闇が顕現した
――翌朝。
僕たちは起床して間もなく、町の外に出た。
そして地図を頼りに、南部に存在するという井戸へ向かう。
正確な距離は分からないが、地図を見た限りだとかなり遠そうだ。
もしかしたら、今日一日だけでは辿り着けないかもしれない。
そう思った上でのアリウムさんの案により、僕たちは一応テントやら食材やら野宿するための道具も持参している。
そのせいで割と大荷物にはなってしまったけど、逆に手ぶらだったら、予想以上に遠くて一日では到着できなかった場合とても困ることになる。
だから、仕方ない。
荒野の凸凹とした大地を、四人で歩く。
代わり映えのしない景色が続く中、何度か魔物に襲われたりしたものの、四人なら大して苦戦することもなく打倒していく。
やがて港にやって来て、南側の橋を渡る。
最初にここに来たときは、すぐ北側の橋を渡ることで町に向かったため、南側は初めて行くことになる。
何分、何時間……と、ひたすら足を動かし続け。
気づけば空は、すっかり暗くなってしまっていた。
地図を見るに、まだ井戸に着くまで少しかかりそうだ。
仕方ない。ここで一旦、野宿をする必要があるだろう。
四人で協力してテントを建てる。
テントを建てたのは生まれて初めてだったが、四人もいたから案外苦労することもなくできた。
二人ずつ使うため、テントが二つ並んでいる。
ネリネはイベリスとは絶対嫌と言っていたから、僕とネリネが同じテントを使うことになった。
相変わらず、結構な嫌われようだ。まあ、イベリスが悪いんだし同情はしないが。
「……何で、うちも一緒なの」
テントの中にて、突然思い出したようにネリネが言ってきた。
前、誰かと組む気はないと言っていたし、僕たちと一緒に行動するのも嫌なのだろうか。まあ、ネリネにとっては特に一人のほうが楽だろうけど。
「ま、まあまあ。一応、仲間なんだし」
「……別に。仲間になったつもりはないけど」
「でもほら、何回か助けてくれてるし……一緒に、共闘したばかりだから」
「……それは、成り行きで」
ネリネはそう呟きながら、目を逸らす。
何だか、ネリネも素直じゃないだけな気がしてきた。
「やっぱりさ、僕たちのパーティに入らない? ネリネが入ってくれたら、僕は嬉しいんだけど……」
「……前も言ったけど。うちは、誰かと組むつもりなんてない」
やはり、二度目の勧誘も前と同じ答え。
ダメもとで訊いてみたけど、さすがにそんなすぐ考えが変わるわけないか。
嫌なら無理強いするつもりはない……が、少しだけ気になってしまったことがある。
「一人のほうが楽っていうのは分かるんだけど、何でそこまで誰かと組むことを拒むの?」
「……」
「元の世界ならまだしも、この世界なら一人より誰かと行動したほうが安全な気が……するん、だけ、ど……」
途中で、思わず顔を青ざめざるを得なかった。
喋っている間に、僕へと向けられているネリネの視線が暗くおぞましいものに変わったことに気づいたから。
ただ睨んでいるだけではない。
憤怒やら、悲哀やら、畏怖やら。
まるで過去の闇を掘り返されたかのような、そんな様々な負の感情に彩られていた。
「ご、ごめん。そりゃ言いたくないことだってあるよね……」
「……別に」
慌てて謝ると、ネリネは短く返したのち、また顔を逸らした。
参ったな。このテントの中には今僕たち二人しかいないというのに、猛烈に気まずい空気になってしまった。
ネリネは、確か〈キーワ〉のメンバーが現れて仲間に誘われたと言っていたはず。
つまり、ネリネにも何かしらの辛い過去があるというわけで。
もしかしたら、それが誰とも組まないことに関係しているのかもしれない。
もちろん、あくまでただの推測だ。
この様子だと答えてくれそうにないし、これ以上追及するのは野暮ってものだろう。
そう思い、僕も顔を逸らそうとした――瞬間。
「……何で、そんなにうちを誘うの」
顔を背けたまま、聞き逃してしまいそうなほど小さな声で。
そう、問うてきた。
「僕たちは、元の世界に戻る方法を探すために、そして〈キーワ〉の人たちを探すために旅をしてるんだ。ネリネがいたら〈キーワ〉の人たちが来てくれる確率が高まるっていうのもあるけど、それだけじゃなくて。闘技場で戦ったとき、ネリネならいけるって思ったんだ。上手く説明はできないけど、ネリネには強さも優しさもあるのを知ってる。だから、僕たちの仲間になってほしいって、そう思っただけだよ」
「……長い。よく分からない」
一蹴されてしまった。
確かに説明が下手だったのは認めるけど、容赦ないなぁ。
でも、今のは本心だ。
少し寡黙だが、僕たちの中の誰も持っていない冷静さがある。
あとは単純に個人的な思考だが、ネリネと旅するのも楽しそうだと。
そう思ったのだ。
「……じゃあ、もう一つ」
「ん?」
首を傾げる僕に、ネリネは肩越しにこちらを振り向き。
いつもと変わらない淡々とした口調で、その言葉を口にした。
「……シオンの過去に――何があったの?」
上手く、反応することができなかった。
ネリネは、まだ僕も〈キーワ〉から誘われたことを知らないはずなのに。
まさか、その話をしてくるだなんて微塵も思わなくて。
なかなか答えられずにいると、ネリネは更に言葉を続ける。
「……アリウムの家で、イベリスから聞いた。シオンも、辛い過去があって〈キーワ〉から執拗に狙われている。そして、シオン自身はそれを話そうとしないってこと」
イベリスから……ということは、ヴェロニカが僕を呼びに行っている間だろうか。
あいつ、本当に口が軽い。まあ、秘密にしてと頼んだわけでもないから、言っても大丈夫だと思ったのかもしれないけど。
どうする。
僕の過去なんて、そう簡単に話せるようなものじゃない。
話した場合、みんなが僕を軽蔑する可能性だってあるんだ。
だから、だから。
「……言えないなら、言わなくてもいい。ただ、うちも話す気がなくなるだけ」
頬を、一筋の冷や汗が伝う。
ネリネも僕と同じように辛い過去があるなら、話しても大丈夫か……。
いや、だめだ。僕のは、生半可なものじゃない。
でも。
それくらい話せなくて、何が仲間なのか。
軽蔑されるとか、そんなことを考えている時点で。
僕も、みんなのことを信用も信頼もできていなかったのかもしれないな。
「分かった……話すよ」
僕は、口を開いた。
おずおずと、震えそうになる声を必死に抑えて。
「僕は……僕は――人を、殺したんだ」
「……え?」
ネリネが驚愕に目を見開き、僕を見据える。
ああ、ついに言ってしまった。
今まで、誰にも話したことなんてなかったのに。
「だから。だから、僕は――」
頭を押さえ、僕は言い放つ。
嘆くように。唸るように。叫ぶように。
「実の親を――殺したんだ」




