間違った手段で
両目が半分ほど隠れてしまうほどの、長い前髪。
中肉中背の体型に、少しだけ陰気そうな顔立ち。
この人が、ここ忍耐大陸を統治している七つの美徳――アリウムか。
「でかい三股の龍が出たって報告を受けたから来てみたんだけど……遅かったみたいだ。君たちが倒してくれたのか?」
「え、ええ、そうよ」
アリウムさんの問いに、ヴェロニカが困惑しながらも頷く。
さっき逃げた人たちの誰かが、アリウムさんに助けを求めに行ったのだろうか。生憎と、僕たちが討伐したせいで、無駄骨となってしまったわけだが。
「そうか……君たち強いんだな、ありがとう」
「別にいいデスよ。放っておいたほうが、もっと危険なことになってたと思いマスし」
アリウムさんと話すイベリスたちを見ながら、僕は暫し思案する。
デイジーは、アリウムのことを「私たちとは少し考え方が違う」と称していた。
でも、今のところあまり変な感じはしないし、穏やかで優しそうな印象すら抱く。
何を、どう違うと言っていたのだろうか。
まあ、よく分からないけど、悪い人ではなさそうだ。
「そうだ、せっかくだから家に来いよ。自分の代わりに魔物を倒してくれたんだし、そのお礼も兼ねて」
「そんなこと言って、変なことするつもりなんじゃないデスか……? ワタシたち、女の子デスよ」
「大丈夫大丈夫。自分、子供には興味ないから」
「こ、子供、デスか……」
アリウムさんの反応に、イベリスは口角を引きつらせていた。
子供に興味がないなら、僕たちに変なことをする心配もないわけで。それはむしろ、いいことだと思うのだが、子供扱いが気に食わなかったのかな。
僕としても、アリウムさんには訊いてみたいこともある。
だから、その申し出は素直に嬉しいことだった。
「分かった。じゃあ、ありがたく行かせてもらうよ」
「シオン? いいんデスか?」
「親切を無下にするのも悪いし、大丈夫だと思うよ」
少なくとも、イベリスよりは信用できる。本人には言わないでおくけど。
すると、イベリスは承諾してくれた。
「じゃあ、ついて来て」
そう言って、アリウムさんは踵を返す。
僕たちは顔を見合わせたあと、アリウムさんの背中を追う。
「……そう言えば、何でうちも」
「一緒に戦ったからでしょ」
「……別に、その場にいただけ」
相変わらず、ネリネは少しツンツンしている。が、そんなことを言っておきながら、ちゃんと僕たちと一緒について行っているのが素直じゃないというか何というか。
どうせならネリネもパーティーの仲間になってくれたらいいのに、性格上それは難しそうだ。一回、断られたばかりでもあるし。
などと考えながら、ひたすら歩く。
やがて、僕たちは町、カナンガに辿り着いた。
この大陸に町は一つしかないみたいだから、やはりアリウムさんもここに住んでいるのだろう。
この、スラム街のような荒廃した町に。
アリウムさんは大陸を統治しているのなら、この町をもっとどうにかできなかったのだろうか。僕は他人だから簡単に言えるだけで、そんなに簡単な問題ではないのかな。
座り込んでいるホームレスと思しき人々を横目に見つつ、通り過ぎていくと。
他の民家より少し大きい程度で、他はあまり大差がない古びた建物が見えてきた。
壁がひび割れていたり、窓が割れていたり、と完全に廃屋と呼んでもいいほどの荒れっぷり。
「ここが、自分の家。広くないし綺麗じゃないけど、とりあえず入っていい」
アリウムさんはそう言うが……普通に暮らすだけでも、かなり支障を来しそうだ。
町の様子から察するに、あまり贅沢はできないのだろうけど。まさか、一番偉いはずのアリウムさんの家まで、こんなことになっているとは。
「どうした? 遠慮しなくてもいい」
「……汚い」
ネリネがあまりにも正直すぎる感想を述べ、アリウムさんは思わず苦笑していた。
汚いとかいうレベルではない気もするが、そういうことを言いすぎると失礼だろう。
だから、僕たちはおずおずと中に入っていく。
外観からの想像通り、中も当然のようにボロかった。
よくこんなところに暮らせるな……素直に感心する。
廊下を突き進んだところにある広間のような部屋で、僕たちはみんな一様に腰を下ろす。
「あの、アリウムさん」
「ん? どうした?」
「この町、見たところ貧しい人が多くて生活すらままならなさそうなんだけど……どうにかできないんですか?」
ここに来てから思っていたことを、アリウムさんに問いかける。
そんなに簡単な問題ではないと分かってはいても、訊かずにはいられなかった。
いくら何でも、不憫すぎるだろう。
「確かに、環境としては物凄く悪い。他のところから来た人たちが見たら、驚くのも無理はないだろうな。でも、我慢することが大事なんだ」
「が、我慢って……」
「みんながこぞって幸せになりたいと叫び、我慢することを忘れたらどうなると思う? 今頃この町には、暴動が起きてるはずだ。誰もが自分自身のことしか考えられず、自分一人だけが幸せになるために、周りの人たちを蹴落とすはずだ。だから、自分は町の人々に我慢を、忍耐を強いているわけだよ」
アリウムさんは、忍耐を司る美徳だ。だから、我慢が大事という考えを持つのも分かるし、その考えが必ずしも間違っているとは思わない。
だけど、過剰な我慢は精神を黒く深く蝕む。そんなものは、もはや美徳なんかじゃない。
「でも、そんな暴動が起きないようにアリウムさんがいるんじゃ……」
「そうだな。でも一度暴動が起きてしまえば、その人の不平不満や欲望が周りへと伝播していくもんだ。そうなってからじゃ遅い。自分がいない間に、誰かへ直接悪意を向けたりする者が現れないとも限らない。いくら自分でも、一人一人を監視なんてできるわけがないしな。だからこその我慢だ。この町では、我慢を忘れ自分勝手な行動をした者を犯罪者と見なす。みんなの闇を、心の中に閉じ込めているんだよ」
「そ、そんな……」
デイジーが言っていた意味が、少し分かった気がする。
この町をこれ以上悪くしないようにとしているのかもしれないが、決してよくしようとはしていない。
もしもデイジーならば、一人一人に手を差し伸べ、全ての町民を救うために動くだろう。
しかし、アリウムさんは違う。
一人一人に、行動を制限しているだけだ。
そんな方法じゃ、町がよくなるどころか、どんどん影に染まっていってしまう。
「ま、もちろんそれでも犯罪を犯す者ってのは出てきてしまうんだけどな。そういう人が出たら、迷わず牢に入れてる」
「牢?」
「ああ、町の奥にある」
それだけ、この町では我慢を強いているというのか。
僕もこの町をよくする方法なんて特に思いつかないし、他人である僕たちにはあまり責めることだってできないかもしれない。
でも、アリウムさんのやっていることを正しいとはどうしても思えなかった。
「他に質問は?」
「……いや。もう、いいです」
僕は、半ば諦めにも似た感情を抱きながら。
重々しく、そう頷いた。




