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これが土の精霊

 あれから、どれくらいの時間が経過したのか。

 正確には分からないが、オレンジ色だった空がもうすっかり暗くなっていることから、かなり経っているのだろう。


 そう。もう、夜だ。

 僕――シオンは、イベリスたちと頂上で待ち続けている。

 でも、ヴェロニカはまだ一向に戻ってくる様子はない。


 手こずっているのかもしれない。

 棘山の内部はかなり広く、そしてかなり高い。

 魔物も出現するし、楽にはいかないだろうとは思っていたが。


「我を待たせるとは……くたばっているのではないだろうな……ッ!?」


「大丈夫だよ、そんなことない。ヴェロニカは、絶対に戻ってくる」


「……」


 僕が目を見据えて言うと、ガーベラは気まずそうに目を逸らす。

 ガーベラだって、別に悪気があって言ったわけじゃないはずだ。

 それどころか、むしろ僕たちと同じで信じているんだ。信じているからこそ、早く戻ってきてほしい、と。

 そう思っているのだろう。


 ――と、不意に。

 どこからか足音が聞こえてきたかと思えば、ついに頂上に姿を現した。


 体中が汚れ傷も目立つヴェロニカと、火の精霊クリムの姿が。

 クリムは全身に炎を纏っており、その背中には巨大な大砲と思しき物体を背負っている。

 すごいな……あんなに小さな体で、あんなに大きなものを持ち運ぶことができるのか。

 ますます、精霊のすごさを思い知らされた。


「ごめん。コウモリみたいな魔物に襲われたりして、ちょっと遅くなったわ」


 体中が汚れていたり傷ができていたりしているのは、それが原因か。

 でも、それだけで済んでよかった。

 確かに汚れや傷はあるものの、見たところ大したダメージを受けた様子はない。


「よかったデス。心配してマシタ」


「遅くなって悪かったわ。でも……これで、試練はクリアなのよね?」


 ヴェロニカが天を見上げて声を張り上げる。

 すると、再び脳内に声が響き渡った。


『よかろう、確かに試練は達成したと見える。だが、まだだ。まだ終わってはいない』


「え……?」


 謎の声が言っていた試練の内容は、棘山の内部に隠されている大砲を見つけ出し頂上に持ってくること。

 つまり、ヴェロニカは無事に果たした。それは、脳内に響き渡った声も達成したと言っていたことから間違いはないはずだ。


 なのに、まだ終わっていないとはどういうことなのか。

 その言葉に、ヴェロニカも同様に訝しみ、素っ頓狂な声をあげていた。


『そうだな……その盾、少し貸してもらおうか』


 盾。ミントスペアにて、ランも含む僕たちでお金を出し合って購入したもの。

 それ以来ずっとヴェロニカが持っている盾を、この謎の声に貸すとは、ますます意味が分からない。


「貸すって、どうすればいいのよ?」


『目の前のタヌキに差し出すがいい』


「タヌキに……?」


 確かに、僕たちのすぐ近くには茶色のタヌキがいる。最初から、ずっと頂上にいたみたいだが。

 未だに身動きひとつ取らず、生きているのかどうかすら分からないくらいのタヌキ。

 盾を渡して、一体どうするというのだろう。


 意図が全く分からないが、断るわけにもいかない。

 ヴェロニカは怪訝そうな表情をしつつも、ゆっくりと歩を進める。

 タヌキの目前にまで到達したとき、しゃがみ込んで盾を前に差し出した。


「えっと……これで、いいのかしら」


 すると、タヌキは突如として動き出し。

 ガバッと、勢いよく盾をひったくるようにして取る。


 そして――大きく口を開き、その中に盾を入れて。

 思い切り、歯で噛み砕いた。


「えっ!?」


 喫驚する僕たちに構わず、タヌキはボリボリと盾を噛み砕いていく。

 噛んでは飲み込み、噛んでは飲み込む。

