新たな同士
突然現れた蛸の魔物から、二丁の銃で助けてくれた少女。
髪と同色の猫耳と尻尾がついており、その顔に表情というものは乏しく、半眼で僕たちを見ている。
「……大丈夫?」
猫耳少女は表情を一切変えず、淡々と言う。
見たところ、まだ十代半ばでヴェロニカやイベリスよりも年下だと思う。なのにも拘わらず、先ほどの戦い方は凄まじく、十代の少女だとは思えないレベルだった。
「う、うん、ありがとう。君は?」
「……ネリネ」
また、淡々と名を名乗る少女――ネリネ。
相手だけに名乗らせるわけにはいかず、僕たちも順に名乗っていく。
「あんた強いのね。本当に助かったわ」
「……別に。うちは銃士だから、銃の扱いに長けてるだけ」
銃士――そう言えば、そんな職業もあったか。
無表情で口数はあまり多くないようだが、正直な話、戦闘中に銃弾を全て蛸に命中させ見事に斃した姿は、とてもかっこよかった。
ふと、後ろを見やると、イベリスが何やら瞳を輝かせていることに気づく。
そして、興奮した様子で口を開いた。
「すごいデスね、その猫耳。本物なんデスかっ?」
「……え? ん。本物、だけど」
「おぉっ、ちょっと触ってみてもいいデスか?」
「……だめ」
イベリスが詰め寄るも、ネリネは間髪入れずに拒んだ。
初対面のくせに、何でそんなにセクハラできるのか……これは、ある意味才能かもしれない。決して褒められたものではないけど。
「えぇー、何でデスかぁ」
「……だめだから」
「いいじゃないデスか、ちょっとだけデスよっ」
「……だめ」
「先っちょだけ! 先っちょだけデス!」
「…………」
ネリネは太もものホルダーから銃を一つ取り出し、イベリスの眉間に突きつけた。
そして、先ほどまでとは打って変わってドスの効いた低い声で一言。
「……だめって、言ってるんだけど」
「…………ご、ごめんなさい、デス」
涙目になりながらイベリスが謝罪の震え声を出すと、ネリネは銃を太もものホルダーに仕舞う。
怖い。あんまり怒らせないようにしないと、さっきの人を殺しそうな目は本気で撃ちそうで恐ろしい。
でもまあ、今のは明らかにイベリスが悪いから仕方ない。
「あんた、これに懲りてセクハラはもうやめなさいよ」
「そんなぁ……ワタシの生き甲斐なんデスよぉ」
どうしようもないな、こいつ。
ネリネは、もう完全にイベリスへ向けている視線が軽蔑の眼差しに変わってしまっている。
第一印象が最悪すぎる。
「ところでさ、この辺に町とかってない? 探してるんだけど、この大陸に来たこと自体初めてで、よく分かってなくて」
「……町? あるけど。向こうに」
そう言って、指差したのは。
ちょうど、僕たちが進んできていた方向だった。
つまり、一応道は合っていたわけだ。
「じゃあ、町まで案内してくれないかな。だめなら、仕方ないけど」
「……」
僕が頼んでみると、ネリネはちらっとイベリスを一瞥。
さっきのセクハラで、かなり嫌われてしまったらしい。無理もないが。
「……ん。分かった」
するとネリネは頷き、踵を返す。
これは、承諾してくれたということかな。
僕たちは顔を見合わせ、ネリネの背中について行く。
「ネリネ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「……何」
歩きながら言ってみたら、ネリネは振り向きもせずに、そんな一言だけを返す。
さすがにネリネに質問しても分からないことかもしれないが、一応念のためだ。
「〈キーワ〉、もしくは〈十花〉って知ってる?」
すると、ネリネは一瞬だけこちらを振り向き、またすぐに前を向く。
それからは、暫しの無言。だが、僕は質問を続けることなく、ただ返答の言葉を待つ。
やがて、小さな声で。
「……〈キーワ〉なら、知ってる」
そう、答えてきた。
驚きのあまり、僕は思わず詰め寄ってしまう。
「ほ、ほんとにっ? どこで、誰から聞いたの?」
「……うちに会いに来た。仲間にならないかって」
「え……?」
確か〈キーワ〉の人たちは、自分と同じような辛い過去を持った人を仲間に誘っているはず。
現に、僕のところにもやって来て、仲間になれと勧誘してきたわけだし。
でも、それは当然ノンプレイヤーキャラに言うようなことではない。
ということは、ネリネは。
僕たちと同じく、プレイヤー――つまり、突然この世界に来てしまった同士ってことか。
しかも、〈キーワ〉に入れと誘われるほどの、辛い過去持ちの。
「それで、どうしたの?」
「……しつこかったから撃った」
「う、撃った?」
「……だから、殺したってこと」
敵とはいえ僕が躊躇してしまったことを、ネリネはやったのか。
けど、ヒースやイベリスも言っていたことだが。
まだ僕の考えが甘すぎるだけで、この世界では決意しなくてはいけなくなる場面が来るかもしれないのだ。
だから、ネリネを責めることなどできない。
そうしなくては、自分がやられてしまっていた可能性もあるのだから。
「えっと、僕たちは〈キーワ〉の人たちを探してるんだけど、どこにいるかとかは……」
「……知らない」
まあ、そうだと思った。
自分のもとに来た〈キーワ〉の人を容易く殺したくらいなのだから、他の人の居場所を知るわけがないし、興味もないだろう。
それは、仕方ないことだ。僕たちが、自分で探し出すしかない。
ネリネは、〈キーワ〉の人を殺したと言っていたが。
ヒースは、敵くらい殺せるようになれと叫んでいたが。
イベリスは、自分の大切な仲間や友達が殺されるくらいなら、その敵を殺すべきだと仄めかしていたが。
それでも僕は、殺す気なんてまだない。
やっぱり、いくら敵でも辛い過去があるだけの人間であることに変わりはないのだ。
だから、僕たちの仲間に加えて、みんなで一緒に元の世界に帰るよう説得をする。それが、第一の、最大の目標。
でも、その考えが甘いことだって、もちろん理解している。
結局ヒースは殺すことになってしまったし、他のみんなだって上手くいくとは思っていない。
だから、僕だって。
大事な友達、大切な仲間、守りたいもの。そういった荷物がある、今の僕は。
もし、どうしても逃れることのできない、そういう状況になったときは。
殺す覚悟だって、あるつもりだ。もう、できたつもりだ。
甘えてばかりなど、いられないから。
「……ここ」
ふと、突然発せられたネリネの小さく短い一言で。
僕は反射で、考え込んでいて俯いていた顔を上げる。
いつの間にか、目の前には門があった。
その門の奥には、ミントスペアほど多くはないにしても建物がいくつか軒を連ねている。
が、あまり大きな建物はないように見えた。
どれもこじんまりとしているのだが……気になったのは、それだけではない。
町の中の地面も、ここに来るまでの道と何ら変わりなく、少し荒れている気がする。
しかも、全てではないものの、中には窓が割れていたりボロボロな家があったり。
挙句、道の隅っこに座り込んでいる者までいる。おそらく、ホームレスというやつだろう。
最初に行った街が王都アンブレットという非常に賑わった場所だったからか、余計にこの町が荒れているように感じる。
一度も行ったことなどないため、この例えが正しいのかは不明だが。
まるで、スラム街のような印象を抱いてしまった。
「……ここが、忍耐大陸オークモスにある唯一の町――カナンガ」
荒廃している町の様子に、思わず絶句している僕に。
変わらず淡々と、ネリネはそう言った。




