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大海を統べる孤高な海の主

 ――翌日。


 僕たちはアリウムさんの家で起床し、朝食をいただいたあと外に出た。

 そして、四人で町の外へ。


 今後何かしらの予定ができれば分からないが、きっとこの町に来ることはもうないだろう。

 これから行く場所は、慈悲大陸ディルウィード。

 そのために、まずは港へと向かう。


 港まで、決して近くはない。

 だから、朝早くに出てきたわけだが……それでもディルウィードに到着するのは早くても明日、遅いと明後日くらいになりそうだ。

 デイジーによると、船で一日程度はかかるらしいし。


 そんなことを考えながら、海沿いを四人で歩き。

 特に理由もなく、何気なしに後ろを振り向く――と。


 海の上を、大きな船が進んでいるのが見えた。


 ここに来るために乗った船よりは小さくはあるものの、それでも十人以上乗っても全然余裕そうなほど大きい。

 港にあるような船とは、大きさも形も柄も異なるが、もしかして港へ向かう途中なのだろうか。


 僕は、ついそう思った。

 反対側からやって来て、港のある方向へと進んでいたのだから。


 しかし、その船は僕たちの近くまでやって来たかと思うと。

 突然停船し、中から一人の女の子が姿を現した。


 ウェーブがかった黄色の長髪に、ぱっつんの前髪。

 小柄な体躯に纏っているのは、海賊服に海賊帽。何故か右目には黒い眼帯をつけている。

 更に、腰の位置から碇のような形をした武器が鎖で繋がっており、背中に留めていた。


 訝しむ僕たちをよそに、謎の少女は船から下りてくる。

 そして――腕を組み、いきなり高笑いを始めた。


「くはははははっ! 我は大海を統べる海王神なり! この大海原は全て我のものだ……っ!」


「は、はぁ……」


 わけが分からない。何なんだ、この子。

 何やら気持ちよさそうにドヤ顔を決め込んでいるけど、僕たちはただ困惑するばかりである。


「‥…頭大丈夫?」


 かと思いきや、ネリネがいつもと変わらない様子で冷たい一言を放つ。

 相変わらず、初対面の子にも容赦ないなぁ。


「あ、憐れむなっ! ふっ……まあ、良い。凡人ごときが我を理解することなど不可能にも等しいのだからなっ! くははははは!」


 こ、これは……俗に言う、厨二病ってやつだろうか。

 海は我のものだとか何とか言っていたが、そういう設定を自分で考えて演じているわけだ。


「痛々しい厨二病少女デス! 可愛いデス!」


「痛々しいって言うなっ! 抱きつくなぁっ!」


 イベリスが興奮して抱きつくと、少女は驚いて叫び声をあげた。

 キャラを演じているときの声は作っていたのか少し低めの声を出していたが、先ほどの叫び声は一転して高くて可愛らしい声だった。

 きっと、そっちが素なのかもしれない。


「お、愚かな奴め……我にそのような無礼を働くとは……っ! 貴様のその脆い肉体、海の中に沈めてやろうかっ!」


「やはは、可愛いデスぅ」


「は、話を聞けっ! 頬ずりをやめろぉっ!」


 若干赤面しつつ抵抗するも、イベリスは全く離れる様子はない。

 初対面でありながらイベリスのセクハラを受けてしまう羽目になったのは、さすがに同情を禁じ得ない。


「……で、結局あんたは誰なのよ?」


「誰、だと……? いいだろう、厚顔無恥で無知蒙昧で浅薄愚劣な貴様らに、我の偉大なる真名を轟かそうではないか……っ! 刮目せよ! 我こそが、大海を統べる海王神ポセイ――って、邪魔だポーズが取れんわっ!」


