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アロエの花

 アリウムさんが忍耐たる所以を悟ったあと、僕たちはアリウムさんの振る舞った料理に舌鼓を打つ。

 ランほどじゃないにしろ、アリウムさんもかなり料理が上手く、とても美味しかった。


 でも、確かに美味しくはあったのだが、僕はあまり食事に集中することができなかった。

 アリウムさんから話しを聞いて、僕の思考を、そのことで支配されてしまっていたから。


「……何かあったの?」


「え?」


 不意に横から声をかけられ、僕は思わず素っ頓狂な声をあげる。

 横ではネリネが、相変わらず無表情で首を傾げていた。


「……さっきから、浮かない顔ばかりしてる」


「あ、いや、何でもないよ。ちょっと、考え事してただけだから」


「……そう」


 するとネリネは興味を失ったかのように、顔を逸らした。

 ヴェロニカとイベリスも不思議そうな顔をしていたが、わざわざ考えていた内容を話す必要もないだろう。

 だから、僕は代わりに口を開く。


「あのさ。僕、ちょっとだけ外に行ってくるね」


「え? 行くって、何でよ?」


「まあ、気分転換にさ」


 ヴェロニカの問いにそう答え、僕は立ち上がる。

 家の中で考え込んでばかりいても、あまりよくない。

 仲間が付き添う必要もないし、僕だけが気分転換に外に行きたいと思った。


 まあ、外の光景は荒れているから、気分転換になるかどうかも分からないけど。

 未だに脳内に疑問符を浮かべていそうなみんなの横を通り過ぎ、僕は外に出た。



 空は、暗い。

 気づけば、もう夜になってしまっていたらしい。


 本当に、荒れている。

 家のない、ホームレスと思しき人々。よく見たら、成人男性だけではなく、まだ幼い子供まで同じように道端で寝ているじゃないか。

 当然顔には生気など微塵も感じられず、体も服も汚れにまみれている。


 この人たちは、みんな我慢を強いられた結果ということだろう。

 いや、ホームレスの人たちだけじゃないか。

 ちゃんと家を持っていて比較的マシな暮らしをできている者でさえ、この様子だとおそらくいい生活はできていない。


 我慢。我慢。我慢。

 何事も耐えて、耐え続けて。

 これだけ貧しい生活をしなくてはいけなくなって、それでも尚我慢を強いられ続けて。


 我慢って言葉は、それほどいい言葉だろうか。

 我慢って行為は、そんなにいいことだろうか。


 アリウムさんだって、きっと町をこれ以上悪くしないように、と考えている。

 だから、悪い人ではないと思う。

 いや……悪い人じゃないから、余計に質が悪いのだ。


 僕は辺りを見回しつつ町の中を歩き、そんなことを考えていた。

 いつの間にか、目の前には町の門が。

 思考に耽っている間に、こんなところにまで歩いてきてしまっていたのか。


 アリウムさんの家まで戻ろうかと、踵を返し――瞬間、僕は咄嗟に足を止める。

 すぐ僕の後ろから、見知らぬ少女が走ってきて。

 僕の体に、ぶつかってきたのだ。


「……あっ、ごめんなさいっ!」


「あ、いや。大丈夫だよ」


 ぶつかってきたことに対する謝罪に、僕は笑って手を振る。

 幼い少女だ。

 今の僕より、ほんの少しだけ上といったところか。


 サイドアップにした長い赤髪と、同色の瞳。

 ゴスロリ、と言うのだろうか。フリフリのドレスのような服を身に纏っている。

 肌はとても白く、まるで人形のような可愛らしさがある。

 僕より少し高い程度、妹のヒゴロモと同じくらいの身長しかないのだが……ゴスロリ服の上からでも分かるくらい、胸は僅かに膨らみを主張していた。


 それにしても、こんな子供が、この町にいたのか。

 ホームレスらしき子供なら何人か目撃はしたものの、ここまで綺麗な服を着て、どこも汚れたりしていない少女というのは初めてだった。


「ねぇねぇ、あなた何て名前なの?」


「え、僕? シオン、だけど」


「シオンちゃんだねっ! わたしはアロエっ!」


 元気に、少女は名乗った。

 なんというか、無邪気でまさに子供って感じ。ついさっき会ったばかりなのにも拘わらず、かなり友好的でいい子だという印象を抱いた。


「えっと……アロエ? この町に住んでるの?」


「んーん。ここには住んでないよー」


「あ、そうなの? じゃあ、何でここに?」


「別のところから来たんだよー、何か面白いこととか楽しいこととかないかなぁって」


 なるほど……だが、こんな町じゃ大して面白いと感じるようなことはないだろう。

 そう思ったのに、次に発せられた言葉は予想していたものとは全く違っていた。


「ついさっきもね、遊んできたところだったんだよ。でもねでもね、呆気なく終わっちゃって、あんまり楽しめなかったんだぁ……」


 アロエの言っている意味が、よく分からない。

 この町にも、娯楽があるのか?

 呆気なく終わったっていうのは、一体どういうことだろう。


「ねぇねぇ、シオンちゃん。一緒に遊ぼー?」


 僕の袖を引き、笑顔で首を傾げてくる。

 こんなところで遊べるものがあるのかどうかすら分からないけど、まだ子供だし、できることなら遊んであげたい気持ちはある。


 とはいえ、今はヴェロニカたちをアリウムさんの家に置いて一人で来てしまった。

 あまり遅くなっては、みんなを心配させてしまうかもしれない。


「ごめん、今はちょっと……」


「えー? だめなの? だめなのー?」


「ごめんね。また、今度ね」


「そっかぁ……分かったー。でも約束だよ? 今度ね! 今度ねっ!」


「うん、いつか遊ぼう」


 また会える日があるのかは分からないものの、僕たちはそんな約束を交わす。

 何だか、妹みたいで可愛い子だな。ヒゴロモとは、ちょっと違った可愛さを感じる。


「シオンちゃん、わたしはもう行くねー。またね、またねー」


 どこか名残惜しそうにしながらも、アロエは大きく手を振りながら町の外へ歩いていく。

 僕は手を振り返しながら見送り、背中が見えなくなってきた頃に踵を返した。

 アロエは……できれば、もっと楽しい町に行けたらいいな。どうやら、かなり遊びに飢えていたみたいだし。


 そんなことを思いつつ、僕はアリウムさんの家へと歩を進める。

 その、道すがら。

 ふと微かに変な匂いを覚え、僕は辺りを見回す。


 何だろう、この匂い。

 生臭いというか、何というか。

 まるで、血のような――。


 そこまで考えて、ぐるぐると見回していた僕の視点は、とある一点に固定された。

 路地裏だ。そこから、匂いがきているような気がした。


 だから、僕は動悸が速くなるのを感じながら。

 ゆっくりと、路地裏へ足を向けた。


 一歩、二歩、三歩。

 心臓の鼓動と同時に足を前に動かす。

 やがて、僕の視界に映ったのは。


 ――真っ赤な鮮血を流して壁にもたれかかる、男性の死体だった。


 しかも、その男性の顔には見覚えがある。

 間違いない。


 この世界に来てから間もない頃に出会った、狩人の男性。

 そう――タイムさんが、死んでいたのだった。

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