戦慄の戦斧
もしかしたら何かしらの手がかりがあるかもしれないと、ダメもとで闘技場に来てみたわけだが。
まさか、こんなに早く見つけてしまうなんて。
出場してきた、ローレルという名の巨漢の男が。
自分のことを――〈十花〉の一員だと、そう言ったのだ。
本当に、こんなところにいるとは。
どうして、闘技場に出場しているのかは知らないけど。
「……ヴぇ、いす? 何のこと?」
「ああ、気にすんな気にすんな。俺様の独り言だ。すぐ敗北を喫するおめえには、全く関係ねえことだからよ」
首を傾げる女性――マレーヤに、ローレルは笑って受け流す。
ただそれは、マレーヤにとっては煽りでしかない。
「……言うじゃん。あんたみたいな脳筋じゃ、あたしに勝つことなんて絶対に不可能なんだけど」
逆に煽り返し、マレーヤは剣を抜く。
ローレルはそれを見てニヤっと不敵な笑みを浮かべ、大きな斧を持つ。
体格差は歴然だが、だからといって勝敗はやってみなくては分からないもの。
〈十花〉の一員であるというローレルの実力、この目で見させてもらおう。
「それでは、勝負開始です!」
審判の合図とほぼ同時に、マレーヤは駆け出す。
そして、ローレルの巨体に斬りかかる。
――しかし。
「……ああ? 何だあ? やる気あんのかよ?」
刀身を、素手で掴んでいた。
斧を持っていない、左手で。
当然、刃は手のひらの肉を裂き、血が流れ出てポタポタと地面に落ちる。
なのに、それでも全く痛そうな様子はなく。
それどころかむしろ、笑っていた。
「がはははっ、恥じることはねえ。悔いることもねえ。ただ、俺様が強かったってえだけの話なんだからよッ」
「く……そんな……ッ」
愕然とし、態勢を立て直すべく剣を引こうとするも、微塵も動く様子がない。
ローレルの左手によって、完全に捕まってしまったのだ。
奴の手から逃れるには、剣を手放して一旦離れるしかない。
でも、マレーヤはそうしなかった。頑なに、剣を引っ張り続けた。
びくともしない、自身の唯一の武器を。
だが今となっては、それは武器なんかじゃなく。ただの、相手へ見せた隙でしかなかった。
「おめえ、もうつまんねえからよ――せいぜい無様に散れや」
マレーヤの剣を、左手で握り締めたまま。
右手の斧を、マレーヤの脳天に目がけて振り下ろす。
そこから先は、一瞬だった。
斧が直撃した瞬間に、轟音とともに辺りに鮮血が飛び散る。
やがてローレルが再び斧を背中に仕舞ったときには、もう既にマレーヤは肉片と化していた。
「な、なんということでしょう! たったの一撃で、相手を屠ってしまいました! よって、勝者はローレルです!」
わーっと、審判の判定のもと、観客の歓声が響き渡る。
闘技場という施設は、やはり殺しもありなのか……今までに見たことのないほど呆気なく、命が尽きてしまった。
たったの一撃。
そう。ローレルは、斧を振り下ろしただけ。
それだけで、マレーヤの体はグチョグチョに潰れてしまった。
強靭な肉体と、圧倒的な腕力。そして絶大な威力を誇る斧。
〈十花〉は既にオオバコと戦ったことがあるが、見ただけでもローレルの強さが痛いほど伝わってきた気がする。
おそらく、オオバコよりも数倍上だ。
「ね、ねえ……シオン。あれって、本当に……?」
「……うん」
隣でヴェロニカが震え声を出し、僕はローレルの姿から目を逸らすことなく頷いた。
『本当に』――というのは、おそらく二つの意味がある。
本当に、死んでしまったのか。
本当に、〈十花〉なのか。
あいつがわざわざ嘘をつく必要などない。だから、〈十花〉であることはきっと真実。
そして、実際に肉眼で見たから分かる。
間違いなく、マレーヤは死んだ。ローレルの斧によって、呆気なく無残にも。
「……ローレル、か」
ほぼ無意識に、奴の名を呟く。
まだまだ僕の知らない、厄介な相手がいるようだ。いつかは、僕たちもあいつと戦うことになってしまうのだろうか。
いや、それはきっと間違いないだろう。〈キーワ〉の目的からしても、僕たちの目的からしても、おそらく免れない。
だから、できることなら弱点などが分かればよかった。
なのに、さっきの戦いでは弱点どころか、かなり強いということくらいしか分からなかった。
もし戦うときが来た場合、苦戦を強いられてしまうだろう。そもそも、勝てるのかどうかすら分からない。
そう考えて。嫌でも垂れてくる冷や汗を止められず、思わず唾を飲み込む。
まるで自身の勝利が当然のことのように、ローレルは喜んでいる様子もなく真顔で退場していく。
体が震える。拳を強く握り締める。
僕は――立ち上がった。
「ごめん。僕はちょっと、行きたいところがあるから」
ヴェロニカとイベリスに告げ、席から離れる。二人は怪訝そうに僕を目で追っていたが、構わずに客席から出る。
さっき、ローレルは退場したばかりだ。
つまり、今控え室の前で待ち構えていれば、ローレルと遭遇する……はず。
僕は一階に下り、壁の陰から控え室の扉をじっと見続ける。
やがて、その扉から巨体が出てきた。
無傷で、疲れてすらいないローレルが。
激しい心臓の鼓動。体中から溢れる汗。体の震え。
先ほどの戦闘を見て、途轍もなく強い相手だということが分かって、僕も少なからず恐怖心を抱いてしまった。
でも、目的のためだ。怖いからって、強いからって、逃げるわけには――。
「……んあ? おいガキよ、んなとこで何してんだあ?」
ふと。背後から、声をかけられて。
咄嗟に振り返ると、僅か数センチほどの距離にローレルが立っていた。




