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力の奔流

「それでは、勝負開始です!」


 審判の合図とともに、ローレルが駆け出す。

 巨体で、僕に向かって迫ってくる。


 でも、速度自体はあまり速くない。

 避けることくらいなら、まだ容易い。

 ローレルが肉薄し、斧を振り下ろす。

 その瞬間に、後ろに跳ぶことで回避した。


「はっ、さすがにそんな簡単にはやられてくれねえよなああッ」


 楽しそうに叫びながら、斧でなぎ払う。

 着地した直後だったため、咄嗟に反応することができなかった。

 だからこそ、僕はヴェロニカから貰った盾で斧の一撃を防ぐ。


「くっ……そ」


 なのに、防ぎきれない。

 斧の一撃があまりにも重すぎて、僕の体が後ろに後ろにと押されてしまう。

 やがて、ローレルのなぎ払いによって。

 僕は盾ごと、後方に吹っ飛ばされてしまう。


「か、は……ッ」


 背中から壁に激突し、口から血を吐く。

 くそ。まさか、ここまで一撃が重いとは思わなかった。

 背中が痛い……立ち上がるだけで激痛が襲い、目も少し霞んでくる。


 だが、これはむしろ好機でもある。

 おかげで、血を吐くことができた。

 他人の血と比べれば、上がる能力値も五感も身体能力も幾許いくばくかは少なくなってしまうものの、そんな贅沢も言っていられない。


 一対一なのだから、自分を強化するためには、自分自身の血を使うしかない。

 口の中に残った血を、ごくりと飲み込む。


 ……来た。心臓の高鳴り。血が疼く感覚。目が、耳が、手が、足が、体の全ての機能が研ぎ澄まされる。

 ここからが、本番だ。


「どうしたよ。おめえは、俺様を失望させちゃあくれねえだろ? そうだよなあ?」


 僕を試しているかのように、歯を覗かせて煽ってくる。

 当然だ。この程度のことで、負けを認めるわけにはいかない。

 僕は、手のひらから剣を作り出す。


 この間も作った銃など、遠距離の武器にしたほうがいいかとも思ったが。

 結局のところ、一番使い慣れている剣のほうがいい気もする。


「まだ来ねえなら、俺様からやっちまうぜえッ!!」


 と、ローレルは突然叫び出し、斧を頭上でぶん回す。

 そして僕へ向かって、力の限り投げ飛ばした。


 僕は慌てて右へ避ける――が、斧はすぐ背後の壁に突き刺さり。

 凄まじい轟音を伴って、ボロボロと崩壊を始めた。

 まさか、今の斧で壁が破壊されてしまったというのか。

 相変わらず、ずば抜けたパワーだ。こいつの力、一体どうなってるんだよ。


 でも、斧を投げたことによってローレルは今武器がない状態だ。

 つまり、反撃するには今がチャンスとも言えるかもしれない。


 そう思い、僕は地を蹴り駆け出す。

 すぐに奴のもとにまで到達し、力の限り振りかぶった。


 しかし。

 マレーヤと戦っていたときと同じように、刀身を素手で掴んできた。

 刃はローレルの肉を裂き、ポタポタと血が地面に落ちる。


「おいおい、おめえまでつまらねえ真似してんじゃねえぞ。約束を忘れて、ぶっ殺しちまったらどうすんだよ」


 僕の剣を握ったまま、ローレルは嘆息して言う。

 抜こうとしても、かなり強い力で掴まれておりびくともしない。

 マレーヤとローレルが試合をしていたときと、本当に同じようなことになってしまった。


 けど、約束を守るつもりはあったらしい。

 それなら、充分だ。


 僕は、剣を左手で持ったまま。

 右手で、銃を作り出した。


「……ああッ?」


 ローレルが、驚愕に眉を顰める。

 そして、咄嗟に掴んでいた剣を離そうとする――が、時既に遅し。


 僕は、ローレルの眉間に目がけて。

 一発の銃弾を放った。


 真っ直ぐ、吸い込まれるようにして弾丸は飛んでいく。

 時間にして、一秒未満。

 瞬時に眉間に命中し、ローレルは鮮血を吹き散らしながら後方に倒れた。


 ……勝った、のか……? さすがに、まだ死んではないと思うが……。

 初めてローレルが倒れたことに驚いているのか、観客たちが一斉にざわめき出す。

 しかし、そんなざわめきはすぐにピタリと止まることとなった。


 突如として響き出した、ローレルの野太い笑い声によって。


「……はは。がはは、がはははは、がははははははははッ! ああ、面白え。面白えよ、シオンッ! やっぱり戦いっつーのは、こうでなくちゃなあッ!!」


 困惑する僕に構わず、ローレルは仰向けに倒れたまま楽しそうに嗤う。

 かと思いきや、ローレルはガバッといきなり起き上がり――。


 ――その筋肉に覆われた太い腕で、僕の首を握り締めてきた。


 苦しい。いや、苦しいを通り越して痛い。

 ローレルの太く大きい手なら、今の僕の細い首なんか握り締めることは容易い。

 当然力でも敵うわけがなく、逃れることなど不可能だった。


「ああ、やっぱいけねえ。おめえの約束、やっぱり守りきれる自信がねえ。悪ぃな、もう手加減なんざできる気がしねえ。殺しちまっても、俺様を恨むんじゃねえぞ?」


「く……かは……っ」


 声を出したいのに、苦しくて声が出ない。

 それどころか、むしろ呼吸すらままならなかった。


 約束を守ってくれると、信じていたのに。

 それなのに、ここに来て突然、ローレルの戦闘狂が発揮されてしまったというのか。

 まずい。これは、まずいぞ。


 僕は顔を顰めながら、震える手でローレルに銃口を向ける。

 しかし――更に強く首を締め付けられ、僕はつい銃を地面に落としてしまった。


「悪ぃなあ、おめえとの戦いが面白くなってきまった。殺さずにはいられねえくれえになあッ」


「ぐ、ぁ……くぅッ」


 声にならない声を出し、何とか抵抗を試みる。

 腕の締めつけは、徐々に徐々に強くなっていく。

 このままでは、息ができなくなって本当に終わってしまう。


 どうする……どうすれば、この危機を脱することができる。

 考えても考えても、名案なんか一つも思い浮かばない。

 というより、苦しさと痛みで、考える力を失いかけていた。


 本当に、終わってしまうのか。

 本当に、僕は――。



「……な、何だあ、ありゃ」



 ふと。

 僕を殺すべく締め付けていたはずのローレルが、明後日の方角を向いて呟く。

 その声色には、どこか驚愕と畏怖に彩られているような気がした。


 いや、ローレルだけではない。

 観客も、審判も。

 誰もが僕たちとは違うほうを向き、ざわめき出す。


 何だ。何かが起こっているのか……?

 僕はローレルに首を掴まれながらも、ゆっくりと顔を後ろに向ける。


 すると、そこには。

 巨大な巨大な三股の龍が、闘技場内を覗き込んでいた。

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