優雅の裏側で
ヒースとの再戦が終わった、そのすぐあと。
ヒースは淡い光となって消え、本当に死んだのだと実感した。
……仕方ないことだ。そうしないと、僕たちがやられてしまっていたのだから。
そう自分に言い聞かせつつ、僕はヴェロニカとランのところへ歩み寄る。
「大丈夫? その盾、あんまり意味なかったんだね」
「まあ、仕方ないわ。あいつ、魔法なんて使ってこなかったんだもの」
確かに、言われてみればそうか。
ヒースの攻撃手段と言えば、仮面を投げたり盾にするばかりで、魔法は一切してこなかった。
だから、せっかく防具屋で購入した盾も、あまり効果を発揮しないのも無理はない。
「みなさま、早くここから出たほうがいいと思います。なぜなら――」
微笑を湛えるランの言葉の途中で、突然襲ってくる振動。
壁が、天井が、床が、かなり揺れていた。
「――ここも、間もなく崩れてしまいます」
先ほどヒースが登場した際、あれだけ盛大に壁を崩してしまっていれば。
ここが崩れてしまうのも無理はない気もする。
だが、こんな竪穴が今崩壊してしまえば、僕たちは間違いなく生き埋めとなるだろう。
おそらく崩れきるまで、あまり時間もない。
「そ、そういうことは、もっと早く言ってよ!?」
ヴェロニカが顔を青ざめながら叫び、僕たちは慌てて駆け出す。
今から入口のところまで戻るのは、さすがに不可能だ。
途轍もなく長い距離だったし、間に合うわけがない。
でも、オオバコが逃げたときに使用したロープがある。
まず先にヴェロニカが掴み、ぎこちない動きでゆっくりと上に上っていく。
ある程度進んだ頃、次にイベリスが行く。
そして次にラン、最後が僕。
迫り来る崩壊に、僕たちは無我夢中でロープを伝っていった。
やがて、全員が穴から出ることに成功した、僅か数秒後。
完全に崩れ、土砂で穴の中が何も見えなくなった。
「……な、何とか間に合いマシタ」
イベリスは土砂を見つめ、冷や汗を垂らす。
確かに、今のはヒヤッとしてしまった。あと少し遅れていれば、今頃僕たちは亡き者となっていただろう。
そう考えると、少し血の気が引く。
「それでは、帰りましょうか」
ランの一言で、僕たちは歩み始める。
最初は、ここがどこなのか分からなかったが、辺りを見回していると少し分かってきた。
闇の竪穴に向かう途中、見かけた場所。
ヤマブキさんと初めて出会った湖の、すぐ近くだ。
最も分かりやすい目印――湖が近くに見えることから、きっと間違いではないと思う。
だとしたら、街までもそんなに遠くはない。
と、街へ向けて歩いている途中で。
ふと背後から、小さく声をかけられた。
「……申し訳ございません。皆様に、謝らなくてはいけないことがあります」
思わず一斉に足を止め、後ろを振り向く。
ランは少し俯き気味で、立ち止まっていた。
「……六回ほど見かけたというのも、皆様に探索してほしいと依頼をしたのも、全て嘘なのです。本当は、皆様を闇の竪穴に連れて行く必要がありました。そのために、あんな嘘を……すいませんでした」
こちらの反応を窺っているのか、ちらちらと上目遣いになりながら、自身のついた嘘とやらを明かし始める。
そして最後には、深々と頭を下げた。
「……嘘、って?」
「わたくしは、ヒースという男の方から脅されていました。シオン様たちを、闇の竪穴に連れて来い……さもなくば、デイジー様を……殺す、と。デイジー様に仕えているわたくしには、デイジー様を危険な目に遭わせるわけには参りません。デイジー様が負けるわけなどないと分かってはいても、どうしても逆らうことができませんでした……そのせいで、皆様を危険な目に遭わせる羽目になってしまって、本当に申し訳ありませんでした」
そう言って、再び頭を下げる。さっきよりも、もっと深く。
正直、怪しいとは思っていた。闇の竪穴に入る直前で、僕はランのことを少し疑ってしまっていた。
だけど、まさかそんなことがあったなんて。
ヒースが、そんな脅しをするなんて。
戦うのに相応しい場所で、僕にリベンジをするため、ということだろうか。
「大丈夫デスよ。ヒースは、もう……死んだんデス。だから、もう心配しなくていいデスよ」
イベリスが、ランに笑いかける。
脅した本人であるヒースが、もう存在していないのなら。ひとまずは、脅威は去ったと言えるだろう。
ヒースだけでなく〈キーワ〉全体が動いていた場合は、また別だが……さすがに、それはないと思う。
さっきの戦いは、あくまでヒースのリベンジ。
全員が協力する理由なんて……まあ、僕を仲間にしたいと言っていた奴らなら一応あるにはあるけど。
きっと、大丈夫だ。
「そうだよ。僕らだって収穫がなかったわけじゃないし、結局みんな無事だったんだから気にしなくていい」
「……はい。ありがとう、ございます」
そうして、再度頭を下げるラン。
それに、ランに悪意なんてものがないのはとっくに分かっていた。
闇の竪穴に向かう途中で、武器や防具などの準備を勧めたり。
ダンジョン内では、僕に罠の場所を教えてくれたり。
オオバコから誘われ、迷ってしまっていた僕を叱咤してくれたり。
負傷したヴェロニカを、すぐさま治療してくれたり。
僕たちを危険な目に遭わせてしまったと言ってはいたが、それと同時に、僕たちを助けてくれてもいた。
だから、感謝こそすれ、怒ったり軽蔑したりなどするわけがない。
再び、街へ向かって歩を進める。
あとは……そうだな。
みんなの傷を、デイジーにどうやって説明するか、だなぁ……。




