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爆音が生んだ涙と笑顔

 血の剣を向けられ、ヒースは一歩、また一歩と後退あとずさる。

 しかし、その口角は上がっていた。

 負けが決まっている人とは思えない、まだ何かありそうな、意味深な笑みを。


「……はっ、仮面が一つだけだとでも思ったのかァ? その程度で、イキってんじゃねぇよ。まだ、終わってなんかねぇぞ」


 言いながら、ヒースはボタンを外していく。

 そして、乱暴にスーツを脱ぎ捨てた。


「……っ!?」


 思わず、絶句してしまう。

 それも当然だろう。

 だってスーツの下に、胸部を囲むようにたくさんの仮面を繋げているなどとは思っていなかったから。


 一つや二つではない。

 ざっと、十個はありそうだ。


「お前だって、その傷だ。強がってはいるが、平気じゃねぇんだろ? 俺のほうが、優勢だと思うがなァッ!」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべたまま、再び仮面を投げてくる。

 今度は、二つ同時に。


 僕は咄嗟に片方の仮面を真っ二つに切断するも、もう片方の仮面に腕を切られてしまう。

 これはまずいかもしれない。

 僕の武器は一つしかないのに対し、ヒースは仮面をたくさん持っている。

 さっきのように同時に投げられてしまえば、最低でも一度は食らってしまう。


「まだまだいくぜッ」


 今度は、四つ。

 四方から仮面が襲いかかり、僕は一つの仮面を切るので精一杯だった。


「……く、ぅ」


 痛い。一つ一つは小さくても、さすがに何度も切られれば痛みは蓄積される。

 そろそろヒース自身を何とかしなくては、先に僕がくたばってしまう。


 などと考えている間にも、次は六つの仮面を同時に放り投げる。

 思考している暇はない。


 僕は瞬時に背を丸め、ただでさえ小さい身の丈を更に縮める。

 仮面は僕を追う追尾式らしく、仮面は少し下に降下しながら向かってくる。

 距離が、徐々に縮まっていく。


 僕は向上した五感や動体視力を存分に活用し、仮面の動きを確認していた。

 一つ一つの仮面に、速度の違いは一切ない。

 どれも全く同じ速度で、全く同じ大きさで、全く同じ軌道を描く。


 だから、せめて一つだけでも見切ることができたら。

 それはもう、全てを見切っているのと同義だった。


 五、四、三……。

 心の中で、時間を数える。

 集中しているからなのか、不思議と今はスローモーションになっているように感じた。


 二、一……。

 両脚に、力を込める。

 もうすぐ近くにまで、仮面が迫ってきていた。


 ……零。

 仮面が、ほんの数センチの距離にまで来たとき。

 僕は――力の限り、高く跳んだ。


 仮面はすぐに反応できなかったみたいで、僕への追尾が間に合わず。

 六つともが直撃し、全て粉々に砕け散った。


「な……ッ!?」


 ヒースが目を見開く。

 が、気にしている余裕などうにない。


 地面に着地するや否や、すぐさま駆け出して。

 血の剣でヒースの体を、左下から右上へ斜めに切りつけた。


「くは……ッ」


 口から血を吐き、仰向けに倒れる。

 そんなヒースを、僕は血の剣を構えたまま見下ろす。

 僕もヒースも、息が絶え絶えで、動くことすらままならなくなっていた。


「……とどめ、ささねえのかよ」


 ふと、ヒースが吐息混じりに呟く。


「緋衣の洗脳を解いて。そうしたら、殺しはしない」


 この世界で死んだら、元の世界でも死んだことになる。

 と、この前ヒースが言っていた。


 いくらこんな奴でも、殺しまではしたくない。

 ただ、現実世界で辛いことがあって、その結果色んな人たちに嫉妬したり憎んでいただけ。

 当然、許されることではない。

 でも、だからって本当に殺してしまえば、僕もヒースたちとあまり変わらないようになってしまう気がした。


「……やっぱ甘えな、お前。そんなんじゃ、いつか自分の身を滅ぼすぜ。許せない相手くらい、殺す度胸はあるべきだ……この世界ではなァ」


「うるさい。早く洗脳を――」


 そこまで言って、ふと気づいた。

 ヒースの口角が上がり、右手には一つの仮面が握られていることに。

 そして――。


「……俺を守れ――ヒゴロモ」


 そう小さく漏らした――刹那。

 さっきまでキマイラの後ろで、ヴェロニカやイベリスと戦っていたはずの緋衣が。

 ヒースの前に立ちはだかるようにして、現れた。


緋衣ひえ……?」


 訝しみ、名を呼ぶ。

 しかし当然と言うべきか、洗脳されている今、答えなど返ってくるわけもなくて。


 ただ返ってきたのは、小さくて聞き逃してしまいそうなほどの奇妙な音だった。

 辺りを見回し、どこから聞こえているのかを探る。

 仮面だ。ヒースの仮面が、規則的な時計音を鳴らしている。


 カチ、カチ――と。


「弱いやつは、甘いやつは、馬鹿なやつは……この世界じゃ簡単に死ぬ。俺も、お前も、みんななァ。俺は元の世界で、死よりも苦しい絶望を味わってきた……だから、死ぬことに悔いなんてもんはねえ。けどよ、一人で死んでやるつもりもねえんだよ」


 ポツリポツリ、と自分の感情を語るヒース。

 けど今の僕には、悠長に話を聞いている余裕なんかなかった。


 音が、徐々に大きくなっていく。

 何かをカウントしているかのような、音が。


 にやっと、ヒースが嗤う。

 音が一瞬止まり、次の瞬間には――。


「――緋衣ッ!!」


 叫び、駆ける。

 緋衣を抱きしめ、地面を転がった。


 その一瞬の間に、後ろから耳をつんざくような爆音が轟いていた。


 おそるおそる、背後を振り向く。

 先ほどまで僕たちがいた場所は、メラメラと真っ赤な炎に包まれている。

 炎が草原に燃え移らないよう、イベリスが水の魔力で少しずつ消火していた。


 ヒースは……死んだのだろうか。

 あんな爆発を近くで受け、あんな炎に包まれてしまえば。

 さすがに、生きているわけもないか。



「……ん、んんぅ……」



 すると、不意に。

 僕の下から、そんなうめき声が聞こえた。

 訝り、視線を下ろす――と。


「……い、痛い、よ……にぃ……」


 緋衣が、目を開けていた。

 それだけで。

 そんな、当たり前のことで。

 ただただ嬉しくて、気がつくと目の前が霞んでいた。


「……泣いて、るの……にぃ……? 見た目だけじゃなくて、中身も小さい女の子っぽくなっちゃったの……?」


「う、うるさいな……っ」


 涙で、よく前が見えない。

 嗚咽のせいで、喋ることすら大変だった。


 でも。

 緋衣の声は、ちゃんと耳で聞こえている。

 緋衣の感触は、ちゃんと自分の腕で感じている。

 それだけで、充分だった。


 今の、僕には。

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