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もう一人の吸血鬼

「わたしと、一緒に遊ぼ?」


 アロエは、笑顔でそう言った。

 他でもない、この僕に向かって。


 遊び。

 さっきの発言や今の状況から察するに、アロエにとって遊びとは殺し合い。

 つまり、僕と戦いたいと、そう言っているのだろう。


「ねぇ、シオンちゃん。だめ? だめー?」


 どうして、ここまで無邪気に明るく言えるのか。

 どうして、そこまで楽しそうに笑いながら人を殺せるのか。

 僕には、理解なんて到底できなかった。


「何で……オオバコを殺したの?」


「えー? 何でって、そうだなぁ。この人が、きーわ? とかいうのに入れって言ってきたから、遊んでくれるのかと思ったの。だからだから、遠慮なく一緒に遊んでたのっ!」


 アロエも、〈キーワ〉に誘われたのか……?

 だとしたら、アロエも僕たちと同じプレイヤーということになるが。

 そんな人が、平然と殺人をしたというのか。

 狂っている。そう思わざるを得なかった。


 ただ、〈キーワ〉から誘われたということは、アロエも辛い過去がある証拠。

 もしかしたら、その過去が影響して性格が歪んでしまった可能性も考えられるが。

 たとえそうだとしても、現状を容認などできるわけもなかった。


「で、どうかな? どうかな? わたし、シオンちゃんと遊びたいなっ」


 まるで無邪気な子供が、友達と鬼ごっこや玩具などで遊ぶときのように。

 笑顔で、楽しそうにアロエは言う。


 だけど、違う。

 さっきまで行われていたのは、そして今から始まるのは、そんな楽しい遊びなんかじゃない。

 紛れもない――命の奪い合いなのだから。


「……だめだよ、アロエ。僕は、アロエと戦いたくなんかない」


「えー? 違うよ、違うよ! 戦いじゃなくて、一緒に遊ぶの! だめー?」


 アロエは僕の発言を指摘し、可愛らしく首を傾げる。

 戦いと遊びは同義なのかと思っていたが、アロエにとっては別物だという認識なのだろうか。

 それは分からないけど、とにかく訊いておきたいことがある。


「……アロエ。タイムさんを殺したのも、アロエなの?」


「んー? 誰のこと? 誰のこと?」


「カナンガで殺されてた、男の人だよ」


「あー! うん、そだよー。遊んでくれるって言ってたのに、一瞬で終わっちゃって残念だったなぁ」


 おそらくタイムさんは、善意で遊ぶと言ったのだろう。

 子供が相手だから、言葉の通り一緒に遊ぶだけだと思ったに違いない。

 だからこそ、一瞬で隙を突かれてしまい、あんなことになってしまった。


 正直、アロエとは戦いたくない。

 でも、このまま放置していれば、きっと被害がどんどん大きくなってしまうだろう。

 それに、タイムさんやオオバコを殺し、他の人まで殺すなどということを、アロエにしてほしくなかった。


 だから。

 僕が、僕たちが、ここで止める。

 それしか、ない。


「……いいよ。遊んであげるよ、アロエ。これ以上、アロエが誰かを殺さずに済むように。僕たちが止めてみせる」


「ほんと、ほんと? やったあ! じゃあ、行くね――」


 瞬間、アロエの姿が消えた。

 いや。決して消えたわけじゃなくて、高速で移動しただけということに気づいたのは、その一秒後のことだった。


「な……ッ!?」


 姿が消えた、一秒後。

 数ミリほど前、アロエの顔がかなり至近距離に現れたことに驚き、僕は咄嗟に反応することができなかった。


 そして、突き出された拳が。

 僕の腹を深く抉り、遥か後方へと突き飛ばした。


「か……ぁッ」


 壁に背中を強く打ち、口から血を吐く。

 痛い。腹も、背中も。今の一撃だけで、凄まじい激痛が襲う。

 腹を押さえ、ゆっくりと立ち上がる。

 が、あまりの痛みで視界が霞む。


「シオン!」


 ヴェロニカとイベリスが僕を呼ぶ。

 しかし、アロエは他の三人には全く目もくれず、真っ直ぐ僕へ向かって歩を進める。

 僕以外は、眼中にもないってことか。


「シオンちゃん、シオンちゃん。職業クラスって、何を選んだの?」


「吸血鬼……だよ」


