船内の暗黒物質
「す、すごいデス……!」
周りを見回しながら、イベリスは声を弾ませる。
いや、イベリスだけではない。
僕もヴェロニカも、同じように感嘆の吐息を漏らす。
棘山から脱出したあと、みんなで荒野を歩き。
僕たちは、ガーベラの船へと辿り着いたわけだが。
船上は、思っていたより何倍も大きく広かった。
当然船の中も広く、十人以上乗ってもまだ余裕そうなほど部屋の数も多い。
今までガーベラが一人で使っていたのが、もったいないと感じてしまうくらいだ。
ガーベラが仲間になってくれて本当によかったと、つくづく思う。
わざわざ港へ行って料金を払う必要もなくなるし、船の中に睡眠や食事を取る場所も設えられているらしいので、宿代も浮く。
まさに、いいことづくしだった。
「くはははっ! 喚くな、人間どもよ。この黒き破滅の船に乗せてやった以上、無礼は許さぬぞ……?」
「わーっ、すごいデス! すごいデス! 探検してきマス!」
「ちょっとは聞けよぉっ!」
ガーベラの言葉を無視し、イベリスは船の中へ駆け出してしまった。
子供みたいなはしゃぎっぷりだなぁ……気持ちは分かるけど。
「時に、呪われし血を持つ悪鬼よ。貴様らが向かう地は、慈悲大陸でよかったな……?」
「あ、うん。そうだよ」
「よかろう。着くまで、貴様らもせいぜい船の中で休憩しておくがいい」
「あ、ありがとう」
ガーベラは舵輪を回し、船を動かした。
一瞬だけ大きく揺れたが、すぐに心地よい揺れへと変わる。
あんなに小柄な少女が一人で船を操舵している様子は、何だか異様だが少しカッコいいと思ってしまった。
「じゃ、あたしたちも中に行きましょうか」
「そうだね」
船に関しては、僕たちは全くの素人だ。
だから操舵は職業が海賊であり船の所有者であるガーベラに任せ、僕たちは船の中へ入る。
扉を開けると、すぐに階段があり。
下りると、両端に五つずつ、計十個の扉が並んでいた。
扉を開けて確認してみたら、中には机や椅子、ベッドや棚などが置かれている。ということは、ここは僕たちの個室となるのだろう。
個室にはもう一つ透明な扉があり、そこを開くと船の側面へ行けるようだ。
海を眺めながら肌に当たる潮風が、とても気持ちいい。
そして個室から出て奥へ進んでいくと、少し広い空間となっていた。
料理のできるキッチンに、みんなで食事を取れるようテーブルと椅子も配置されている。
ある意味、普通の家より快適かもしれない。
更に、もうひとつ下へと続く階段が。
下りると、物置や、まだ何も置かれていない空き部屋などもあった。
トイレと風呂もあり、この船だけで生活に必要な最低限のものは一通り完備されているらしい。
「あ、シオン! ここの風呂なら、みんなで一緒に入ることができるみたいデスよ!」
と、不意に風呂の扉が開き、中からイベリスが興奮しながら出てきた。
どこに行ったのかと思ったら、こんなところにいたのか。
「ど、どうしたの?」
「ここなら、一緒に入れるんデスよ! ということは、やることは一つデスよね? デスよね?」
「言っておくけど、イベリスと一緒に入る気なんてないからね?」
「なん、デスと……!?」
何やら猛烈にショックを受けているが、さすがに一緒に入浴なんかできるわけがない。特にイベリスと一緒は……怖い。
時間や順番を決めて、一人ずつ入ればいいだけだろう。
「むう……しょうがありマセン。だったら、今晩は一緒に寝マショウ!」
「絶対やだ!」
「そんなに拒まなくてもいいじゃないデスかぁ……」
今度は涙目になってしまった。相変わらず、ころころと表情がよく変わるなー。
と、いつもと大して変わらない漫才を繰り広げている間に、少し疑問に思うことができた。
「そう言えばさ、ご飯とかってどうするの? 僕は料理なんてできないんだけど」
