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その吸血鬼は、ゲーム世界でもツイてない。  作者: 果実夢想
四章【変わりやすい愛情】
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ひとつだけ、欲しかったもの

「し、シオン様……?」


「ごめん、ラン。僕は吸血鬼で、今はランしかいないから」


 一言謝罪を述べてから、ランの首筋に牙を突き立てる。

 これで、準備は万端だ。


 ランは僕が噛んだ首筋を手で押さえながらも、後退していく。

 今から戦闘が始まることを察して、少し離れてくれたようだ。


 あとは……オオバコとの戦闘に集中しよう。

 相手を殺すためだとか、そんなのじゃない。

 僕が勝ち、そして逆にこちらの仲間に加えるための戦いだ。


「……い、いっ、言っておく、けど……こ、ここ、ここは、私の住み家。その、その時点で、あ、あなたの負けは、きき、決まってる……っ」


 言いながら、壁に設置されていたレバーを力強く引いた。

 すると、僕の左右から巨大なノコギリのようなものが襲いかかってくる。


 が、速いわけでもなければ、して範囲が広いわけでもない。横から来たのなら、前後に避ければいいだけ。

 しかし、そんな安直な考えで前に回避したことを、僕はすぐに後悔した。


 いつの間にかオオバコは少し離れた壁まで移動しており、そこにも設置されていたレバーを既に引いていたのである。

 その効果は――大きな鉄球。

 上からロープのようなものでぶら下がっているらしく、前後左右とあまり軌道が読めない。


 どちらに避けるべきか、迷う暇すらなかった。

 鉄球が左から脇腹に直撃し、メキメキと何かが軋むような音をたてながら僕を突き飛ばす。


「かは……っ」


 脇腹の激痛のあと、すぐに壁に激突した背中の痛みが襲ってくる。

 口から血を吐き、痛みを訴える腹部を手で押さえた。


 これが、オオバコの戦い方か。

 罠師という職業クラスに恥じないほどの、巧みなトラップの嵐だ。

 しかも、どこにどの罠を作動させるレバーがあるのかを把握しており、それぞれを絶妙なタイミングで発動させてくる。

 なかなか、手強いかもしれない。


「あ、あ、諦める、なら、今のうちっ! は、はは、早くしないと、あ、あんた、本当に、死んじゃう、から」


「……やだよ。絶対、諦めない。オオバコのことも、僕たちの仲間にしてやるから」


「っ!? な、な、な、何、言ってるの。な、仲間になる、のは、あんたのほう……っ!」


 オオバコは別の壁へ移動し、今度は左右に並んでいた二つのレバーを同時に引く。

 刹那、僕の背後にある壁から太い縄が飛び出し、僕の体を強くきつく締め付ける。


「な……っ!?」


 驚愕に目を見開く僕だが、レバーを引いていたのは二つ。

 当然、この縄だけで終わるわけもなく。

 大きな鎌が首の横から出現し、すぐには切断せず首を鎌の刃で覆う。


「ほ、ほら、あ、ああ、あんた、このままだと、し、死んじゃう、けど、い、いいの?」


「……すぐには、殺さないんだね。やっぱり、殺しなんてしたくないんじゃないの?」


「ち、ちち、違う! ぼ、ボスが、でで、できれば連れて来いて、い、言ってたから、あ、

あんたの気が変われば、こ、殺す必要も、なな、なくなるかも、って、それだけ。な、何で、そ、そそ、そんなに余裕なのよ!」


 確かに、この縄はかなり太くて丈夫そうだ。そのせいで、僕は全く身動きがとれない。

 このままだと、おそらく数秒後には鎌によって首がなくなっていることだろう。


 でも――そんなに呆気なくやられるつもりもない。

 目を閉じ、集中する。

 いつもの剣じゃない、もっと何か別の――。


 そこまで考えて、ふと僕の横にあるものの存在を思い出す。

 そうだ、これが一番相応しい。


 僕は手のひらから血でできた鎌を出し、その大きな刃で縄を断った。


「……か、かか、鎌っ!?」


 愕然とするオオバコにも構わない。

 ここからは――僕が反撃する番だ。


