求めていた花びら
「……ラン、大丈夫?」
痛む尻を押さえながら、近くでうつ伏せに倒れているランに問う。
すると、顔だけを上げて答えてくる。
「……は、はい。何とか、無事です……」
よかった。一時はどうなることかと思ったが、何とかなったらしい。
さっきまで僕たちを追いかけていた岩は、僕たちと同じように穴に落ち、そして壁に激突したことでようやく止まった。
それにしても、まさか中にもこんな大きくて深い穴があるとは。
無事に済んだからよかったものの、下手したら大怪我をしていたところだ。
ヴェロニカとイベリスは大丈夫だろうか。
僕たちと同じように罠にかかっている可能性はある……が、こうなってしまっては戻ることすらできない。
だから、無事であると信じて、とにかく先に進むしかないだろう。
「ラン、そろそろ行こう。歩ける?」
服についた汚れを払いながら立ち上がり、問いかける。
しかし、ランはいつの間にか既に立ち上がっていた。
「うふふ、ご心配なさらず。わたくしは問題ありません」
「そ、そっか。じゃあ行こう」
円状の広い空間に、一箇所だけ先に進める道がある。
辺りを見回してみると、他には特に何もないようだった。
さっきまでは、ランプなどの灯りがなければ周りが全く見えないほど暗闇に包まれていた。
なのに、穴に落ちて、この広い空間に来てから。
先ほどまでの暗闇が嘘だったみたいに、かなり明るくなっている。
どういうことなんだろう。
より深いところまで来たことで、普通は更に暗くなるものではないだろうか。
周りにこの場を照らしている灯りなどないようだし、外の光も当然差すわけが――。
そこまで考えて、ふと頭上を見上げる。
穴だ。
僕たちの遥か上、何メートルも離れた天井に大きな穴が開いている。
そこから、太陽の光が入ってきていた。
よく見えるようになって安心だが、ここだけどうして明るいのだろう。
ただの偶然か、もしくは。
やっぱり、誰かが住んでいるのか。
そんな思考をしつつも、僕たちは先へと進む。
そして――。
僕の考察は、後者が正しいのだという確信に至ってしまった。
「……っ?」
人だ。
ボサボサの長い黒髪に、かなり肌が白く、目の下にクマのある猫背の女性が。
奥で、ソファーに座っていたのである。
しばらく、無言が続く。
やがて話の口火を切ったのは、僕たちではなく相手の女性だった。
「……だ、だだ、誰よ。こ、ここ、こんなとこに、な、何か、用なの……?」
若干俯き気味で、目を泳がせている。
これは……よく分かる。元の世界での僕と同類だろう。
いわゆる、コミュ障というやつだ。おそらく。
「いや、ここに出入りしている人がいるって聞いて」
「そ、そ、それ、私。わ、わわ、わ、悪い?」
まあ、こんなところでソファーに座っている時点で、そうなんじゃないかとは思っていたけど。
この空間には、ソファーだけでなくテーブルや箪笥など様々な家具が置かれている。
まず間違いなく、長期的な住み家としているのだろう。
「でも、何で? こんなところじゃなくて、宿とかに泊まったほうがいいんじゃ……」
「そ、そそ、それだと、て、て、店員とか、と、は、話をしなくちゃ、いけなくなる、でしょう……」
「いや、さすがにそれは仕方ないでしょ」
「む、む、無理に、決まってる、でしょう……っ! ほ、ほ、ほ、他の人間なんて、か、関わりたくも、ない……」
「……あ、そう」
コミュ障の中でも、かなり重症なタイプだなぁ。
僕も引きこもっていた身としては、それなりに共感できる部分もあるにはあるけども。
でも、さすがにここに暮らすとなると、色々と不便なことも多いだろう。
現に、当然と言えば当然だが、電気は通っているわけがないためテレビも冷蔵庫も置いていない。
こんな部屋じゃ、満足な暮らしはできるはずもないのだ。
「食事とかって、どうしてるの? 娯楽とかも、あんまりないように思えるんだけど」
「そ、そそそ、それは、だ、だ、大丈、夫……。わ、わた、私の。な、な、仲間が、来てく、れる、から……」
「仲間?」
途切れ途切れの言葉の途中に入っていた一つの単語を、僕は見逃したりなどしなかった。
だが、そんな問いには答えてくれず。
逆に、こちらが問い返されてしまう。
「……あ、あなたたち、ど、どうやって、来たの? わ、わ、罠、い、いっぱい、仕掛けておいた、のに」
「確かに罠にはいっぱいかかっちゃったし、途中で死にそうにはなったけど、何とかなったよ。あの罠って君が仕掛けたんだね」
「う、うん。わ、わた、私、わな、罠師、だから……」
罠師――職業の一つだ。
やはりその名の通り、罠を仕掛けることに長けている職業なのだろう。
「じ、じゃ、じゃあ、も、もう一つ、し、しし、質問」
「……?」
「あ、あ、あなたの、な、なな、なま、名前って――し、し、シオンで、あ、合って、る?」
驚いた。
目を見開いて、無意識に拳を強く握り締める。
僕が名乗っていないうちに、既に名前を知っていた者は過去に一人だけ。
あいつと同じだとは限らないが、極めて可能性が高い気がした。
だから、僕は声のトーンを落として、ただ質問を投げかける。
「そういう君は――〈キーワ〉の一員なの?」
彼女は目を細め、重々しく頷いた。
そして、先ほどまでより更に小さな声で続けてくる。
「……わ、私の、な、なま、名前、は……オオバコ。き、〈キーワ〉の……い、いや、〈十花の、ひ、ひひ、一人」
「――〈十花〉?」
また新たに知らない単語が飛び出し、僕は鸚鵡返しで問い返す。
「そ、そ、そう。ひ、ひひ、ヒースから、聞いたんでしょ。き、き、〈キーワ〉で、トップに位置する十人を……〈十花〉って、よ、よ、呼んでる」
なるほど、つまり幹部といったところか。
もしかしたら〈キーワ〉の誰かがいるかもしれないとは思っていたものの、それがまさか上の人たち――〈十花〉だったなんて。
だがそれは、ある意味嬉しい誤算だ。
下っ端であるヒースたちならまだしも、上に位置するというオオバコたちなら、元の世界に帰る方法を知っているかもしれない。
「じゃあ、オオバコ。僕たちを、元の世界に――」
「ふ、ふふ、ふざけないでっ!」
しかし、そんな僕の言葉を途中で遮り、初めて声を荒らげた。
困惑する僕をよそに、オオバコは。
やはり〈キーワ〉も〈十花〉も、僕たちの申し出に応じてくれるわけなどなく。
結局のところ、敵であることに変わりはないという発言をしたのだ。
「わ、わ、私は、反対だけど。ぼ、ボスから、い、いい、言われてるから、仕方ないの。わ、わた、私、は、あ、あな、あなたを、待っていたの。な、仲間に、勧誘するために。そ、そして、断られてしまったら――こ、こ、殺すことも、厭わないって」
それは――開戦の兆しだった。




