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仮面の奥

 誰かからは、咎められるかもしれない。

 誰かからは、同調や賞賛されるかもしれない。

 その人の立場や主観によって、正義というのは簡単に形を変えてしまうものだから。


 妹、緋衣を巻き込んだだけでは飽き足らず、無理矢理洗脳して仲間にしたことは許せない。

 いくら相手にどんな事情や目的があったって、僕たちはやっぱり元の世界に帰りたい。

 無関係な人々を、復讐と称して自分たちの勝手な都合で殺すことを見過ごせるわけもない。


 だから、僕は戦う。

 それが――僕の正義だから。


「シオンだけは連れて帰ってこいって言われてんだけどなァ……ま、拒否られて抵抗されたんじゃァ、ぶっ殺しちまっても文句は言われねえだろ」


 そんなにも、〈キーワ〉の人たちは僕を欲しているのだろうか。

 同じような境遇、似たような過去を持っている人を、とりあえず仲間にしておきたいだけかもしれないが。


 でも、当然みんながみんな大人しく従うわけがないだろう。

 その場合は、今みたいに力づくでも連れて帰るか、もしくはやむを得ず殺してしまうかってことか。


 考えれば考えるほど、支離滅裂だ。

 世界を憎み、その結果新たな異世界を創り出し、僕たちを巻き込み、元の世界で幸せだった者たちに報復し、自分たちと似たような人を仲間にする。

 自分たちを傷つけた張本人に復讐せず無関係な人に八つ当たりするのは、嫉妬の感情と、おそらく心のどこかには恐怖心があるからなのかもしれない。


 昔に抱いてしまったトラウマというものは、どうしても拭い去ることは容易ではない。

 僕にも、理解できてしまう。痛いほどに。

 だからこそ、容認するわけにはいかない。

 昔の自分を肯定してしまうことになるから。今の自分を否定してしまうことになるから。


「だが、俺が自ら戦ってやる気はない。いけ」


 そこで緋衣が腕を前に突き出し、七匹のキマイラが一斉に動き出す。

 よく見たら、ヒースの仮面が赤く光り、それに呼応するかのようにキマイラの体も赤いオーラが纏っていた。


 デイジーが、言っていた。

 今までキマイラに負けたことがないのに、いつも以上に強くなっていた、と。

 それは、ヒースの仕業だったのか。

 あいつの能力は洗脳だけでなく、強化も可能だったのだろう。


「シオンは、早く妹を何とかしてあげてくだサイ」


 ふと、イベリスが前に出て言った。

 僕は訝しみ、イベリスを見る。

 すると後頭部に手をあて、僕を見つめ返して答えてくる。

 この緊迫した状況に似つかわしくない、いつもの笑顔を浮かべて。


「やははー。妹っていうのは、ワタシたちよりも、実の兄弟姉妹に助けてほしいって思うはずデスよ。少なくとも、ワタシならそうデス。やははは、女の子なら誰でも大歓迎デスけど」


「イベリス……?」


「だから、シオンは早く、あの仮面の男を何とかしてくだサイ。洗脳してるんだったら、あの男を倒せばきっと解けるはずデスから。シオンがあの男と戦っている間、ワタシはキマイラたちを足止めしておきマス」


 それだけを告げ、イベリスは駆け出す。

 無茶だ。一匹でも厄介すぎるのに、イベリスが一人で七匹を相手にするなんて。

 しかも、近くに緋衣もいる以上、更に何匹も呼び出してくる可能性だってある。

 なのに――。


「じゃ、ヒースと戦うのがシオンの役目ってわけね。数が多いし、キマイラがいくらでも呼び出される可能性があるから、三人ともキマイラを相手にするわけにはいかないものね」