 僕は地を蹴り、凄まじい勢いでオオバコに肉薄する。

 きっとオオバコからは、僕の姿が一瞬で消え、また一瞬で目の前に現れたように見えたと思う。


 そして瞬時に鎌の側面でオオバコの腕を少し斬り、オオバコは尻餅をつく。

 僅かに苦戦はしてしまったものの、負けるわけにはいかないのだ。絶対に。


「僕の勝ちだよ。オオバコ、〈キーワ〉を抜けて、僕たちの仲間になってよ」


「な……む、むむ、む、無理に、決まってるでしょう……。い、嫌に、決まってる、でしょう……っ!」


 予想通りの拒絶だ。その程度で、諦める僕ではない。

〈キーワ〉の仲間にい続けて、いつまでもこんなことをしているよりも。

 僕たちの仲間になって、元の世界に帰ったほうがいい。

 少なくとも、僕はそう思う。


「君たちが、辛い過去を持ってるのは知ってる。世界を憎んで、あんなとこに帰りたくないのも知ってる。でもそれは、元の世界に仲間がいなかったからじゃないの? みんなから拒絶されて、生きる場所を、笑う理由を、楽しむ感情を、失ったからじゃないの?」


「……」


 オオバコは答えない。

 ただ俯いて、僕の言葉を聞いているだけ。


 でも、否定もしなかった。

 否定できるほど、間違ってはいなかったのかもしれない。


「だったら、僕が肯定するよ。ううん、僕たちが全員、君たちを肯定する。君たちに、生きる場所を与える。だから、来てよ。君たちは、冷たくて過酷な場所にいただけ。まあ、それは僕もそうなんだけど……。ほら、もっと温かい場所に行こうよ」


 手の鎌を消し、右手を差し伸べる。

 オオバコは僕を見て、目を泳がせ、俯く。何度も何度も、それを繰り返す。


 だけど、急かしたりはしない。

 オオバコが、ちゃんと自分の意思で決めないと意味がないのだから。


「……わ、わた、私、は……」


 やがて。

 ポツリポツリと、自分の過去を話し始める。


「……ずっと、みんな、から、いじめ、られてて……親からも、虐待、されてて……に、人間が、怖くて……」


 学校でのいじめ。

 親からの虐待。

 それは、紛れもない拒絶だ。学校のクラスメイトから、唯一の家族から。

 仲間だと、愛すべき存在だと思われていない証拠なのだから。


 ずっとされていれば、他人が怖くなったり、引きこもったりしてしまうのも無理はないのかもしれない。

 僕も、痛いほど理解できてしまう。


「わた、私、みん、なが、羨ましかった……。な、なん、何で、わた、私だけ、扱いが違う、のか、分からなくて。ただ、ただ、とも、友達、が……欲しかった……っ」


 瞳から、大粒の涙を流す。

 友達。同じ学校の仲間と、一緒に駄弁ったり遊んだりできる、友達。

 虐められていたというオオバコには、きっとそんな存在は一人もいなかったのだろう。


 だったら、僕がやるべきことは、言うべきことは、たったひとつだ。

 そっと笑いかけ、ただ一言。


「じゃあ、僕が友達になるよ」


 そう、告げた。

 驚いて僕を見るオオバコに、更に続ける。


「いや、僕だけじゃない。ヴェロニカも、イベリスも、みんな。きっと、友達になってくれる。大丈夫だよ、君たちにはもう、そんな辛い思いはさせない。させたくなんか、ない。

ありがとね、話してくれて」


「……わた、し……」


 オオバコの手が、ゆっくりと伸びる。

 少しずつ、少しずつ。

 時間をかけて、僕の手と重なり――。



 ――その刹那、すぐ横の壁が噪音を伴って崩れた。


 喫驚し、慌てて壁を見る。

 砂煙でよく分からないが……何やら、二つの人影のようなものが薄らと見える。


 やがて砂煙が晴れて。

 一つの人影――崩れた壁の瓦礫の上に倒れているのが、ヴェロニカであることに気づく。


 だが、ヴェロニカに声をかけることができなかった。

 もう一つの人影の正体が、僕の知っている人物だったから。


 仮面にスーツ姿。

 そう。それは、紛れもない。


「……よお、久しぶりだなァ」


 ヒースが、嗤った。

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