導きのままに
天国か地獄か、よく分からない入浴を終えて。
僕たちは、再びデイジーの部屋に集まっていた。今度はランも一緒に。
テーブルを囲み、円になって座っている。
「少し、お伺いしてもよろしいでしょうか」
ふと、ランが口を開く。
相変わらず笑みを浮かべたままだが、その目は少し真剣な色を滲ませていた。
「デイジー様のペンダントを取り返すために協力していただくという話は、デイジー様から聞きました。が、具体的にどういった方法で取り返すおつもりなのでしょうか」
方法、か。
正直なところ、効果的な方法は特に思いついてはいないし、今考えている方法も上手くいく保証など何もない。
だけど、たとえどんな方法であっても、可能性が少しでもあるのならやってみる価値はあるだろう。
そう思い、僕は今頭の中にある手段を話してみることにした。
「この仮面が犯人がつけていたものなら、きっと犯人の匂いとかが染みついていると思う。だから、ヴェロニカの精霊に匂いを嗅がせて追わせれば、いつかは犯人のところに辿り着けるんじゃないかなって思うんだけど……どうだろう」
「なるほど、ヴェロニカ様は精霊使いだったのですね。わたくしは、その方法で問題ないと思います」
ヴェロニカの精霊――クリムが、ちゃんと本当に警察犬のようなことをできるのなら、だけど。まあ、精霊とはいえ犬型だし大丈夫であってほしい。
それにしても、本当にヒースが奪ったのだろうか。
ヒースがペンダントを奪った理由、キマイラという魔物を操った方法。
色々気になることは多いが、それは場所を突き止めた後で本人から聞き出せばいい。
「デイジー、そのペンダントってどんなペンダントなんデス?」
「どんな、と言われても……中に私の家族の写真が入っているだけの、至って普通のペンダントです。そんなものを盗む理由が、私には全く思い当たる節がありません」
「そうデスか……」
話を聞けば聞くほど、ますますペンダントを奪う理由など何もない気がしてしまう。
それとも、デイジーにはなくとも、ヒースには何かしらの恨みやら怨嗟的なものがあるのだろうか。
全く想像もつかないけど。
――と、不意に。
「う、うわぁぁぁぁぁッ!?」
部屋の外から、そんな絶叫が聞こえてきた。
僕たちは一斉に、扉のほうを見やる。
さっきの叫びは、ヤマブキさんの声だ。
今は自室にいるはずだが、そこで何かあったのだろうか。
「兄様の声、でしたよねっ?」
「……行ってみよう」
僕たちはみんな部屋を出て、急いでヤマブキさんの部屋へと向かう。
あの絶叫は、並大抵のことではなさそうだった。
もしかして……。
いや、悪いことを考えてはだめだ。
脳内に浮かぶ嫌な想像を必死に掻き消し、ただ足を動かすことにのみ集中する。
やがて、到着して。
「――兄様っ!」
デイジーが名を叫ぶのと同時に、扉を勢いよく開け放つ。
すると、そこに広がっていたのは。
部屋中を埋め尽くすほどの、夥しい数のコウモリだった。
一体、何十匹いるのか。あまりにも数が多すぎて、数えることすらままならない。
ヤマブキさんは尻餅をつき、ただ呆然と上を見上げている。
頭上を飛び回っている、大量のコウモリの姿を。
「ヤマブキ様、何があったのです!?」
咄嗟にランが駆け寄り、現状についての説明を促す。
しかし返ってきたのは、何とも的を得ない答えだった。
「わ、分からない……。おいらはただ、ここで本を読んでいただけなのに、いきなり窓からコウモリが……」
いきなり、窓から?
ふと窓を見れば、窓ガラスが割れてしまっていた。
窓が開いていたわけではなく、ガラスを突き破ってきたというのか?
……まさか。
僕は急いで窓のもとへ駆け寄り、外を見る。
空、隣の家……視線を様々な場所へと移動させ。
やがて、ついに“それ”を見つけた。
隣の家の陰に、ひとつの人影。
僕が見ていることに気づいたのか否か、その人影は走って逃げてしまっている。
「……くそ」
ここは二階だ。普通の人間ならば、飛び降りれば怪我をしてしまいそうな高さ。
だけど、今は人間じゃない。吸血鬼だ。だから大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、僕は窓から外に飛び降りた。
奴が今逃げてしまっている以上、わざわざ一階に下りて玄関から追うなどという猶予は、とっくにあるわけがなかったから。
「ちょっ、シオン! イベリス、あたしたちも行くわよ!」
「了解デスっ!」
ただごとじゃないことを察したのか、ヴェロニカとイベリスの二人も僕の後を追ってくる。でも、今は後ろを振り返る余裕すらもなかった。
あまり人のこと言えないが、二階から飛び降りるなんて無茶なことを。
「シオン、何があったのよ?」
「……人がいた。たぶん、あれが犯人だと思う」
すぐに追いついてきたヴェロニカに、短く説明をする。
結構な距離が開いてしまってはいるものの、何とか姿を捉えることはできている。
だから、このまま奴の姿を見失わないようにしなければ。
と、思っていたら。
街に置かれていた樽を蹴り、こちらに転がしてくる。
くそ、妨害までしてくるのか。
「任せてくだサイっ!」
と、イベリスが突然前に出て、剣を構える。
そして、縦に振り下ろす。
樽が、真っ二つになってしまっていた。
「助かるけど、今の誰かの所有物とかだったんじゃないの?」
「やははー、細かいことは気にしちゃだめデスよー」
もし誰かの所有物だったとしたら、申し訳ないことをしたが。
今は足を止めるわけにもいかない。
心の中で謝罪し、僕たちは奴への追跡を続行する。
それにしても、気になることが少しある。
今、僕たちが追っている奴の後ろ姿が、妙に小さい気がするのだ。
何だか、今の僕の低身長とあまり差がないような気すらしてしまう。
更に、身長もそうだが、体格なども男だとは思いにくかった。
つまり女ということになるが……ヒースではないということだろうか。
疑問点は尽きないが、今はただ追い続けた。
どれくらいの時間が経過しただろうか。
街の外に広がる、草原にまでやって来ていた。
僕たちにも疲労が積み重なり、徐々に速度が低下してきた頃。
不意に、奴が足を止めた。
そして、僕たちも一斉に足を止める。
奴が立ち止まったからというのもあるけど、それだけではない。
奥に、誰かがいる。
それも、人間ではない。
少しずつ、奥にいる何者かの全貌が顕となり――。
僕は、驚愕に目を見開く。
何故なら、そこにいたのは。
五匹ものキマイラだったのだから。
一匹でも厄介な相手だというのに、五匹もいれば、吸血状態の僕でも苦戦を強いられてしまうだろう。
もしかして、今の状況。
僕たちは、まんまと奴に誘い込まれてしまったのか……?
キマイラに目を奪われている間に、奴にも動きが生じた。
ゆっくり、ゆっくりと。
こちらに、振り向いてきたのである。
「…………え?」
馴染みのある顔。
見たことのある髪。
知っている服装。
僕たちがずっと追いかけていた少女の姿は、図らずも僕が探していて、ずっと合流したいと思っていた相手だったのだ。
そう。見紛うはずもない。
僕の妹――緋衣の姿くらいは。