 と、今度はヴェロニカまでそんなことを言ってくる。


「任せたわ。あたしも、イベリスと一緒にできるだけ足止めしておくから」


 そして、イベリスと同じくキマイラのもとへと向かっていく。

 何だよ、それ。

 そんなに託されても、困るっての。


 でも実際、キマイラや緋衣がいる中でヒースと戦うのも大変なのは間違いない。

 絶対、途中で邪魔が入るだろうし。

 イベリスとヴェロニカの行動は、正直とてもありがたかった。


 まだ戦闘は終わっていない。

 だから、まだ吸血状態は続行中だ。

 僕は――全速力で、ヒースへと肉薄した。


 その間、およそ十数秒。

 いつも以上に急いでたからか、凄まじい速度であっという間にヒースの近くまで辿り着いた。


「……やっぱりてめぇが来たかァ。しゃーねぇなァ、相手してやるよ」


 言って、ヒースは仮面を外す。

 思いの外、若い。

 声や態度からは想像つかない、端正な顔立ちがあらわとなった。


「念のため聞いておくが、考え直さねえかァ? 元の世界に帰るより、この世界で俺たちと一緒に暮らしたほうが幸せだぜ?」


「……生憎と、僕は元の世界にそれほど不自由してないんでね」


「ちっ、そうかよッ」


 僕の返答に対して忌々しげな舌打ちを返し、右拳を僕の顔面へ目がけて振り下ろされる。

 が、今の僕には見えない速度ではない。

 軽く後ろに跳んで躱し、瞬時に血でできた刃を出し、すぐさま剣へと形を変える。


 僕の知っている漫画やアニメなどにも、吸血鬼のキャラは結構登場したりするが。

 こんな戦い方は、どの作品にもなかった気がする。

 でも、僕の本能的なものなのか何なのか、今ではかなり体に馴染んでいる気さえしていた。


 僕が血の剣を振り払うと、ヒースはすぐに跳んで回避。

 そして間髪入れず、自身の仮面を投げてきた。

 綺麗なカーブを描き、僕の肩に直撃し――。


「……ッ」


 裂けている。

 服が。肌が。さっきまではなかった切り傷ができ、そこから血が流れてしまっている。

 先ほどの仮面は、いつの間にかヒースの手に戻っていた。


 ただの仮面かと思ったら、武器だったのか。

 まさか、ブーメランのように使うことができたとは。


 だが、傷はあまり深くない。致命傷どころか、軽傷で済んでいる。

 吸血鬼に有効そうな退魔の武器というわけでもなさそうだし、大して厄介でもないだろう。


 そう、高をくくっていた。

 次の瞬間までは。


「まだまだいくぞォッ!」


 仮面を投げ、手に戻る。

 仮面を放り、また手に戻る。


 一度で数秒程度しかかかっておらず、手に戻る度に一瞬でまた投げられて。

 僕の肩や腕、頬や脚などが、次々と切り刻まれていく。


 仮面の嵐に、僕は両腕で顔を覆うだけで前に進むことがなかなかできなかった。

 ひとつひとつは小さな傷でも、ここまで何度も何度も切られてしまえば。

 さすがに、ただで済むわけもなかった。


 体の至るところが痛み、少しずつ血が溢れ出す。

 心なしか、視界がぼやけ、足元が覚束なくなっているような感覚がしてくる。


 負けるわけにはいかないのに。

 託してくれたヴェロニカやイベリスのためにも。助けないといけない緋衣のためにも。そして、自分自身のためにも。


 ふと。右手で握り締めている、血の剣へと視線を落とす。

 そうだ。足を止めるな。守るな。受けるだけじゃなくて、攻めないと。

 僕にだって、ちゃんと武器があるじゃないか。


「そろそろ、くたばっちまうんじゃねぇのかァ? ほらよッ!」


 また、仮面が投げられる。

 今の僕は、五感も上がっているのだ。当然、視力も。


 本当に、何をしているんだろう。

 最初から、こうすればよかったんだ。


 僕は、血の剣を構えて。

 向かってくる仮面へ向け、力の限り振り下ろした。

 すると仮面が真っ二つになり、地面へと落下する。


「な……ッ!?」


 驚愕に顔を歪めるヒース。

 そんなことができるとは、露ほども思っていなかったのだろう。

 全く、舐められたものだ。


 僕は血の剣の切っ先をヒースに向けて。


「――これでもう、終わりだよ」


 そう、言ってみせた。

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