 名を名乗る途中でポーズを取ろうしたようだが、イベリスが抱きついていたために上手くできなかったらしい。

 すると、満足したのか蕩けた表情でようやくイベリスが離れた。


「……ガーベラ。これが、我の偽名だ。くははは、まだ真名を教えるには早いようだからな!」


 何やら諦めたように言ったが、絶対それが本当の名前だと思う。

 せっかくポセイドンとカッコつけて名乗ろうとしていたものを邪魔されたせいで、やる気が削がれてしまったのかもしれない。


「意外と普通の名前なのね」


「黙れ……我の創造神に、咎められてしまったのだ。全く忌々しい……っ!」


「創造神?」


「……またの名を、親と言う。何が、『もういい年なんだから、そろそろ卒業しなさい』だ! 仕方なく家では、このような言動は控えてはいるが……我を愚弄したことを、絶対に後悔させてやる……っ!」


 ガーベラにも、色々あるみたいだった。まあ、別に同情とかはしないけども。

 ただ、今の発言。

 もしかしたら、ガーベラもそうなのだろうか。


「ねぇ、ガーベラ。それって、元の世界の話?」


「……む? もしや、貴様……」


「僕たちも、プレイヤーなんだよ。このゲームのね」


「ほう。くはははは、まさかこのような場所で遭遇してしまうとはな! 我の同胞はらからよ!」


 途端、ガーベラは嬉しそうに笑い出す。

 やはり、思った通りだったか。


 ポセイドンという名前を使おうとしたところを親から咎められ、仕方なくガーベラという名前をつけた。

 そんな言い方だと、さすがに本名のことではないだろう。

 となれば、ゲームで最初に決めるネーミングの話かと思って訊ねてみたのだが、合っていたらしい。


「そう言えばガーベラ、この船って……」


「くはははは! 我は大海を統べる海王神ぞ? この程度の船など持っていて当然だろう」


 僕は船を見る。

 やはり、大きい。こんなに大きくていい船を所有しているだなんて、一体どうやって手に入れたのだろう。


 そんな疑問を抱きはしたものの、再びガーベラへと視線を移したことで察した。

 ガーベラが選んだ職業クラスは――海賊か。

 服装からして、それは明らかだった。


 でも……そうか、ガーベラは船を持っているのか。

 それはつまり、港を使わなくとも好きなときに行きたい場所を行けるということ。

 単純に、羨ましい。


「あのさ。その船、僕たちも乗せてくれないかな? ちょっと行きたいところがあって」


「何? 断る。我の足とも呼べる黒き破滅の方舟に、貴様らのような平凡な人間を乗せるわけにはいかぬ!」


 さっきは同胞とか言っていたくせに、平凡な人間呼ばわりとは。

 確かに図々しかったかもしれないけど、僕たちにも船があれば今後かなり楽になることは事実。


「だめかな。慈悲大陸ディルウィードってところに行きたくて」


「しつこいぞ、我の船はタクシーではない!」


「じゃあさ、僕たちのパーティに入らない?」


「な……はぁっ!?」


 ほんの少し頬を染め、目を見開いて驚愕するガーベラ。

 初めて、ガーベラの素のリアクションを見た気がする。


「うわっ、またシオンが他の女の子をナンパしてマス」


「いや、違う! イベリスと一緒にしないで!? ただ、ガーベラが仲間になればかなりいいなって思っただけだから!」


 ガーベラは決して悪い子ではなさそうだし、所有している船を使えるようになれば旅も楽になる。

 それに、ガーベラの性格上、一緒に旅するのも楽しそうだ、と。

 そんなことを、ふと思っただけだ。


「わ、我が、仲間に……? こ、こ、断る。我は孤高な海の主。仲間など――」


「お願いしマスよー、ワタシもガーベラに仲間になってほしいデスー」


「ギャーッ! いちいち抱きつくなぁっ!」


 またもやイベリスから抱きつかれ、ガーベラは涙目になって叫ぶ。

 必死に自分の体から引き剥がしたあと、ガーベラは僕に向き直って言ってくる。


「貴様……一つ、条件がある」


「条件?」


 思わず首を傾げる僕に、ガーベラはその条件とやらを提示した。

 真っ直ぐ、僕を見据えて。


「――我とともに、棘山へ赴いてもらう」

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