光が差さない漆黒の過去
「実の親を――殺したんだ」
誰に話すことなく、ずっと僕の中に囚われたままだった黒歴史。
妹のヒゴロモしか知る者はいなかった、僕の闇。
それを、今ここで。
ついに、ネリネに話してしまった。
ネリネはいつも通り無表情ではあるものの、よく見たら若干俯いたり瞳だけを逸らしたり、と僕を直視できずにいた。
どう声をかけたらいいのか分からないような、そんな様相だ。
さすがに、僕の過去が重すぎて驚いているのだろう。無理もない話だが。
「……でも、何か事情があるはず。事故、とか」
「事故か……本当にそうなら、よかったんだけどね」
俯いて答える僕を見て、ネリネは察してくれたのか口を噤む。
そう。あれは、決して事故なんかじゃない。
漫画やライトノベルなどでありがちな、道路に飛び出て親が庇ったことによる事故など、そんな不可抗力の類じゃない。
他でもないこの僕が、自分自身の手で。
親を殺したんだ。
確かな殺意を以て。
「……でも、それなら。どうして、あなたは捕まっていないの」
「いや、それは……」
確かに、僕は殺人という罪を犯したのにも拘わらず、逮捕なんてものは一切されていない。
当然、脱獄したわけでもなければ、警察から逃げ続けているわけでもない。
それには、ちゃんと理由がある。
「僕ってさ、時々運がいいのか悪いのか分からなくなるときがあるんだよね。ほんとに、そうなるくらいなら……いっそのこと最悪なままで終わっていてくれたほうがよかったかもしれないのに」
「……どういう、こと」
「正当防衛だってさ。防衛の意思があったと見なされて、逮捕はされずに済んだんだ」
正当防衛――脅迫・不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するためにやむを得ず成した行為。
そう。僕は『運がよく』相手の攻撃から自分の身を守るために行ったと判断され、処罰されずに解放された。
だけど。僕自身は、決して運がよかったなどとは思っていない。
むしろ、逆だ。
僕は、本当に運が悪かったと思う。
自分が死ぬこともできず、逮捕されて罰を与えられることすらできず。
それなのに殺人を犯したという事実が周りに知れ渡って、近所の人やクラスメイトたちから人殺しだなんだと咎められて。
自分が犯した罪からは、決して解放なんてされなかったのだ。
「……待って。正当防衛ってことは、あなたは誰から何を――」
「僕の話は、もういいでしょ。もう吹っ切れたし、今は大事な仲間もいる。だから、大丈夫だよ」
「………………そう」
未だに釈然としない様子ではあったものの、渋々ネリネは頷いた。
正当防衛が成立するためには、被害者側が防衛のために行ったと認められなくてはいけない。
防衛したということはつまり、加害者もいる。
でも――それ以上は、まだ話す気にはなれなかった。
何より、そんなに暗く重い話を長々と続けてしまうのも、雰囲気が悪くなりそうで嫌だった。
「次は、ネリネの話を聞かせてよ。僕だって話したんだからさ」
「……嫌」
「えぇっ!? せっかく僕が話したのに!?」
「……約束した覚えはないけど」
「そんなぁ……」
卑怯にも程がある。
思い返してみれば、僕が自分の過去を話さなければネリネも話す気がなくなると言っていただけで、僕が話せばネリネも話すといったことは一言も言っていなかった気がする。
完全に騙されただけじゃないか。
「……ふ」
ふと。ネリネの口角が、ほんの僅かに上がったことに気づいた。
今まで少しも表情を変えなかった、あのネリネの口角が、だ。
「あれ。今、笑った?」
「……笑ってない」
「いや、だって」
「……笑ってない」
「でも、さっき」
「……笑ってない」
「けど、ほら」
「……笑ってないって言ってるんだけど」
カチャっと、瞬時に銃を取り出して僕の眉間に突きつけてくる。
相変わらず素早い動きである。全く見えなかった。
というか、いちいち銃口を向けるのやめてください。寿命が縮む。
「……全く。うちの話なんて聞いてどうするの」
銃を太もものホルダーに仕舞いながら、ネリネは呆れたように呟く。
初めて会ったときより僅かに口数が増え、新しい表情を見れたことに言い知れない嬉しさを覚えながら答える。
「単純に、気になったからじゃダメかな。ネリネだって仲間であることには変わりないんだし、興味あるんだよ。まあ、どうしても言いたくないなら無理強いはしないけどね」
「……だから、仲間になったつもりは……もういい」
ネリネはジト目で指摘したかと思いきや、途中で顔を逸らした。
いちいち、その都度指摘することを諦めたみたいだ。何だか呆れ返っているような気がする。
「……うちは別に、あなたほど重い過去があるわけじゃないけど」
最初にそう言ったかと思ったら、ネリネは顔を逸らしたまま語り始めた。
それは間違いなく、さっきまで頑なに話そうとしなかったネリネ自身の過去だった。
「……うちは、極普通の生活を送ってた。家族に恵まれ、学校では仲のいい人たち数人で一緒にいるくらい、普通の生活。あのときのうちは今と違って、一人が嫌で、大勢の友達に囲まれてた」
想像がつかない。
失礼にあたるかもしれないけど、ネリネが大勢の友達に囲まれている様子を想像しようとしても上手くできない。
けど。昔は、そうだったのか。
「……でも。ある日、うちは聞いた。今まで仲がよかった友達は他のグループにも入っていて、そのグループ内で、うちの悪口を言っているのを。それから、徐々に態度が変わっていった。その日から数日くらいまでは、普通に靴に画鋲を入れたりだとか、水をかけたりだとか、その程度のことだった。けど……」
その程度、とネリネは言ったが。
それだけでも充分すぎるほど、陰湿ないじめだろう。
しかも、今まで仲良くしてくれていた子がやっていたのだとしたら、余計にダメージは大きい。
だというのに、次に発せられたのは予想を遥かに上回る出来事だった。
「……うちを、殺そうとしてきたの。ある日階段から突き落とされて骨折したり、ナイフで手のひらを刺してきたり。そういうことも、よく起こるようになっていた」
友達からの虐めという精神的な痛みだけでなく、物理的な痛みも加えられて。
そのときのネリネが、どれだけ悲しかったか。どれだけ辛かったか。どれだけ痛かったか。
話を聞いているだけの僕でも、それは想像に難くなかった。
「……分かった? いくら仲がいいと思っても、いくら仲間が多くても、所詮は他人であることに変わりはないの。いつ裏切られてもおかしくはない。あなたは、本当にヴェロニカやイベリスたちが絶対に裏切らないって、心の底から断言できるの?」
「言えるよ。でもこれは断言じゃなくて、信じてるんだ。大事な仲間を疑い続けるくらいなら、たとえいつか裏切られたとしても信じ抜いたほうがいいって、僕は思うから」
「……そう。やっぱり、あなたは甘い」
そこで、会話は途切れてしまった。
テント内を沈黙が支配し、気まずい空気が流れる。
ネリネの気持ちも理解できる。
そうやって裏切られてきたのなら、そう思うのも無理はないだろう。
だけど。やっぱり僕は、ヴェロニカのこともイベリスのこともネリネのことも、誰のことも疑っていたくはない。
そう考える僕は、ネリネの言う通りやっぱり甘いのだろうか。
僕には、分からなかった。




