仲間だから
僕は、ローレルに首を締められて。
負けるかと思った。死ぬかと思った。
なのに。
次の瞬間に――三股の龍が、この闘技場内に姿を現した。
何で来たのか。
どこから沸いたのか。
そんな疑問は、一瞬で騒ぎ逃げ惑う人々によって強制的に中断せざるを得なかった。
「ちッ、いいとこだったのによおッ」
忌々しげに舌打ちをし、手から僕を離す。
突然体を支えていたものがなくなったことにより、僕は地面に尻餅をつく。
「だが、こいつはこいつで面白そうじゃねえかッ!」
楽しそうに叫び、ローレルは龍に向かって駆け出した。
もしかしなくても、あいつと戦うつもりなのか。
あんなに強そうな、三股の龍と。
しかし。
突如として、ローレルの前に一人の男性が立ちはだかった。
「……何の用だ。邪魔する気じゃねえよなあ?」
「邪魔、か。貴様、何を勝手に遊んでいる。今すぐ帰還しろ」
「ああ? 何言ってやがんだあ? 俺様は、今から」
「――帰還しろ。ボスの命令だ」
「……チッ」
途中まで反抗していたのに、最後の一言で舌打ちを混じえながらも龍への肉薄を止めた。
ボスの命令……と、言ったのか。
だとしたら、あの男もきっと――。
「――シオン。貴様は必ず、我々のもとへやって来る。だから、その命、今はまだ生かしておいてやる。この言葉の意味、分かるだろう?」
それだけを告げ、男はローレルを連れてこの場を去った。
何だよ、それ。僕は、絶対に〈キーワ〉になんか行くもんか。何で、あそこまで断言ができるんだよ。
「シオン!!」
不意に発せられた聞き覚えのある声で、僕の意識は我に返った。
そうだ、今はあいつらのことを考えている場合じゃない。
後ろを振り向くと、ヴェロニカとイベリスが駆け寄ってきていた。
ああ……何だろう。今となっては、もうこの二人の姿を見ると落ち着く。
自然と口角が上がるのを止められなかった。
「ちょっと、こんな状況なのに何で嬉しそうにしてんのよ!」
「ふぇっ!? い、いや、嬉しそうになんかしてないしっ!」
「さてはシオン、ワタシたちと会えたのが嬉しかったんデスね?」
「違うわっ! ち、違うわっ!」
「……何で二回も言ったんデス?」
くそう。調子が狂う。こんな漫才をしている場合でもないのに。
すぐ後ろを振り向けば、今まさに龍の三つある顔のうちの一つが攻撃をしようと大きな口を開けているところだった。
僅か数秒ほどで、口から真っ赤な火炎が吐き出される。
炎は観客席の一箇所を焼き尽くし、黒い煙が立ち上る。
あの炎に当たったら、もう跡形もなくなってしまいそうだ。
龍の攻撃だけは、何が何でも避けなくてはならない。
「何してんのよ、シオン。早く逃げないと」
未だ動き出そうとしない僕を見かねてか、ヴェロニカが慌てて言ってくる。
確かに、三股の龍によって闘技場中が襲われている現状。さっさと逃げなければ、いつ僕たちに矛先が向くか分かったもんじゃない。
でも。周りを見た感じだと、誰もが戸惑いパニックに陥り、そそくさと出口へ駆けている。
当然だろう。こういう状況ならば、逃げるのは当たり前。
ただ、そうやって全員が逃げてしまえば、戦う者が誰一人としていなくなってしまう。
こんな闘技場に思い入れなんてものは特にないが、この三股の龍を放置していれば、いずれ町、カナンガのほうにまで行ってしまうのではないか、と。
そう考えると、みんなと一緒に逃げることを躊躇ってしまうのだ。
「……そうだね。ヴェロニカとイベリスは先に逃げてて」
「あんた、もしかして戦うつもりじゃないでしょうね!? しかも、一人で」
これまで一緒に行動してきた仲。
さすがに、僕の行動や考えは、ある程度読まれてしまっているみたいだ。
「ふざけないで。あんたにとって、あたしたちは何なのよ。あんたのことだから、守るべき相手だとか思ってる? 違うわよ。あたしたちは、あんたと一緒に戦うパーティーの仲間でしょうが」
「いいこと言いマスね、ヴェロニカ。そうデスよ。むしろ、そうやって仲間外れにされるのが一番嫌だったりしマスよ」
「ヴェロニカ、イベリス……。ごめん、そうだよね。ありがとう」
僕は、仲間の存在を間違って認識していたのかもしれない。
仲間というのは、決して守るべき対象だけではない。
肩を並べ、背を預け合い、ともに戦う関係――それが、僕たちパーティーじゃないか。
逃げろなどという言葉は、二人に言うべきではなかった。
「……ヴェロニカ、返すよ。やっぱり、それはヴェロニカが持っているほうがいい」
言いながら、僕はヴェロニカに盾を返す。
さっきのローレル戦では、その盾のおかげで攻撃を防ぐことができた。
でも、ヴェロニカも一緒に戦ってくれるのなら、僕よりも本来の所持者であるヴェロニカが使うべきだろう。
できるだけ、ヴェロニカは攻撃を食らわないようにしないといけないんだし。
「分かったわ。あんたも、絶対に気をつけなさいよ」
「はは、なんか過保護になってきたね」
「そんなんじゃないわよ! 別に、あんたを見て母性がくすぐられたわけじゃないわよ!」
「えっ……そこまでは言ってなかったんだけど、そうだったの?」
「ち、違うわよっ! ほ、ほら、早く行くわよ」
この慌てよう……もしやとは思ったが、本当にそうなのかしら。
あまりにも衝撃的な事実が発覚してしまった。
ヴェロニカだけは唯一、僕の中身が男であることを知っているはずなのに、もしかして忘れているんじゃないだろうな。
僕を見て母性がくすぐられるとか言われても、あまり嬉しくないや。
ともあれ、僕とイベリスは三股の龍に向かって駆け出した。
ヴェロニカは少し離れた位置にまで移動し、精霊――クリムを呼び出す。
すると三股の龍は僕たちの存在に気づき、真ん中の顔を僕に近づける。
そして、口を大きく開けると中の鋭く尖った歯が見え――僕を、噛み付こうとしてくる。
さすがに大きくて速く、反応が間に合わない。
龍の口が、僕を中に入れようとした――瞬間に。
突然、右方から何者かの攻撃を受けたのか、真ん中の首が左に払われ、大きな体が仰け反った。
驚き、右を見る。
そこには、二丁の銃を構えたネリネがいた。
そうか、そう言えばネリネもここにいたんだったな。
助けられたのは、これで二回目だ。
「……シオン。あなた、強いのに色々と迂闊」
「ご、ごめんなさい」
なぜかジト目で怒られてしまった。
確かに、注意力が散漫だったり甘かったり突然のことには上手く反応できなかったりと、迂闊な部分はあるかもしれないが。
実際に僕がやられそうになっているところを助けられている時点で、反論は何もできなかった。
ネリネを銃口を龍に向けながら、僕たちのところへ歩み寄る。
そして僕の隣に並び立ち、口を開く。
「……できるだけ気をつけて。うちでも、毎回毎回助けられるとは限らない」
「わ、分かってるよ。僕だって、助けられてばかりじゃないよ」
「……でも、もう二度も助けてる」
本当に、何も反論できないからやめてください。
ただ、初めて会ったときと比べれば少し口数が増えている気がするのは、気のせいだろうか。
僕たち四人と、三股の龍との勝負が幕を開けた。




