出発前のひととき
部屋を出て、デイジーの部屋へと向かう。
後ろから、ヴェロニカやイベリス、ランもついて来ている。
と、廊下を歩いている途中、奥のほうから二つの人影が歩いてきているのが見えた。
徐々に近づくことで姿が見えるようになり、デイジーとヤマブキさんの二人であることに気づく。
「みなさん一緒で、何をしていたのですか?」
「あー、ちょっと話し合いをね」
デイジーに問われ、僕は曖昧な言葉で誤魔化す。
すると首を傾げて怪訝そうにはしていたものの、それ以上追及はしてこなかった。
まあ、別にデイジーに話せない内容でもないし、これから出かけることは話すつもりではあるんだけど。
ただ、話し合った内容をあまり詳細に言ってしまうと、デイジーのことだから心配させるだけな気もする。
言うにしても、少しぼかしておく必要はあるだろう。
僕が口を開こうとした、それより早く。
ヤマブキさんが、先に言葉を紡ぐ。
「そういえば君たちって、どこから来たんだい?」
「え? どこからって……」
僕は、ヴェロニカやイベリスと顔を見合わせる。
この世界の人に日本だとか言っても分からないだろうし、どう説明するべきか。
などと考えていたら、ヤマブキさんは更に続ける。
「もしかしたら、旅の途中だったりするのかい?」
旅の途中、か。
正直まだ色々なところに行っているどころか、この街アンブレットしか知らないわけだが……ついさっき、元の世界へ帰る方法と〈キーワ〉の人たちを探すために旅をしようと話し合っていたところだ。
だから、あながち間違いではない。
「う、うん、一応そうだけど」
「だったら、いつも宿に泊まっていたってことかな」
「……うん、そうだね」
何が言いたいのか分からず、疑問に思いながらも頷く。
僕が眠っていた二日間や今は、この家にお邪魔させてもらっている状況ではあるけども。
「旅ってことは他の大陸にも行くことがあるのかもしれないけど……この街にいる間は、好きなだけこの家を使ってもらって構わないよ。それこそ、家みたいにくつろいでくれていい。どこか遠くの街に行って、また帰ってくるときがあったら、ここに帰ってきてほしいんだ」
「そ、それは……もう既に色々してもらってるのに……」
「デイジーのペンダントを取り返してくれたじゃないか。あんな傷を負ってまで。だから、それくらいのことはさせてほしい。それに、デイジーの友達になってくれたことが、おいらはすごく嬉しいんだ」
「ヤマブキさん……」
なんて妹思いの兄なんだろう。
デイジーの友達になったことなんて感謝されるようなことじゃないし、ペンダントを取り返したことだって、もう充分すぎるほど感謝されて色々お世話になっているというのに。
ふと、デイジーを見る。
若干頬を紅潮させ、微笑んでいた。
「兄様が言ったように、私はシオンさんたちに感謝してもし足りないんです。なので、この家を第二の家だと思ってください。いつでも、いつまでも、私たちは待ってます」
泣いちゃうかと思った。
それくらい嬉しくて、僕は少しだけ頭を下げて礼を述べる。
「……あり、がとう」
「えへへ、それは私たちの台詞ですよ」
「でも、まだこの街、この大陸から離れる予定もないから。暫くは、ここにいることになるかも。いいかな?」
「はいっ、もちろんです。私も、シオンさんたちといっぱい一緒にいたいです」
僕たちがまだここにいると知った途端、デイジーは嬉しそうにはにかんだ。
まさか、こんなに想ってくれるとは。
照れ臭いけど、やっぱり嬉しい。
本当に、温かい家庭だ。
「あらあら。でしたら、これからもシオン様たちを可愛がってさしあげることができるのですね」
「……それはやめて」
僕の後ろで邪悪な微笑を浮かべるランに、僕はジト目で突っ込む。
ともあれ、ようやく本題に入るため、代わりにヴェロニカが口を開いた。
「あたしたちは、今からちょっと出かけてくるわ」
「今から、ですか? どこへ行くんです?」
「えっ? まあ、ちょっと……」
デイジーの問いに、ヴェロニカは冷や汗を垂らしつつ目を逸らす。
嘘つくの下手くそか。
「ワタシたちは、闇の竪穴ってところに行くんデスよー」
と思っていたら、イベリスが正直に話してしまった。
途端、デイジーとヤマブキさんが見るからに愕然とする。
「あ、危ないですよっ! どうして、そんなところに行くんですか」
「探検デスっ!」
「探検って……」
デイジーは、困ったように僕へと視線を移す。
仕方ない。行き先を教えてしまった以上、あまり嘘をついたり誤魔化したりするのも変か。何か疚しいことがあるみたいだし。
僕は短い溜め息を漏らし、心配させないよう明るい口調を心がけて言う。
「大丈夫だよ、本当に危険だと思ったらすぐ戻るつもりだし。ちょっと、気になることがあるから行くだけだから」
「本当、ですか……? また、傷を負って眠ったままってことにはならないでくださいよ?」
「う……大丈夫だって。すぐ帰ってくるよ」
「……むぅ」
唇を尖らせ、ジト目で僕を見てくる。まだ疑っていそうな眼差しである。
まあ、無理もないだろう。
ヒースとの戦闘で、僕は傷を負いすぎてしまった。痛みはもうあまりないが、それでも丸二日眠っていて心配させたことに変わりはない。
だから、また同じようなことにならないか心配してしまっているのだろう。
絶対に大丈夫だとは断言できないけど、もう心配させたくはないから全力で気をつけよう。
「それではデイジー様、ヤマブキ様とお二人でお留守番していてくださいね」
「え? ランも行くんですか!?」
「はい。シオン様たちと同行したく思いましたので」
「じゃあ私も――」
「いけません、デイジー様。危険な目に遭わせるわけにはまいりません」
「やっぱり危険なんじゃないですかっ! そんなところに、みなさんだけで行かせるほうが心配ですよっ」
「うふふ、ご心配なさらず。デイジー様の役目は、信じて帰りを待つことですよ」
「うぅ……分かりましたよ……。でも、絶対に帰ってきてくださいね? たとえ帰ってきても、重傷だったりしたら許しませんからっ」
なんとか折れてはくれたが、こりゃ本当にちょっとした怪我でも怒られてしまいそうな勢いだ。
そこでランはデイジーの肩を掴み、一気にまくし立てる。
「もし夕飯の時間になっても帰ってこれなかった場合、冷蔵庫に夕飯を入れているので温めて食べてくださいね。あ、お風呂の沸かし方分かりますか? あまり一人で無茶はされないようお願いしますね」
「だ、大丈夫ですよ…………たぶん」
最後の一言が不安だが、ヤマブキさんもいるんだからきっと問題はないだろう。
ランは普段はドSだけど、ちゃんとデイジーのことはこうやって心配するくらい大事に思ってるんだな。ちょっと過剰な気がしないでもないけど。
「それではヤマブキ様、デイジー様のことはお願いします」
「うん。気をつけてね」
「はい。行ってまいります」
二人にお辞儀をしたあと、ランは歩き出す。
僕たちは、慌てて後を追う。
廊下を歩いている途中で、ふと疑問に思ったことがあったため訊ねてみることにした。
「ラン。メイド服のまま行くの?」
「はい。わたくしは、この服しか持っておりませんので」
軽く衝撃的な一言だった。
ということは、どこへ行くのにもメイド服なのか。
メイドってすごいなぁ……。