「やははー、ここでワタシの出番デスね!」
僕の問いに、予想外の人物が名乗りを挙げた。
もしかして、イベリスって意外と料理が上手かったりするのだろうか。
全く、そんな風には見えないけども。
「ワタシの料理の腕を見せてあげマスから、ちょっとついてきてくだサイ」
言われた通りに、僕たちはイベリスの後について行く。
そしてイベリスは、キッチンで冷蔵庫から複数の食材を取り出し、料理を始めた。
僕、ヴェロニカ、ネリネの三人は、そんなイベリスの様子を見ながら椅子に座って待つ。
不安がないと言ったら嘘になるが……まあ、自信があるみたいだし、とりあえず信じてみるとしよう。
やがて、イベリスは料理が盛られた皿を三つ運んできた。
できることなら、美味しそうだと思いたかった。食欲がそそられるような、そんな料理を出してほしかった。
なのに、目の前に置かれた料理を見て。
僕が、いや僕たちが思ったのは。
「……な、なにこれ」
そんな、感想とも呼べない一言しか出てこなかった。
皿の上に料理が盛られているのは、かろうじて分かる。
が、何の料理なのかが全く不明なのだ。
全体的に、黒い。
あまりにも真っ黒で、何だか腐ったような変な匂いもしている。
更に、臭気のような、禍々しいものまで漂っていて、ちっとも食欲が沸かない。
「やはは、卵焼きデスよ!」
「卵焼きなの、これ!?」
思わず叫ばずにはいられなかった。
どこに卵要素があるんだ……。
これじゃ、ただの『焼き』じゃないか。
「……卵焼きに謝って。全国の料理人に謝って」
「も、文句は食べてから言ってくだサイよっ! ほら、まずは一口デス!」
ネリネがジト目で呟くも、イベリスに食べることを促されてしまう。
明らかに逡巡した様子を見せたのち、ネリネはゆっくりと口に運んでいく。
そして――。
「……ん、ぐゅ、ぶ、かっ」
今まで聞いたことないような、奇妙な音を口から発した。
いつも通り無表情ではあるものの、顔が少し青ざめている気がする。
「だ、大丈夫?」
「……」
だめだ、目が死んでいる。
どうやら僕の問いに答える元気すらないらしい。
「あんた、一体何入れたのよ?」
「卵とチーズと醤油とソースとマヨネーズとケチャップと胡椒と塩と辣油と酢と味噌とドレッシングと七味唐辛子と、たっぷりの愛情と夢と希望と」
「ああ、もういい。もういいわ。どんだけ調味料ぶっかけるのよ……」
「ぶっかけって、えっちぃこと言いマスね」
「やかましい。あんたに期待した、あたしが馬鹿だったわ」
全くの同感である。
ひとつひとつは美味しいものでも、この場合は溝に捨てているのと同義だろう。
もう二度と、イベリスに料理はさせないほうがよさそうだ。
ふと、そんなやり取りをしている間に、ガーベラがこの場に姿を現す。
すぐにガーベラの視線は僕たちの前に並んでいる料理(?)に注がれ、途端に戦慄として声を震わせる。
「な、何だ、その暗黒物質は……!? 貴様ら、一体どのような儀式を以てそれを生み出したというのだ……! くっ、その禍々しい気……この海王神たる我でも、気圧されてしまうほどだ……!」
「卵焼きデスって!」
「……何?」
怪訝そうな表情を浮かべるガーベラに、僕は遺憾ながら説明をする。
すると、ガーベラは苦笑しつつ半眼で呟いた。
「……人の食材を無駄にするな」
ごもっともです。
今回に限っては、ガーベラの言う通りだ。
「愚かな五帝を司る魔法戦士よ、貴様は二度とキッチンに近寄るでない。料理は……我がする」
「ガーベラって、料理できるんだ」
「ふん、料理など簡単なことよ」
でもまあ、確かに今まで一人で船に乗っていたのなら、料理くらいできて当然なのかもしれない。意外だったが。
と、いうことで。
これからの食事は、ガーベラが作ることになった。
実にありがたい。




