一緒に遊ぼ
あれから、夜が明けて。
上体を起こすと、既にネリネが起き上がっていた。
「ふぁ~。おふぁよー、にぇりね」
「……? お、おはよう……?」
相変わらず、朝は上手く頭が働いてくれない。
いつもと僕の様子が違うことに気づいたのか、ネリネは怪訝そうにしながらも一応挨拶は返してくれた。
「と、といれぇ」
「……そんなものはない」
「んむぅ……」
「……シオン。朝、弱いの?」
「うゆ」
頻りに瞼を擦りつつ、ウトウトしながらも頷く。
寝起きの僕を見るのは初めてだから、無表情であっても驚いているのが分かる。
僕も、なんやかんやでネリネのこと分かるようになってきたかも。
表情に変化は全然ないから、間違っている可能性は大いに有り得るけど。
「シオン! ネリネ! おはようございマースっ!」
突如としてテントの入口が勢いよく開かれ、妙に笑顔なイベリスが姿を現した。
朝っぱらから元気だなぁ……こいつは。
しかし、頭がボーとして返事できない僕と、単純に無視するネリネ。
そんな僕たちを見て、テントの中に足を踏み入れながら異を唱える。
「朝デスよ! ちゃんと起きてるなら、挨拶は元気よくするべきデス! おはようございますデスよ!」
「……うるさい。鬱陶しい。ちょっと黙って」
「も、物凄い冷めてマス……」
僕が何度も欠伸をしたり瞼を擦ったりしている間に、ネリネが代わりにイベリスを黙らせてくれた。
イベリスは涙目になっていたが、今は放っておこう。
と、思っていたのに。
「シオン~っ、慰めてクダサイよ~。もちろん、性的な意味で、デス!」
そんな意味不明なことを宣いながら、いきなり僕に抱きついてくる。
更に、頬ずりをし、僕の服の中に手を入れ――。
「ちょっとイベリス、何してんのよ。シオンが朝弱いことを知ってて、そういうことしないで」
イベリスを諌める声が聞こえ、前を向くと。
ヴェロニカがテントを開けたまま、腰に手を当てて嘆息していた。
「だってー、こういうときじゃないと抵抗されちゃうじゃないデスかー」
「だったら、朝はあたしが止めるわよ」
「むむむ……まずは私を倒してからにしろ! っていうやつデスね!」
「そんなフラグを立てたつもりはないんだけど!?」
イベリスとヴェロニカが漫才を繰り広げている間に、僕の意識も徐々にはっきりしてきた。
未だに僕にしがみついたままのイベリスを、手で顔を押すことによって引き剥がす。
「仕方ないデスね……じゃあネリネ、猫耳を――」
パンッと、乾いた音が響いた。
僕から離れた途端ネリネのほうを振り向き、手をわしわしと動かしていたイベリスの。
その耳元を、一発の銃弾が掠めていった。
「……何か言った?」
「な、何でもないデスよ……だ、だからそれ、下ろしてクダサイ……」
顔を青ざめさせながら、両手を上げるイベリス。
初対面のときもセクハラをしようとして銃を突きつけられたのに、本当に懲りないやつだ。
ネリネは無言で銃を仕舞い、イベリスに軽蔑の眼差しを向けた。
「や、やははー。それじゃあ、そろそろ出発しマショウ!」
「笑って誤魔化してんじゃないわよ」
相変わらずイベリスには困ったものだが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
一足先にイベリスがテントから出ていき、僕たちもその後に続く。
空は快晴で、心地よい風が吹いていた。
とはいえ、やっぱり地面は荒れているし木は枯れているしで、決して心地よい場所とは言えないが。
僕たちは急いでテントを畳んだのち、井戸へ向かって歩み出す。
どれくらい歩いた頃だろうか。
やがて、視線の先に一つの井戸が見えてきた。
穴の中を覗き込んでみると、かなり深く下まで続いている。
見たところ水は溜まっておらず、井戸の屋根から伸びたロープを伝って下に降りることができそうだ。
「……どうしマス?」
「とりあえず、順番に降りてみよう」
「分かりマシタ! それなら、ワタシから先に降りマスね!」
何やら興奮した様子で、自ら先鋒を買って出るイベリス。
なんか怪しい。何か企んでいるのではないかと勘ぐってしまう。
「ワタシの次は、できるだけスカートの短い……ネリネが降りてきてクダサイね!」
「……何で」
「いいじゃないデスかー、それでお願いしマス」
