ひとつだけ、欲しかったもの
「し、シオン様……?」
「ごめん、ラン。僕は吸血鬼で、今はランしかいないから」
一言謝罪を述べてから、ランの首筋に牙を突き立てる。
これで、準備は万端だ。
ランは僕が噛んだ首筋を手で押さえながらも、後退していく。
今から戦闘が始まることを察して、少し離れてくれたようだ。
あとは……オオバコとの戦闘に集中しよう。
相手を殺すためだとか、そんなのじゃない。
僕が勝ち、そして逆にこちらの仲間に加えるための戦いだ。
「……い、いっ、言っておく、けど……こ、ここ、ここは、私の住み家。その、その時点で、あ、あなたの負けは、きき、決まってる……っ」
言いながら、壁に設置されていたレバーを力強く引いた。
すると、僕の左右から巨大なノコギリのようなものが襲いかかってくる。
が、速いわけでもなければ、然して範囲が広いわけでもない。横から来たのなら、前後に避ければいいだけ。
しかし、そんな安直な考えで前に回避したことを、僕はすぐに後悔した。
いつの間にかオオバコは少し離れた壁まで移動しており、そこにも設置されていたレバーを既に引いていたのである。
その効果は――大きな鉄球。
上からロープのようなものでぶら下がっているらしく、前後左右とあまり軌道が読めない。
どちらに避けるべきか、迷う暇すらなかった。
鉄球が左から脇腹に直撃し、メキメキと何かが軋むような音をたてながら僕を突き飛ばす。
「かは……っ」
脇腹の激痛のあと、すぐに壁に激突した背中の痛みが襲ってくる。
口から血を吐き、痛みを訴える腹部を手で押さえた。
これが、オオバコの戦い方か。
罠師という職業に恥じないほどの、巧みな罠の嵐だ。
しかも、どこにどの罠を作動させるレバーがあるのかを把握しており、それぞれを絶妙なタイミングで発動させてくる。
なかなか、手強いかもしれない。
「あ、あ、諦める、なら、今のうちっ! は、はは、早くしないと、あ、あんた、本当に、死んじゃう、から」
「……やだよ。絶対、諦めない。オオバコのことも、僕たちの仲間にしてやるから」
「っ!? な、な、な、何、言ってるの。な、仲間になる、のは、あんたのほう……っ!」
オオバコは別の壁へ移動し、今度は左右に並んでいた二つのレバーを同時に引く。
刹那、僕の背後にある壁から太い縄が飛び出し、僕の体を強くきつく締め付ける。
「な……っ!?」
驚愕に目を見開く僕だが、レバーを引いていたのは二つ。
当然、この縄だけで終わるわけもなく。
大きな鎌が首の横から出現し、すぐには切断せず首を鎌の刃で覆う。
「ほ、ほら、あ、ああ、あんた、このままだと、し、死んじゃう、けど、い、いいの?」
「……すぐには、殺さないんだね。やっぱり、殺しなんてしたくないんじゃないの?」
「ち、ちち、違う! ぼ、ボスが、でで、できれば連れて来いて、い、言ってたから、あ、
あんたの気が変われば、こ、殺す必要も、なな、なくなるかも、って、それだけ。な、何で、そ、そそ、そんなに余裕なのよ!」
確かに、この縄はかなり太くて丈夫そうだ。そのせいで、僕は全く身動きがとれない。
このままだと、おそらく数秒後には鎌によって首がなくなっていることだろう。
でも――そんなに呆気なくやられるつもりもない。
目を閉じ、集中する。
いつもの剣じゃない、もっと何か別の――。
そこまで考えて、ふと僕の横にあるものの存在を思い出す。
そうだ、これが一番相応しい。
僕は手のひらから血でできた鎌を出し、その大きな刃で縄を断った。
「……か、かか、鎌っ!?」
愕然とするオオバコにも構わない。
ここからは――僕が反撃する番だ。
僕は地を蹴り、凄まじい勢いでオオバコに肉薄する。
