
「み、みんな何してるのよ!? も、もしかして聞いてたの!?」
突如として現れた三人の姿に、赤面したヴェロニカが慌てて叫んだ。
すると三人は咄嗟に立ち上がり。
目を逸らしたり、誤魔化すように笑ったり、下手くそな口笛を吹いたり別々の反応で返してくる。
「いつから、そこにいたのよ……」
「やははー、『じゃあ何で、あんたはそんな顔してんのよ!』の辺りデスかねぇ」
「かなり最初のほうじゃない!」
ということは、三人にも僕の過去を聞かれてしまったのか。
それだけじゃなく、僕が泣いたことも、ヴェロニカに抱きしめられたことも見られてしまったというわけで。
やばいな……めちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
「ヴェロニカもいいこと言いマスねー、感心しマシタ」
「う、うるさいわね!」
僕だけでなく、ヴェロニカもかなり恥ずかしそうに赤面して狼狽えている。
だが、おかげで涙は引っ込んだ。
その代わり、今は猛烈に顔が熱くなっているけど。
「シオン、もしかしてヴェロニカに惚れちゃいマシタか? ワタシというものがありながら?」
「……惚れないから。イベリスのものでもないし」
ただ、一言だけ言うなら。
わりと、危うかったかもしれない。
ドキドキしたことは確かだけど、さすがに惚れるところまでは行ってない……はずだ。
「……シオンよ」
ふと、ガーベラが僕の名を呼んだ。
「貴様は、後悔しているのか?」
「確かに、後悔したときもあったよ。あのとき、もっといい方法があったんじゃないかって、何度も考えて、悩んで、苦しんだ。けど……今は、もう後悔してない。ヴェロニカのおかげで、僕は大切な人を守れていたんだって分かったから」
「ふん、ならばそれでいい」
ガーベラも、僕を心配してくれていたのだろうか。
いや、ガーベラだけじゃないか。
イベリスもネリネも、もちろんヴェロニカも。
安心したように笑い、僕を見ている。
相変わらず、僕は迂闊だ。
迂闊で、馬鹿で、どうしようもない。
今の僕には、こんなに優しくて強くて最高な仲間たちがいるじゃないか。
何だか少し、救われた気がした。