イベリス、ヴェロニカ、ネリネ……と順番に視線を移していき、ようやくイベリスの狙いが分かった。
なるほど、スカートか。本当に変態だな、こいつ。
「イベリスは最後ね」
「何でデスかっ!? あ、さてはワタシのパンツを見る気デスね! それはそれで、どんとこいデス!」
「やかましいっ! とりあえずネリネとヴェロニカ、先に降りていいよ」
「え、ええ、分かったわ」
「……ん」
イベリスのさり気ない(?)変態発言なんか放っておいて、二人に促す。
すると、まずネリネがいつも通り無表情で降りていき、その少し後でヴェロニカがおずおずとロープを伝っていく。
「じゃあほら、次はイベリスが降りてよ」
「ワタシが最後じゃないんデスか?」
「いや、まあ、いいから」
「むー、しょうがありマセンねぇ……」
不満そうに唇を尖らせながらも、イベリスも二人に続いていった。
僕が先に降りてしまうと、少し上を見上げたときにイベリスのアレが見えてしまう。
あんなやつのでも、さすがにそれはまずいだろう。
逆に、僕の服装的に。
とても長いワンピースタイプのため、下から見上げたくらいじゃ中を覗けないようになっている。
だから、まあイベリスに先に行かせるほうが絶対いい。
イベリスがある程度進んだ頃、僕はようやくロープを伝って降り始める。
僕は高所恐怖症とかではないのだが、かなり高さがあるため少し怖い。
「……下から見るシオンのお尻も可愛いデス」
「うるさい、そういうこと言わなくていいからっ! やっぱりイベリスが僕の上に来て!」
「今から上がれと!? 無茶が過ぎマス!」
そんな言い合いをしているうちに、僕たちはようやく一番下まで到達した。
ほんの少しだけ、足首の辺りまで水が溜まっている。
洞窟のように先が続いているが、この先に何かあるのだろうか。
若干の不安やら好奇みたいなものを覚えつつ、僕たちは歩く。
足を前に動かす度に、徐々に何だか変な匂いが鼻をつく。
この匂いは、最近どこかで嗅いだばかりなような…‥。
どこだ。どこで、こんな血なまぐさい匂いを嗅いだんだっけ。
そうだ。あれは、確かカナンガの町で。
でも、今の匂いはあのときより遥かに強くて酷い。
ということは、この先にあるのってもしかして――。
「……ひっ!?」
ふと。ヴェロニカが口元に手を当て、顔面蒼白となる。
イベリスも驚愕に目を見開き、ネリネですら目の前の光景を睨んで奥歯を強く噛み締めていた。
だけど。それも無理のないこと。
目の前では、天井も壁も地面も、一面に赤が埋め尽くしていたのだから。
辺りを覆い尽くす、真っ赤な鮮血。
強烈な不快感のある匂いで、思わず顔を顰める。
しかし、それだけじゃなくて。
その奥に見えたものが、一段と残酷で、僕たちの意識を向けるのには充分すぎるほどだった。
オオバコの死体。
胴体が地面に倒れ、少し離れた位置にオオバコの首より上だけが転がっている。
そう。斬首されていたのだ。
そして、オオバコの死体の前には、一人の少女の姿が。
小さな手には鎌を持っており、その鎌ですら真っ赤に染まっていた。
「……あ、シオンちゃんだ、シオンちゃんだぁ」
僕たちの存在に気づいたのか、不意にこちらを振り向き、嬉しそうに顔を綻ばせる。
その笑顔がとても無邪気で、可愛くて――だからこそ、余計に怖かった。
しかも、その少女が知っている人物だったのだから尚更に。
「アロ、エ……? 何、して……」
そう。カナンガで出会ったばかりの、ゴスロリ服の少女。
あのときは、ただ元気で明るくて楽しいことが好きなだけの、可愛らしい女の子だと思っていたのに。
「えへへ。ついさっきまでね、遊んでたところだったんだよ。でもねでもね、この人も弱くてつまらなかったんだぁ。だからね、シオンちゃんが来てくれてよかった、よかったぁ」
「よかった……?」
今はただ、アロエの言葉ひとつひとつが怖くてたまらない。
遊びと言っていた。それはつまり、今のような殺人のことを指すのであれば。
タイムさんを殺したのも、もしかして――。
「この前は忙しくて遊べないみたいだったけど、今ならどうかな? どうかな? シオンちゃん、シオンちゃん、今って暇?」
「何、言ってるの?」
「だから、だからぁ。もー、もう一回言うね?」
そして、さっきまでより更に笑みを強めて。
アロエは、その言葉を言い放った。
「ねぇ、シオンちゃん――わたしと、一緒に遊ぼ?」




