旅立ちの前に
「ど、どうしたんですかっ、その怪我!」
街へ到着し、寄り道などは一切せずに城へ戻ってくると。
扉の音で気づいたのか、すぐさま二階からデイジーが下りてきて、僕たちの姿を見るや否やそう怒鳴った。
ランはメイド服が少々汚れただけで大した怪我はしていないようだが、僕とヴェロニカとイベリスは所々に傷を負ってしまっている。
闇の竪穴に行くことを話したとき、絶対に怪我したりしないという約束だったわけだけど、見事にそれを破ったことになる。
「大丈夫だよ。この程度、大した怪我じゃないし」
「そういう問題じゃありませんよっ。確かに大事には至らないかもしれないですけど、もし取り返しのつかないことになったらどうするつもりですかぁ……」
「心配しすぎだって。ほら、取り返しのつかないことにはなってないでしょ?」
「むぅ……」
僕が必死に弁明すると、デイジーは頬を膨らませ、まだ納得していなさそうではあるが、それ以上の追及はしてこなくなった。
心配してくれるのは嬉しいけど、さすがに過剰だなぁ、これは。
でもまあ、正直この程度で済んだのはよかったかもしれない。
もしかしたら、もっと強い人がいたり危険な罠が仕掛けてあったりして、もう帰れなくなっていた可能性もあるわけで……。
そう考えると、ある意味運がよかったと言えるのかも。
「……とにかく、もうあんまり危ないことはしないでくださいね?」
「はは、大丈夫大丈夫」
「……信用したいのにできないんですが」
僕の場合は、既に一回寝たきりになるほどの重傷になっていたわけだし、信用されなくなるのは仕方ないか。
ただ、僕には次に向かいたい場所ができた。
とはいえ、その場所のことを何も知らないため、デイジーに訊ねてみることに。
「あのさ、忍耐大陸――オークモスって知ってる?」
「え? あ、はい。もちろんですよ。アリウムさんが統治しているところですよね」
「アリウムさん?」
「はい。私と同じ七つの美徳の一人、忍耐のアリウムさんです」
ここミントスペアは、七つの美徳の救恤を司るデイジーが統治しているから救恤大陸。
そしてオークモスは、忍耐を司るアリウムとやらが統治しているから忍耐大陸、というわけか。
デイジーほど簡単に会ってくれないとは思うものの、どんな人なのか少し気になってしまう。
すると、僕の代わりに、ヴェロニカが続きの言葉を受け継いだ。
オークモスの話を出したことで、すぐに何を話したいのかを察してくれたのだろう。
「あたしたち、そのオークモスってところに行きたいのよ」
「え? あそこに行きたいんですか? 危険ですよ?」
「危険、なんデスか?」
「あ……えっと、はい……」
イベリスの問いに、デイジーは何やら言いにくそうに目を逸らす。
オオバコがオークモスというところに行ったらしいから、僕たちも追いかけたいと思ったのだが……。
「でも、アリウムって人が統治してるんだよね? だったら、そんなに危険なこともないんじゃないの?」
「それは、そうなんですけど……アリウムさんが司っている美徳は、忍耐じゃないですか。だから、その……私たちとは、少し考え方が違うようなので……」
美徳は忍耐だから、僕たちとは考え方が違う。
デイジーの言っている意味があまりよく分からないが、ミントスペアほど安全ではないのか。
でも、たとえそれでも、僕たちは元の世界に帰る方法を探すために世界中を旅する必要がある。
そして、〈キーワ〉のみんなも見つけ、仲間にできたらいいのだが。
ヒースに言われたことが頭の中で駆け巡る。
やっぱり、それは無理なのだろうか。
やっぱり、それは僕の欺瞞で、偽善で、驕りなのだろうか。
……いや、違う。そんなことない。
僕は、みんなを助けたいだけ。また、みんなで元の日常に戻りたいだけ。
そのために――オークモスにも、他の大陸にも行かなくちゃいけない。たとえ危険だったとしても。
「行き方が知りたいんだけどさ、教えてくれないかな」
「……本当に、行くんですね……。分かりました。でも、気をつけてくださいね。また、ここに帰ってきてくださいね?」
「うん、分かってるよ」
帰れるのはいつになるのか分からないが、この世界に家などない僕たちにとって、帰る場所があるだけで幸せなことのように思えた。
だから、いつか。
また、ここに戻ってこよう。
「街から出て、ずっと南東に行けば港があります。確かオークモス行きの船は、もう今日の便が出てしまったので、次は明日だと思います。なので、今日はこの家で休んでいてください」
「分かった、そうするよ」
明日、僕たちは見知らぬ大陸へ行く。
デイジーが言うには、そこは危険な場所らしいし、あまり疲れた状態や傷を負った状態では行かないほうがよさそうだ。
だから、今日は休んでおこう。
明日旅立てば、暫くデイジーたちに会えなくなるし。僕としても、もう少しデイジーたちといたい気持ちがある。
それから。
僕たちは風呂に入り、ランの夕食に舌鼓を打ち、全員で駄弁ったり遊んだりして。
布団の中で明日のことを考えているうちに、静かに意識を手放していった。