きっとオオバコからは、僕の姿が一瞬で消え、また一瞬で目の前に現れたように見えたと思う。
そして瞬時に鎌の側面でオオバコの腕を少し斬り、オオバコは尻餅をつく。
僅かに苦戦はしてしまったものの、負けるわけにはいかないのだ。絶対に。
「僕の勝ちだよ。オオバコ、〈キーワ〉を抜けて、僕たちの仲間になってよ」
「な……む、むむ、む、無理に、決まってるでしょう……。い、嫌に、決まってる、でしょう……っ!」
予想通りの拒絶だ。その程度で、諦める僕ではない。
〈キーワ〉の仲間にい続けて、いつまでもこんなことをしているよりも。
僕たちの仲間になって、元の世界に帰ったほうがいい。
少なくとも、僕はそう思う。
「君たちが、辛い過去を持ってるのは知ってる。世界を憎んで、あんなとこに帰りたくないのも知ってる。でもそれは、元の世界に仲間がいなかったからじゃないの? みんなから拒絶されて、生きる場所を、笑う理由を、楽しむ感情を、失ったからじゃないの?」
「……」
オオバコは答えない。
ただ俯いて、僕の言葉を聞いているだけ。
でも、否定もしなかった。
否定できるほど、間違ってはいなかったのかもしれない。
「だったら、僕が肯定するよ。ううん、僕たちが全員、君たちを肯定する。君たちに、生きる場所を与える。だから、来てよ。君たちは、冷たくて過酷な場所にいただけ。まあ、それは僕もそうなんだけど……。ほら、もっと温かい場所に行こうよ」
手の鎌を消し、右手を差し伸べる。
オオバコは僕を見て、目を泳がせ、俯く。何度も何度も、それを繰り返す。
だけど、急かしたりはしない。
オオバコが、ちゃんと自分の意思で決めないと意味がないのだから。
「……わ、わた、私、は……」
やがて。
ポツリポツリと、自分の過去を話し始める。
「……ずっと、みんな、から、いじめ、られてて……親からも、虐待、されてて……に、人間が、怖くて……」
学校でのいじめ。
親からの虐待。
それは、紛れもない拒絶だ。学校のクラスメイトから、唯一の家族から。
仲間だと、愛すべき存在だと思われていない証拠なのだから。
ずっとされていれば、他人が怖くなったり、引きこもったりしてしまうのも無理はないのかもしれない。
僕も、痛いほど理解できてしまう。
「わた、私、みん、なが、羨ましかった……。な、なん、何で、わた、私だけ、扱いが違う、のか、分からなくて。ただ、ただ、とも、友達、が……欲しかった……っ」
瞳から、大粒の涙を流す。
友達。同じ学校の仲間と、一緒に駄弁ったり遊んだりできる、友達。
虐められていたというオオバコには、きっとそんな存在は一人もいなかったのだろう。
だったら、僕がやるべきことは、言うべきことは、たったひとつだ。
そっと笑いかけ、ただ一言。
「じゃあ、僕が友達になるよ」
そう、告げた。
驚いて僕を見るオオバコに、更に続ける。
「いや、僕だけじゃない。ヴェロニカも、イベリスも、みんな。きっと、友達になってくれる。大丈夫だよ、君たちにはもう、そんな辛い思いはさせない。させたくなんか、ない。
ありがとね、話してくれて」
「……わた、し……」
オオバコの手が、ゆっくりと伸びる。
少しずつ、少しずつ。
時間をかけて、僕の手と重なり――。
――その刹那、すぐ横の壁が噪音を伴って崩れた。
喫驚し、慌てて壁を見る。
砂煙でよく分からないが……何やら、二つの人影のようなものが薄らと見える。
やがて砂煙が晴れて。
一つの人影――崩れた壁の瓦礫の上に倒れているのが、ヴェロニカであることに気づく。
だが、ヴェロニカに声をかけることができなかった。
もう一つの人影の正体が、僕の知っている人物だったから。
仮面にスーツ姿。
そう。それは、紛れもない。
「……よお、久しぶりだなァ」
ヒースが、嗤った。