「そうなの? じゃあ一緒だ、一緒だねっ」


 アロエは嬉しそうに笑う。

 一緒。ということは、アロエも吸血鬼なのか。


 先ほどの速い動きや凄まじい一撃は、吸血鬼の能力によって既に強化されていたから。

 おそらく、オオバコと戦ったときによるものだろう。

 もし本当にそうなら、オオバコの血――つまり他人の血を使ったということ。


 それに対し、僕は今ようやく自分の血で強化できたばかり。

 自分の血と他人の血では強化できる割合が大きく異なり、遥かに他人の血を使った場合のほうが強くなるというのは、今までの戦闘で嫌というほど思い知った。


 これは、まずいかもしれない。

 あくまで推測に過ぎないとはいえ、さっきの一撃から考えるに、あながち間違いではない気がした。


「来ないの? 来ないの? だったら、次もわたしから――」


 そう言って、アロエが駆け出そうとした、瞬間。

 乾いた音が鳴り響いたかと思えば、アロエの鼻先を一発の銃弾が掠めていった。


「……動かないで」


 ネリネが、アロエを睨みつけたまま銃口を向けている。

 だが、たとえそれでもアロエは微動だにしない。

 それどころかむしろ、笑ってネリネへ振り向いた。


「んー? もしかしてもしかして、あなたも遊んでくれるの?」


「……ッ!」


 ネリネが驚愕に目を見開いたときには、もう既に遅かった。

 手に持っていた銃は宙を舞い、アロエに殴られたことでネリネは口から血を吐きながら地面に倒れる。


 何も、見えなかった。

 アロエが移動したことも、殴ったことも、何も。


「ネリネ! く、クリム――ッ」


 ヴェロニカが精霊のクリムを呼び出し、火炎を撒き散らす。

 アロエは右拳に籠手のようなものを出現させ、その手でクリムの体を握り締めた。


 今、クリムの体は自身の炎に包まれている。なのにも拘わらず、アロエは全く熱そうにすらしていない。

 吸血鬼がみんな同じ能力を有しているのなら、やはりアロエも僕と同じように血でできた武器などを出すことができるのだろう。


「そ、そんな……」


 喫驚するヴェロニカの顔にクリムを投げつけ、怯んだ隙に一瞬で肉薄。

 そして籠手で、腹部を力の限り殴った。


「ぐ、かぁ……ッ」


 吐血し、地面にうつ伏せに倒れる。

 おかしい。どうなってるんだよ、こいつの強さは。

 ネリネも、ヴェロニカも、反撃する暇もなく一撃でやられた。

 そんなこと、今までで初めてだ。


「……い、イベリス……逃げて。アロエには、勝てない……ッ」


「し、シオン……」


 イベリスは剣を構えながら、一歩、また一歩と後退る。

 このままじゃ、全滅してしまうのは時間の問題だ。

 そんなのはだめだ、せめてイベリスだけでも逃がさないと。

 なのに――。


「嫌デス。みんなを置いて自分だけ助かろうとするほど、弱い心を持ってるつもりはありマセンっ!」


 刀身に水の魔力を纏わせ、アロエに斬りかかる。

 やはりあっさりと横に回避され、アロエはイベリスに殴りかかろうとする――が。


「……へえ」


 鞘だ。

 イベリスは咄嗟に鞘でアロエの拳を防ぎ、アロエは自分の攻撃を守られたことで笑みを湛えた。


 いや、それだけで終わるわけもなく。

 生じた一瞬の隙で、イベリスは剣を構え直し。

 アロエの体に、斜めに斬撃を浴びせた。


 さっきまでは、刀身の色は水の魔力によって青色になっていたけど。

 でも今は、その刀身は黄色に照らし出されていた。


「く……い、痛い、痛いなぁ、もう……」


 斬られた箇所を押さえ、少し後退するアロエ。

 さっきまで全く反撃できなかったのに、初めてダメージを負わせることができた。

 いける。イベリスなら、もしかしたら可能性があるかもしれない。


「ワタシだって、特訓したんデス。今なら、電気の力だってできるんデス。だから、ネリネの分もヴェロニカの分も、そしてシオンの分も――」


 そこで、一拍あけ。

 電気の魔力を纏った刃をアロエに向け、言い放つ。


「――ワタシが、お仕置きしてあげマスっ!」

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