戻ってきた幸せ
体が、痛い。
起き上がるだけで、体の至るところが悲鳴をあげていた。
ふとステータス画面を確認してみれば、HP残量が少し減っている。
なるほど……やっぱり、HPってのは結構自分の状態と合致しているみたいだ。
まあ、今の僕の体力がほんとにこんな感じなのかどうか、数値ではあまり分からないけど。
痛みを耐えながら何とか起き上がり、辺りを見回す。
壁にかけられた時計やカレンダー、床には丸テーブルやクッションに複数のぬいぐるみ。
天井も壁も床も、清潔感のある白で統一されている。
この部屋は、知っている。
デイジーの自室だったはずだ。
しかし、僕以外に人は誰もいない。
妙に静かだった。
それにしても……僕は、どうしてこの部屋で寝ていたのだろうか。
あれから、何があったんだっけ。
頭を押さえ、まだ眠っているらしい記憶を必死に呼び起こす。
すると――。
「……シオン、さん?」
不意に、そんな声が聞こえて。
訝り、前を向く――と。
開いた扉のところに、口元に手をあてて今にも泣きそうな顔をしているデイジーが立っていた。
かと思いきや、勢いよく僕のほうへ駆けてくる。
「シオンさん……っ!」
そして、僕の首に腕を回し、抱きついてきた。
女の子特有のいい匂いとか、柔らかくて気持ちいい感触とかで頭がクラクラしそうになるが、頑張って理性を働かせる。
「ちょっと、デイジー?」
「……あっ、す、すいません。その、シオンさんが目を覚ましてくれたことが嬉しくて、その、つい……えへへ」
デイジーは咄嗟に身を離し、赤面しながらはにかんだように微笑む。
可愛いな、ほんとに。
「シオンさんは、丸二日眠ったままだったんです。だから、とても心配したんですよ」
「丸二日? そんなに?」
「はい。傷だらけで、意識もなくて……本当に、もうだめかと思って……本当に、本当によかったです……っ」
「あ、ちょっ、泣かないでっ」
突然デイジーの綺麗な瞳から涙が溢れ出し、僕は思わずあたふたしてしまう。
まさか、そこまで心配してくれて、こんなにも喜んでくれるとは。
妙に照れ臭いけど、嬉しいものだな。
「その、お腹は空きませんか? 汗とか大丈夫ですか? お風呂、入ったほうが……あ、でも傷が痛みますかね。他に何かしてほしいことはありませんか?」
「だ、大丈夫だよ」
「本当ですか? 無理してませんか?」
「大丈夫大丈夫っ! 僕はもう元気だから!」
本当はまだ少し体が痛むけど、わざわざ心配される必要はないだろう。
そう思って強がってみせると、デイジーは安堵の溜め息を漏らす。
「あら、目が覚めたのですね」
と、ランがいつもの笑みを浮かべながら、部屋に入ってくる。
ヴェロニカとイベリス、ヤマブキさんも一緒だ。
「少し残念です。弱っているシオン様も、少し可愛かったですのに」
「ちょっと、ランっ!」
「うふふ、冗談ですよ。安心してください、デイジー様」
「もう……っ!」
ランは、本当に相変わらずだなぁ……。ランにも、もうちょっとデイジーの優しさを分けてあげたい。
でもまあ、僕以外のみんなも元気そうで何よりだ。
というか、ここまでの傷を負ったのは僕だけなのか。
ヴェロニカもイベリスも、見たところあまり目立った外傷はないみたいだし。
ふと、そこで僕は思い出した。
そして、思わずデイジーの首元を見る。
そこには、金色に光る綺麗な装身具があった。
「デイジー、それ……」
「えっ? あ、そうでした。このペンダント、ありがとうございます。ヴェロニカさんたちから聞きました。シオンさんのおかげで、取り戻すことができたって。本当に、何とお詫びをすればいいのか……」
デイジーは首からペンダントを外す。
説明を促すためヴェロニカに視線を送ると、察してくれたのか答えてくれる。
「ヒースが倒れていた場所に、落ちてたのよ。あいつの姿は、どこにもなかったけど……」
「そう、か」
姿がなかったということは、この前アイが消えたときのように、ヒースも死んだってことなのだろう。
自らの、爆発によって。
敵で嫌なやつではあったけど、死んだと知ると少し複雑な気分だ。
「本当に、本当にありがとうございましたっ! シオンさんたちには、何回お礼の言葉を言っても足りません」
言って、頭を下げる。
誰かに頭を下げられたのも、ここまでお礼を告げられたのも初めてで、少し面食らってしまう。
「あ、いや、いいから顔を上げてよ」
「はい……ありがとうございます」
なんか、感謝の言葉ばかりだ。それくらい嬉しかったっていうことなんだろうし、ここまで喜んでもらえると僕も嬉しくなるけど。
つくづく、無事に解決できてよかった。
じゃないと、今頃デイジーのこんな笑顔は見れなかったはずだから。
「見てください。私の、家族です」
ペンダントの中身を、僕に見せてくる。
そこには、一枚の写真が入っていた。
五歳くらいだろうか。今よりも遥かに幼く可愛らしいデイジーを真ん中に、その右隣には十歳前後くらいのヤマブキさんの姿。
更に、兄妹二人の後ろには、デイジーとよく似た美人な女性に、ヤマブキさんに似ている端正な顔立ちをした男性も。
おそらく、この二人が両親なのだろう。
ランの姿はない。
たぶん十年以上前だろうから、このときはまだ雇われていなかったんだろう。
みんな、笑っていた。デイジーも、ヤマブキさんも、両親二人も。
楽しそうに、ピースをしたり、腰に手を当てたり……本当に幸せそうだった。
いい写真だ。
素直に、心の底からそう思う。
しかも、これが今は亡き家族との数少ない思い出なら。
どうしても取り戻したいと思うのは当然だ。
「いい写真だね。取り戻せてよかったよ」
「はい……ありがとうございます」
本日何度目か分からない、感謝の言葉。
僕は微笑みで返し、つい先ほど思い出したことを訊ねてみることにした。
「そういや、緋衣……妹は、どこに?」
そう。あのとき、僕がヒースを打倒して緋衣の洗脳は解けた。
ただ、その後で気を失ってしまったため、今どこで何をしているのか分からないのだ。
この場に、緋衣の姿はないし。
「あ、それなら今は外にいるみたいデスよ」
「外に?」
「ハイ。風に当たってくるって言ってマシタ」
遠くに行ったわけじゃないみたいで、少し安心した。
まだ話すらまともにできていないのに、僕が気を失っている間にお別れなんてさすがに嫌だから。
となると、今やるべきことは一つ。
僕はベッドから這い出るようにして起き上がり、途端、傷口に痛みが走った。
「……い、つぅ……」
「ちょっと、まだ大人しくしてなさいよっ」
「だ、大丈夫。僕、ちょっと外に行ってくるね」
「あっ、シオンさん!?」
後ろから僕を呼ぶ声がするが、振り返ることさえせずに部屋を出る。
痛む傷口を手で押さえ、廊下を進む。
長い廊下が、広い家が、今は少し恨めしく感じた。
やがて、玄関まで辿り着き、僕は大きな扉をゆっくりと開く。
視線の先、門の少し手前に。
ゲームでよく見た、緋衣の姿があった。
こちらに背を向け、空を見上げている。
扉の開く音で僕が来たことに気づいたのか、緋衣はこちらを振り向く。
そして――。
「――久しぶり、緋衣」
「――お久だね、兄」
ほぼ同時に、そう微笑んだ。




