次への道標
「こ、ここは……」
突然目の前に広がっている光景が変わり、僕は思わず辺りを見回しながら呟く。
さっきまで、僕たちは井戸の底でアロエと戦っていたのに。
なのに、今は――目の前に、カナンガの町が顕在していた。
アリウムさんは地面に座り込み、デイジーは杖を掲げていた腕を下ろす。
そしてヴェロニカ、イベリス、ネリネの三人はデイジーによって傷が治癒され、意識も戻ってきたのか上体を起こしたり、横になったまま辺りを見回したりしていた。
つい先ほど、アロエとの戦闘中。
突然デイジーが現れ、僕たちを回復させたあと杖を掲げて詠唱らしきものを始めた。
それから間もなく、気づいたときには僕たちは荒野に立っており、目の前にはカナンガの門。
ということは、おそらく。
僕たちは、一瞬にしてカナンガの前まで転移してきたということだろう。
それも、きっとデイジーの魔法によるものに違いない。
「ふぅ……何とか間に合いましたね。みなさんが無事で、本当によかったです」
デイジーはほっと胸を撫で下ろし、一転して笑顔を見せる。
救恤大陸ミントスペアの王都アンブレットにいたはずのデイジーが突然こんなところに現れたことも驚愕だったが、全員を治癒した回復魔法や一瞬の転移魔法といった凄まじい魔法の才にも驚く。
やはり、デイジーも七つの美徳の一人というだけあって、かなり実力があるということか。
アリウムさんも、戦闘力だけならアロエと匹敵するくらいかそれ以上の力を持っていたみたいだし。
「いいタイミングで来てくれたな、デイジー。助かる」
「……もう。私がもっと遅かったら、今頃どうなっていたと思ってるんですか。あんまり無茶はしないでください。それと、あんまりシオンさんたちを危険な目に遭わせないでください」
「……悪い」
先ほどまでの粗暴で好戦的な性格とは打って変わって、今はもう元の性格に戻っていた。
デイジーから叱られ、申し訳なさそうに頭を垂れている。
「デイジー、あんまりアリウムさんを責めないであげてよ。アリウムさんから頼まれたってのはもちろんあるけど、結局のところ僕たちがあの井戸に行くって決めたんだから」
「むぅ……シオンさんたちって、本当に無茶が大好きですよね。あんまり心配ばかりさせないでくださいよ。さすがに、私だって怒るときは怒るんですからねっ!」
「ご、ごめん。でも大丈夫だよ、そんなに心配しなくたって。ほら、その、できるだけ無茶はしないようにするからさ」
「……何回目ですか、それ」
デイジーにジト目で突っ込まれ、僕は思わず目を逸らす。
確かに反論はできないけど、デイジーはちょっと心配しすぎだなぁ。
「……もう、いいです。生きてさえいれば、私はそれだけで嬉しいです。本当に、本当に無事でよかった……」
「あ、ありがとう、ごめん」
デイジーが途端に涙ぐんだため、僕はつい感謝と謝罪を同時に述べる。
こんなにも僕たちのことを大切に思ってくれて、わざわざ別の大陸にまで駆けつけてくれて、ありがとうなどという陳腐な言葉じゃ足りないくらいだ。
「そう言えば、ランはどうしたの?」
「家でお留守番してもらってます」
「意外だな……ランなら、ついて来そうなものだけど」
「はい……。危険です、わたくしも行きます、だめです……って、家を出る直前までくどくどと言ってきました。ですが、私がいつも以上に強く言うと、ようやく折れてくれましたよ」
いつも以上に強くって、どんな感じなのだろう。
僕は、いつもの優しくて可愛いデイジーしか知らないから少し気になる。
と、そんな会話を交わしている間に。
さっきまで大人しかった三人が、ようやく起き上がって現状を把握し始めていたようだった。
「……あたしたち、助けられちゃったみたいね」
「やははー、勝てると思ったんデスけどねぇ」
「……悔しい」
ヴェロニカたちは、三者三様に溜め息混じりに言葉を吐き出す。
アロエの一撃を食らって気を失ってしまったときはどうなることかと思ったけど、無事で本当によかった。
これもアリウムさんやデイジーのおかげだ、感謝してもし足りない。
「シオンさんたちは、これからどうするんですか? まだ、旅は続けるんですよね?」
「そうだね。と言っても、特に行く宛てがあるわけじゃないから……どうしようかな」
僕たちは、一応〈十花〉のオオバコが逃げたという話を聞いたから、追いかける形で忍耐大陸オークモスにやって来た。
でも、そのオオバコは知らない間にアロエに殺されてしまって、結局会うことすら叶わなかった。
他にも、ローレルや、闘技場に現れた謎の男性など、〈十花〉やその仲間に会えはしたものの、逃げられてしまったため今どこにいるのかは不明。
そうなると、もうどこに向かえばいいのかも分からなくなっていたのだった。
それに、僕たちは他の大陸のことを全くと言っていいほど知らないし。
などと考えていたら、ヴェロニカがデイジーに問いかける。
「ねえ、デイジー。他の大陸って、どんなところがあるのかしら」
「どんなところ、ですか。もちろん色々ありますけど、ミントスペア以外でしたら一番近いのは慈悲大陸――ディルウィードですかね」
救恤、忍耐と来て、今度は慈悲大陸か。
ヴェロニカの質問は、更に続く。
「その大陸って、どういうところなの? どれくらいの距離なのかしら」
「えっと……とにかく天候が悪くて、こことは違った意味で過ごしにくい場所かもしれません。距離は、船で一日程度だと思います」
「なるほどね。……ねえ、シオン。次はそこ行ってみない?」
ヴェロニカはデイジーの答えに暫し考え込み、僕へそんな提案をしてきた。
確かに、特に目的地を定めているわけではない以上、その大陸に行ってみてもいいかもしれないが。
「イベリスはどう思う?」
「ワタシ、デスか? 行ってみてもいいと思いマスよー?」
まあ、イベリスならそう答えると思ってたけど。
そうか、慈悲大陸――ディルウィードか。
確かに僕たちの目的からしても、様々な場所へ行ってみるべきだろう。
もしかしたら他の〈キーワ〉や〈十花〉がいる可能性もあるわけで。
そういうことを考えていると、やっぱりその大陸に行かない理由も特になかった。
「……分かった。じゃあ、次は慈悲大陸――ディルウィードに行ってみよう」




