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非現実の欠片

 悲鳴は、一度しか聞こえなかった。

 おそるおそるではあったものの、わりとすぐに後ろを振り向いて……犬の亡骸と、大きな弓を背負った男性が視界に映った。

 その一秒前まで、犬は僕たちを執拗に追いかけてきていたというのに。


 自衛隊や警察などの戦闘に長けていない者ならば、相手の急所を突いたり速攻で仕留めることなどかなり難しいだろう。不可能と言っても間違いではないほどに。

 だが、この男はそれを簡単にやってのけた。僕たちが見ていない間、およそ一秒ほどですぐに屠ってしまった。


 更に、ゲームなどのフィクション作品でしか見たことのないような、弓を背負っているということにも目を疑う。

 と、色々な疑問符に脳内を支配され言葉が出ないでいると、男は怪訝そうに口を開く。


「……お? どうしたよ、そんなポカンとして。俺さんが、わざわざ助けてやったんだから、感謝の言葉とかねえのかよ?」


「あ、ありがとう、ございます……」


 男の言葉に、隣の女は困惑した様子を隠そうともしないながら、感謝の言葉だけは口にした。

 けど、それでも僕は声を発することができなかった。

 この状況と、この男の正体が、どうしても気になってしまったから。


「あ、あの……あなたは、一体……?」


 数秒を要し、なんとか声を絞り出す。

 すると男は、まるで何でもないことかのように明るく言った。


「俺さんか? 名はタイムっつってよ、狩人やってんだ。よろしくなっ」


「かりゅうど……?」


「何ですか、それ?」


 名前よりも先に、滅多に日常生活では耳にしない単語に、僕たちは同時に反応する。

 狩人なんて、それこそアニメかゲームでしか聞いたことがない。

 でも、しっかり見たわけではないものの、先ほどの犬を瞬殺したことを考えると少し信憑性が増しているような気がした。


「あれ、お二人さん、もしかして狩人知らねえのか? そういや、ここらじゃ見かけねえ顔な気もすんな……どっから来たんだ?」


「どこからって……」


 問われ、思わず僕たちは顔を見合わせる。

 もう既に、薄々と分かっていた。当然断言はできないが、僕の勘が告げていた。

 言動や態度、そして僕と同じく狩人とやらの存在を知らないとなると……。

 僕の頭では、もう、そうとしか考えられなかった。


 おそらくだが、彼女も僕と同じなのだろう。

 突然こんな見知らぬ場所に飛ばされ、状況を把握する間もなく犬に襲われ、今に至るというわけだ。

 困惑している表情などを見れば、もはや間違いではないような感じさえしてくる。


「すいません。ここって、どこなんですか?」


 まるで、僕の思考を裏付けるかのように。

 彼女は、僕自身も気になっていたことをタイムと名乗った男に問う。


「あ? どこって、ここは救恤きゅうじゅつ大陸――【ミントスペア】だろ」


「ミント……スペア……?」


 声に出して、すぐ頭の片隅に引っかかるものを感じた。

 何だ、この感じ。僕は、何かを忘れている……?


 いや、待て。ちょっと待て。

 最近僕は、その言葉を見たはずだ。何回も、聞いたはずだ。

 一体、どこで――。


「……あ」


 ほぼ無意識に、喉から吐息が漏れた。

 分かってしまったのだ。

 通常であれば、信じることなんて不可能にも等しいであろう現実。

 その、現状を。


 突然やって来た広大な草原、襲いくる犬の怪物、狩人という職、救恤大陸――【ミントスペア】、そしてタイムという男。

 全てのピースが、綺麗に嵌った音がした。気がした。


「タイムさん、アンブレットっていう街ありますよね? どこら辺ですか?」


「アンブレットだぁ? それなら、このまま真っ直ぐ行ったら、そのうち見つかると思うぜ。半日くらい歩けば、だけどよ」


「そうですか、色々ありがとうございます」


「おうよ、困った人がいれば救いの手を差し伸べるってぇのが、ここミントスペアの決まりだからよ。気にすんな」


「……はい。そうですよね。タイムさんは、これから大事な仕事ですか?」


「おお? そうだけど、何で分かったんだ? お前さん凄えな。んじゃ、魔物には気をつけろよ」


 そうして、タイムさんは立ち去っていく。

 さっきの会話で、もう明白となってしまった。

 僕の考えが間違っているという可能性だってもちろんあったため、念を押して質問という形で確認したのだが。

 あそこまで話が通じてしまえば、疑う余地などもう残されてはいない。


「ちょっと、どういうことよ? あたしにも分かるように説明しなさいよ」


 置いてけぼりにされていると感じたのか、女が少しの苛立ちを顔に滲ませる。

 僕だって説明は上手いほうではないし、どちらかと言えばむしろ僕が誰かに説明してほしいくらいだけど。


 でも、せめて情報は共有しておくべきだろう。

 少なくとも現段階では、同じ境遇の中にいる、唯一の味方なのだから。


「じゃあ、回りくどいのとか苦手だから単刀直入に言うよ? あくまで僕の推測だけど、たぶん間違ってないと思う」


「う、うん、どうぞ」


 僕の真剣な表情に気圧されたのか何なのか、明らかに緊張している面持ちでゆっくりと頷いた。

 その様子を見て、僕は自分の考えを発表した。


「ここはきっと、ゲームと同じ世界だ。『SEVENS virtue sin ONLINE』――通称セブンズと同じ、ね」

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