 それをひたすら繰り返し、ボリボリゴリゴリといった硬そうな音だけが響き渡る。


 やがて、僅か数秒程度で、盾が全てタヌキの胃袋へ吸い込まれてしまった。

 もしかして、盾を……食べたというのか。

 歯が丈夫とかいうレベルではない。


「ちょっ、ちょっと、何してんのよ!? それ、高かったのよ!?」


 驚愕のあまり固まっていたヴェロニカが我に返り、タヌキに詰め寄る。

 しかし、肝心なタヌキは食後の余韻に浸るかのように自身の腹を撫でていた。

 かと思ったら、再び口を開き――。


「……ふう、満足満足。美味しかったぽん。これからも餌を忘れないようにしてほしいぽん」


 とても甲高い声で、そんな言葉を紡ぎ出した。

 いきなり喋ったことで困惑が僕たちを支配し、辺りに暫しの静寂が訪れる。


「……しゃ、喋った……?」


 やがて口火を切ったのは、ヴェロニカのそんな震え声。

 まるで見たことのない怪物を目撃したときみたいな、信じられないものを見るかのような眼差しをタヌキに向けている。


「どうしたぽん? おらのマスターになるんだから、あんまり情けない顔しないでほしいぽん」


「そ、そんなこと言われても……って、え? マスター?」


「そうだぽん。おらは土の精霊――ラウンだぽん」


 これは驚いた。最初からここにいたタヌキが、土の精霊だったのか。

 ということは、さっき脳内に響いていた声は、このタヌキのものだったのだろうか。明らかに、口調やら声質やらが違う気もするが。


「マスター、手の甲を見せてほしいぽん」


「手の甲? こう?」


 言われた通りに手の甲を差し出す。

 すると間髪入れず、タヌキ――ラウンは。

 ヴェロニカの手の甲に、自身の唇をくっつけた。


「なっ……何してんのよ!?」


「処女を奪ったわけじゃないんだから、この程度のことで慌てないでほしいぽん。ただ、契約を済ませただけだぽん」


「しょ、処女ってうるさいわねっ! 契約って、どういうことよ」


「だから、これでおらは正式にマスターの精霊になったということだぽん。これからは、専用の詠唱を唱えればおらを呼び出すことができるぽん」


 ということは、クリムと同じように呼び出したり帰したりが可能になるわけだ。

 まさか、精霊との契約とやらが、手の甲にキスをすることだとは。

 簡単だが、ちょっと求婚みたいで嫌だな。


「マスター、おらだってお腹を空かせることくらいあるぽん。だから、おらを呼び出すときは餌がほしいぽん」


「餌って、さっき食べた盾みたいな?」


「そうだぽん。正確に言えば、硬いものだったら何でもいいぽん。ダイアモンドでも、岩でも、おらは美味しくいただくぽん」


「わ、分かったわ……」


 ある意味、等価交換というやつかもしれない。

 ただ、そうなると何の見返りもなしに力を貸してくれるクリムが聖人のように思えてくる。人ではないけど。


 都合よく硬いものがあるとは限らないが、もし硬いものが何もなかった場合はどうなるのだろう。

 そのときは力を貸してくれないとかだと、さすがに困るぞ。


「それじゃ、おらに手を翳して詠唱を唱えるがいいぽん」


 ヴェロニカは複雑そうな顔をしながらも、言われた通りに手のひらを突き出す。

 詠唱は教えてもらっていないが、ヴェロニカは既に詠唱が分かっているらしく。

 目を閉じ、詠唱を唱え始めた。


「豪然たる土の化身よ、我の名のもとに退出せよ――Canis ex solo raccoon」


 瞬間、ラウンを淡い光が包み込み。

 そのすぐあとには、もうそこには何も残されてはいなかった。

 クリムと同じように、ラウンも帰したということか。


「えっと……じゃあ、行きましょうか」


 肩越しにこちらを振り向き、ヴェロニカはそう言った。

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