赤の触手と白の少女
どこからか、チャイムのような音が聞こえる。
それからすぐ、聞こえてきた女性の音声。
「間もなく、忍耐大陸――オークモスに到着いたします。下船なさる方は、忘れ物などないよう注意してから下りてください。本日は、まことにありがとうございました」
最後に礼を述べられ、音声は聞こえなくなった。
何とも丁寧なアナウンスである。
ようやく着くのか……オークモスに。
数秒前までダーツで遊んでいたところだが、そろそろ下りなければいけない。
初めてやったけど、案外面白くて後ろ髪を引かれる思いだ。
アナログゲームも悪くない。
「ふぅ……じゃあ、行きましょうか」
「そうデスねー、いっぱい遊べて満足デス」
余韻に浸るように吐息を漏らす。
そして、一階に下りる。
着いてすぐ船が出発するわけなどないため、そんなに急ぐ必要もないとは思うけど。
でも、あんまりのんびりもしていられないだろう。
入口に到達すると、僅か数秒後に扉が開いた。
更に、「オークモスに到着した」という旨のアナウンスが、再度響き渡る。
見たところ、僕たち以外に下りる人はいないらしい。
偶然なのか、もしくはわざわざオークモスに行きたいという人があまりいないのか。
デイジーの言葉から考えるに、後者なのかもしれない。
期待やら不安やら様々な感情が綯い交ぜになるのを感じつつ、僕たちは船から下りる。
忍耐大陸――オークモスの第一歩を踏み出した。
危険な場所と言っていたが、港の時点ではミントスペアとあまり大差がないように思える。
ただ、ミントスペアと比べて、店の数が少ない上に人の姿も全然見えない。
やっぱり、人口も少し少ないのだろうか。
静かな港を歩いていき、二つある橋のうち北側の橋を渡る。
そこから先は、ミントスペアとは全く違う光景が広がっていた。
ミントスペアが緑豊かな草原だったのに対し、ここオークモスは。
辺り一面、ミントスペアの綺麗な草ではなく、所々に雑草の生えた荒野になっていた。
樹木に至っては葉がなく、枯れ木が点在している。
視線の遥か先、遠くには高い山みたいなものも見える。
閑散としている荒廃した大地。
確かに、ここでは人間が暮らしやすい環境にあるとは思えない。
どうやら、港にある二つの橋から、長い川を隔てて北側と南側に分かれているようだ。
どちらに何があるのかまだ分からないため、とりあえず北側を進んでいこう。
何とか、町を見つけることができればいいのだが。
三人で肩を並べ、海沿いに道を歩く。
地面は少し凸凹しており、普通に草原を歩いていたときよりも心なしか疲れがくるのが早い気がする。
「疲れマシタ……。ちょっと休憩がしたいデス」
「休憩って……こんなところで? あんまり休憩にならないと思うわよ」
テントなどがあれば別だとは思うが、生憎とそんなものはない。
凸凹とした地面の上じゃ、背中が痛くなって寝転ぶことはできないし、休憩と言っても少しの間座り込む程度のことしかできないだろう。
「それでも大丈夫デス……」
すると、イベリスはその場にしゃがみ込む。
船の中でもかなりはしゃいでいたし、ここに来て疲労が我慢できないレベルにまで重なってしまったのかも。
「どうする? シオン」
「まあ、仕方ないよ。疲れてるのに、無理に歩かせるわけにもいかないし」
「そうね……じゃあ、ひとまず休憩にしましょうか」
そして、僕たちは地面に座る。
この様子だと、たとえこの道の先に町があったとしても、少なくとも夜にはなってしまいそうだ。
しかも町がある方角とは正反対に進んできてしまっていた場合、来た道をまた戻らなくてはいけなくなるため、町に着く頃には確実に明日以降になっていることだろう。
そうなると、どこかで野宿をしなくてはいけないわけで。
ここは、明らかに野宿するのには向いていない。
さて、どうしたものか。
などと、思考に耽っていたら。
不意に、海の水面に浮かんだ異変に気づいた。
ブクブクブク……と、さっきまで何もなかったはずの海に、突如として泡が出現したのだ。
怪訝に思い、つい凝視してしまう。
すると泡は徐々に大きくなり、音も激しさを増す。
そして――。
「……ッ!?」
驚愕のあまり、目を見開く。
いきなり水中から飛び出してきた巨大な物体に、僕は驚いて逃げるどころか目を逸らすことすらできなかった。
蛸だ。
それも、通常の蛸ではない。
数倍以上の大きさを誇り、凶悪そうな形相でこちらを睨みつけてきている。
更に、その特有の触手で――ヴェロニカとイベリスに巻き付く。
二人は突然の出来事に避けることなどできず、呆気なく捕まってしまう。
「な、何よ、これ……っ! くっ、うにょうにょして、気持ち悪い……」
「触手プレイなんて望んでないデスよーっ。こ、これ、全然離れマセン……っ」
蠢く触手の中で二人は必死にもがき続けるが、全く抜け出せそうにない。
迂闊だった。まさか、こんな魔物が潜んでいたとは。
触手で二人を締めつけながらも、顔だけをこちらに向けてくる。
そして、その口から墨を吐き出した。
僕は咄嗟に避けるも、瞬時に残りの触手を僕へ目がけて放つ。
回避した直後ということもあり、触手の攻撃が腹部に直撃してしまった。
「くぁ……っ!」
触手によって突き飛ばされ、僕は背中を地面に強く打ちつける。
当然、直接に攻撃を食らった腹もかなり痛むが、凸凹な地面に打ちつけた背中も凄まじく痛む。
これは、まずいかもしれない。
二人が触手に捕まってしまった以上、血を吸って強くなることはできない。
そうなると、あとは自分自身の血だが。
自分の体を見て、どこからも血が出ていないことが分かり、それもまだ無理なのだと悟った。
まさに、万事休す。
せめて血が出るくらい僕を負傷させてくれればいいのに、あろうことかヴェロニカとイベリスを更に強く締め付ける。
「くっ……あぁ……っ!」
「痛ぅ……か、ぁ……」
さっきまで必死に抵抗していた二人も、締めつけが強くなったことで抵抗もままならなくなり、悲痛の吐息を漏らすようになってしまった。
早く何とかしないと、このままでは二人の骨など容易く折れてしまう。
……仕方ない。
血なんて、知ったことか。
血なんてなくても、二人を助けることくらいしてみせる。
決意し、僕が駆け出した――途端に。
バン、バン、と。
二発の銃声が鳴り。
瞬間――ヴェロニカとイベリスを締めつけていた蛸の触手が、切断された。
触手が切れたことで開放され、二人は落下し尻餅をつく。
だが銃声は、それだけで終わりではなかった。
今度は、蛸の顔面に多数の銃撃を浴びせる。
蛸は抵抗する間もなく、鮮血を吹き出しながら後ろに倒れ、海の中に落ちていく。
僕たちの視線は、蛸から別の方向へと移った。
少し離れた位置で、こちらに二つの銃口を向けていた一人の少女へと。
少女は蛸がいなくなったことが分かると、二丁の銃を太もものホルダーに仕舞う。
そして、僕たちのもとへ歩み寄ってくる。
今の僕より背が高いとはいえ、少し小柄な体型。
所々でツンツンに跳ねた、白髪のショートヘア。
スカートから覗く両脚の太ももには、二丁の銃。
そこまではいい。
しかし、僕は思わず頭と臀部を見てしまう。
なぜなら。
少女の頭には真っ白な猫耳が、臀部には真っ白な尻尾が生えていたのだから。




