かつてない脅威
これまでのイベリスは、水の魔力を刀身に宿らせるのみだったが。
今、電気の魔力を刃に纏い、ようやくアロエにダメージを与えることができた。
ネリネもヴェロニカも一撃でやられてしまったせいで絶望しか感じなかったものの、何とか勝てるのではないかと。
他でもないイベリスが、そう思わせてくれた。
「いいよ、いいよ。やっぱり遊びってのは、そうでなくっちゃ」
アロエは、相変わらず楽しそうに笑っている。
イベリスから一撃食らわされたことで、喜んでいるみたいだ。
ダメージを与えられたとは思ったけど、見たところ全く食らっている様子はない。
斬撃を浴びたはずなのに……意外とかすり傷程度で済んだのか、痛みに鈍感なのか、ただ狂っているだけなのか。
「笑っていられるのも、今のうちデス」
剣を頭上に掲げると、ビチビチと電撃が走り、辺りを明るく照らし出す。
そして全ての電撃を鋒に集め、刀身を振り払う。
すると、アロエに向かって刃から電撃の波が放たれる。
アロエは口角を上げたまま、手のひらを前に翳す。
赤く半透明な壁が出現し、電撃を全て防いでしまった。
「な、何デスか、それ……」
「んー? わたしが、攻撃しかできないと思ったのかな? そうなのかな? たまには守ることもしないと、遊びがつまらなくなるでしょ。つまらなくなるでしょ」
今のは、自分の身を守るための技。
同じ吸血鬼である僕なら、血で武器を作り出せることは当然知っていた。
でも、まさかそんな風に使うこともできるとは。
悔しいけど、アロエは僕よりも――吸血鬼の力を使いこなせている。
「ねぇねぇ、他に何かないの? 何かないのー? もっと強い技があるなら、もっといっぱい見せてよ」
「……あ、あるに、決まってマスよ……ッ」
再び、刀身に電撃を纏う。
さっきより激しく、剣全体を電撃が覆っている。
そして、構えたまま駆け出し、アロエへと斬りかかり――。
「あはっ」
そんな、無邪気な笑い声。
アロエの拳が、剣のすぐ横を通り過ぎて。
イベリスの顔面を、真正面からぶん殴った。
「……か、ぁ……」
鼻から血を垂らし、仰向けに倒れるイベリス。
電撃は鳴りを潜め、イベリスはそれっきり動かなくなった。
ネリネも、ヴェロニカも、イベリスも。
僕以外の誰もが、アロエ一人にやられてしまった。
「んー、結構頑張ったほうだけど、こんなもんかぁ。じゃあシオンちゃん、続きやろっか」
僕のほうを振り向き、首を傾げて笑う。
三人を置いて逃げるわけにもいかない以上、僕がやるしかない。
絶対に、勝つしかない。
僕はいつもの如く血でできた剣を出し、構える。
それを見て、アロエは同じように剣を出した。
「えへへ、シオンちゃんには本気で来てほしいなぁ」
「言われなくても、手加減するつもりなんか一切ないよ」
というより、手加減なんかできるわけもない。
たとえ本気でやっても、勝てる見込みなど極めて低い相手なのだから。
アロエは、ゆっくり歩み寄ってくる。
かと思いきや、途中でアロエの姿が瞬時に消えた。
いや、もう分かっている。
決して消えたわけなんかじゃなくて。
僕のすぐ近くに、高速で移動してきたということは。
「……っ!」
アロエが、驚愕に目を見開く。
さすがに思わなかったのだろう。
僕が高速移動を見切って、アロエの剣戟を自身の剣で防ぐなんてことを。
アロエの剣と僕の剣で、音を立てて押し合う。
そんな鍔迫り合いはすぐに終わり、何故かアロエの手から剣が消えた。
そして次に現れたのは――奇妙な丸い物体だった。
アロエはニヤっと不敵な笑みを浮かべ、その丸い物体を僕の足元に置いたあと、何歩も遥か後方へ後退する。
これは、もしかして。
その物体の正体が何なのかは、迷う必要すらなく分かった。
だけど、思考する暇も行動する時間もとっくに残されてはおらず。
急いで離れようとした矢先に、耳を劈く轟音を伴って爆発した。
「く、ぅああっ」
必死に両腕で自身の体を庇いはしたものの、爆発が直撃したため両腕の皮膚が焼け焦げてしまう。
然程大きな爆発ではなかった。が、たとえそれでも、僕に激痛を与え、後方に吹っ飛ばすのには充分だった。
ヒリヒリとした、焼けるような痛み。
服の袖の部分が焼け、赤くなった腕が少し露出してしまっていた。
激痛のあまり思うように動かない体を、必死に起き上がらせる。
吸血状態の僕でも、視界が霞んで上手く前が見えない。
「もうもう、シオンちゃんには避けてほしかったなぁ。だってだって、まだ終わらせたくないもん」
「……終わらないよ。まだ、負けてない」
「そっかぁ……じゃ、“次”で終わりだねっ」
爆弾が消え、アロエの手に鎌が現れる。
そして地を蹴り、駆け出した。
僕の首を目がけて鎌を振り払ってきたため、咄嗟に横に回避。
そして剣で斬りかかる――が、僕のほうを振り向くことすらなく鎌の柄で防ぐ。
更に間髪入れず、僕に回し蹴りを見舞った。
腹部に直撃し、僕は後方へ飛んでいく。
しかし、アロエは飛んでいく僕を見ているだけではなかった。
僕は背中から壁に激突し、痛みに顔を顰める暇すら与えられなかった。
いつの間にか、すぐ目の前にアロエが接近してきていたのだから。
「……ッ」
痛みのせいもあり、すぐには反応できず。
アロエの回し蹴りを避けることができず、頬に食らってしまう。
口から血を吐き、顔から地面に倒れこむ。
アロエはそんな僕へ鎌を振り下ろし、咄嗟に剣で防ごうとする――が。
鎌の刃は、剣のすぐ横を通り過ぎ。
僕の肩を、深く突き刺した。
「がっ、ぁぁああぁッ」
凄まじい激痛。
鎌により開かれた肩の穴から血が溢れ出し、地面を赤く染める。
痛い。体中の全神経が痛みに支配され、思考力を根こそぎ奪い取っていく。
アロエは鎌を抜き取り、その際にも激痛が襲う。
ぼやける視界で、僕は見た。
僕の胸へ鎌を振り下ろそうとする、アロエと。
突然この場に現れる、一人の男性の姿を。
「……悪いけど。その子を殺させるわけにはいかないな」
アロエの視線が、僕から男性へと移る。
「んー? なに? なに? シオンちゃんの代わりに遊んでくれるの?」
「そうだな……いいよ。遊んでやる」
痛みを耐えながら、男性の顔を見る。
見紛うはずもない。
それは、町にいるはずのアリウムさんだったのである。
「自分の職業は、降霊術師。霊を自分の身に宿らせることができるんだ――こんな風に」
アリウムさんは目を瞑り、深呼吸。
やがて、カッと目を開き――。
「――ひゃははははははッ! さっさと来いよ、ガキ。てめえが今まで殺ってきた奴らみてえに、無残にぶっ殺してやるからよォッ!」
人が変わったみたいに。
今までのアリウムさんからは想像がつかない笑い声をあげ、アロエを煽ってみせた。




