闇を進む
下へ、奥へ、深く続いている竪穴。
今から僕たちは、この暗闇に入って探索を開始する。
疑念は拭えない。
それどころか、むしろどんどん大きくなっていく。
でも、確信があるわけじゃない上、理由も何も分からない。
きっと、僕の考えすぎだ。
この人が、そんなことをする道理なんてないはずだから。
そう自分に言い聞かせ、僕は首を振って脳内の悪い思考を必死にかき消す。
そして、代わりに口を開く。
「……じゃあ、ヴェロニカ。お願い」
「うん、分かったわ」
すぐに察してくれたようで、ヴェロニカは両手のひらを前に突き出し、詠唱を始める。
その数秒後には、ヴェロニカの眼前に炎の精霊――クリムが淡い光を伴って出現した。
「それでは、参りましょうか」
ランの一言で、僕たちは一歩を踏み出す。
クリムが放つ炎の灯りを頼りに進むため、ヴェロニカが先頭。その後ろに、僕、イベリス、ランという順番で中に入っていく。
が、なかなかヴェロニカが前に進まない。
心なしか、脚が生まれたての小鹿のように震えている気がした。
「どうしたの?」
「えっと……シオン。腕、掴んでてもいいかしら」
「えっ?」
「つ、つつ掴むわねっ!」
若干声を震わせつつ叫んだかと思ったら、いきなり僕の腕にしがみついてきた。
掴むって言うから、もっと優しく握る程度なのかと思ったのに。
かなり強く腕にくっついてきているせいで、ヴェロニカの胸がむぎゅむぎゅと押し当てられて何だこれ柔らかい。
「ちょっ。も、もうちょっと、離れ……」
「無理よっ!!」
「えぇ……」
いつも以上に強い口調で拒まれてしまい、僕は困惑するばかり。
柔らかいし歩きにくいしで、この状態だと僕のほうが落ち着かないんだけども。
「……何二人でイチャついてるんデスかぁ……。ワタシも混ぜてくだサイよ」
「違うよっ!?」
「ワタシも抱きついちゃいマス!」
「だから違っ……待って!?」
僕の制止の声を完全に無視して、反対の腕にイベリスがしがみつく。
ヴェロニカほどじゃないにしろ、それなりに大きく膨らんだ胸が押し当てられてしまう。
やばい。両サイドから柔らかい感触が襲ってきて、頭がクラクラしてきそうだ。
ヴェロニカは震えて、ほんの僅かな一歩を数秒ごとに踏み出すだけ。
おそらく、イベリスの声は聞こえておらず、僕の腕に抱きついてきたことすらも気づいていないだろう。
「あらあら。シオン様は人気者ですね。わたくしもよろしいでしょうか」
「人気者とか、そういうんじゃないし。ていうか、これ以上どこに抱きつくつもりなの」
「お顔とか」
「前が見えなくなるわっ!」
ヴェロニカとイベリスの二人だけでも大変なのに、ランにまで来られると本格的に歩けなくなってしまう。
今の状態、ほんと何なんだろう。
初のダンジョン探索だというのに、緊張感があまりにもなさすぎる。
「ヴェロニカ様、ヴェロニカ様」
「…………えっ? 呼んだ?」
ランの呼び声に、数秒遅れて反応する。
辺りをキョロキョロとしたあと、ランの声だと気づいたのか背後を振り向いた。
「もしかしてヴェロニカ様、怖いのですか?」
「ち、違っ……く、ない、けど……。悪いっ!?」
図星だったのか、否定の声が尻すぼみになり、結局認めてしまった。更に、逆ギレ。
まさか、こんなヴェロニカが見られるとは。
暗いところも苦手だったのか……だからこそ、最初ここに来るとなったとき躊躇していたみたいだ。
「大丈夫ですよ。わたくしも、シオン様たちもいますから。怖がる必要はありません。安心してください」
「う……分かったわよ」
ヴェロニカは少しだけ逡巡したのち、僕の腕を離して歩き始めた。
クリムは全身に炎を纏い、前方を照らしている。
それでも暗いことに変わりはないが、道が分からないほどではない。
ヴェロニカは、まだ少し震えながらも僕たちの先頭を進んでいく。
「……で、ヴェロニカは離したわけだけど。イベリスは何で抱きついたままなの」
「ワタシはまだ怖いデス! 恐怖デス! がくぶるデス! 震えてマス! バイブレーションモードデス!」
「うるさいなっ! 絶対嘘じゃん!」
それでも尚くっつこうとしてくるイベリスを、僕は必死に腕から剥がす。
と、何やらランが早歩きで僕を追い越し、ヴェロニカの背後まで進む。
そして、顔をヴェロニカの耳元まで近づけ――。
ふぅー……と、息を吹きかけた。
「ぅひゃぁあぁぁぁっ!? な、なな何っ? 何? 何すんの? 何でそんなことできるの? 何でよっ!?」
未だかつてない狼狽えっぷりである。
涙目になっているし、本気でビビったらしい。
「うふふ、申し訳ございません。怖がっているヴェロニカ様が可愛らしかったものですから」
「そんな理由でいたずらするのはやめなさいよ……っ! 一瞬、心臓が止まったわよ!」
うふふと笑いながら、また再び一番後ろへと戻っていった。
ある意味、魔物よりも恐ろしいメイドだ。
ともあれ、僕たちは竪穴を進んでいく。
今のところ、変わったことは何もない。まさに普通の洞窟といった感じ。
一本道だし、魔物も出現していない。
思っていたより、危険な感じは一切しなかった。
そう、思っていた。
次の瞬間までは。
僕が右足を踏み出した途端、どこからともなくカチっと音がした。
そして、上から滝のような水が降り注ぐ。
僕の頭上に。
冷たい。髪も服も、全身がびしょ濡れである。
何これ……。
「だ、大丈夫デスか?」
「うん……何とか」
でも、普通の水でよかったかもしれない。
びしょびしょになってしまったが、命の危機があるわけでもないし。
ただ、ひとつだけ危惧することがあるとすれば。
「今のは、罠ってことよね」
「おそらくは、そうでしょうね。ここから先は、同じようなものか、もしくはもっと危険な罠が仕掛けられている可能性があります」
そう。
さっきの水は小手調べ的なやつで、命を奪ってしまうほどの危険な罠を仕掛けられている可能性が出てきたということ。
もっと、気をつけて進まなくてはいけない。
どこに、どんな罠があるのか分からないのだから。
それから、一体どれだけ進み、どれだけの時間がかったのだろうか。
いくつかの罠にかかったりもしたが(しかもなぜか、ほとんど僕だけ)、何とか無事に進めている。
しかし、まだ一向に奥にたどり着く様子はない。
想定以上に、かなり広い竪穴だったようだ。
魔物が出てこないのはよかったが、こんなに進んでしまうと帰ることも大変である。
やがて、そんなことを考えながら歩いていると。
目の前の光景に、少しの変化が生じた。
さっきまでは、ずっと一本道だったのに。
この先は、二本に道が分岐してしまっていた。
「どうするの? どっち行けばいいのかしら」
ヴェロニカが、首を傾げながら問う。
どちらかが正解で、どちらかが行き止まりになっているのか。
もしくは、どちらも結局同じ道に続いているのか。
ヒントなんて何もない以上、直感で決めるしかない。
だけど……別に、どちらか一つだけを選ぶ必要もないのではないだろうか。
僕たちは今、四人もいるのだから。
「……ヴェロニカ、イベリス、ラン。ここは、二手に分かれよう」
僕は、そう言い放った。




