怪物の裏に潜む人影
ほんの、数センチ程度だけではあるものの。
静寂の中で、ガチャッと扉が開く音が響いた。
少しだけ開いた小さな隙間から、女の子が顔を覗かせる。
ヤマブキさん、僕、ヴェロニカ、イベリス……と順に視線を移動させ。
やがて、暫しの逡巡を見せたのち、扉を開け放った。
「私に……何か、用があるんですか……?」
黄色のロングヘアーに、透き通るような綺麗な瞳。だけど、その綺麗な瞳は、泣きはらしたのか、今や充血してしまっていた。
ヴェロニカやイベリスと同じくらいの年齢に見える女の子だ。
とても可愛らしく、お淑やかそうな印象を抱いたが、表情というものが乏しく、見ただけで落ち込んでいるのが分かる。
思っていた以上だ。
でも、会ってくれただけまだよかった。会ってくれさえすれば、話すことはできるのだから。
「デイジーのペンダントの件を話したら、取り戻すよう協力するって言ってくれてね」
「……ありがとうございます。でも、あのペンダントは、もうキマイラが……」
「キマイラは、この三人が倒してくれたみたいだよ」
「えっ? じゃ、じゃあ、ペンダントは……」
僕たちがキマイラを討伐したことを知るや否や、途端に僕たちに詰め寄るデイジーさん。
無理もない。
キマイラがペンダントを奪った以上、倒したら取り返せると思ってしまうだろう。
「ごめん。倒したんだけど、ペンダントは出てきませんでした」
「そう、ですか……」
また、デイジーさんは俯き気味になってしまう。
こんなにも消沈している女の子を、あまり見ていられない。見ていたくなかった。
「だから、今日はここに来たんです。そのペンダントを奪われたときの状況を、もっと詳しく聞かせてほしくて」
「状況、ですか? そう言われても……」
「些細なことでも大丈夫です。どんなことが手がかりに繋がるか分かりませんし」
「些細な、こと……」
デイジーさんは、記憶を手繰り寄せるかのように頭を押さえる。
正直、あまり嫌なことを思い出させたくはない。
でも、そのとき現場にいたデイジーさんの話は聞いておきたかった。
「あ、そういえば。あのとき、人影が見えたような気がします」
「人影?」
「は、はい。遠かったし、よく見えなかったんですけど……キマイラの近くに、誰かがいたような……」
間違いない。
その誰かがキマイラに何かをした可能性は高いだろう。
キマイラを倒した際にペンダントが出てこなかったのは、その人がペンダントを持っているからなのかもしれない。
「人数って分かりますか?」
「一人か、二人か……すいません、はっきりとは分かりません」
「いや、大丈夫です。ありがとうございます」
一人か二人となると、複数人の可能性もあるのか。
でも、デイジーさんの口ぶりだと、あまり大人数ではなさそうだ。
「それと、気になったことがもうひとつ。私はキマイラと戦ったことも何度かあるんですが……負けたことはありません。今まで戦った、どのキマイラよりも強くて、ビックリした覚えがあります」
確かに、七つの美徳の一人として大陸を統治しているくらいなのだから、デイジーさんも弱いわけがないだろう。
それなのにキマイラに負けた、というのは、少し気になる。
デイジーさんが見たという人影の人物が、キマイラを強化したとか、そういうことも考えられるが……。
ただ、もし本当にこの件に人が関与しているのだとしたら。
一体、その理由は、動機は、目的は、何なのだろう。
生憎と、僕じゃ想像すらできなかった。
「……すいません。本来は私がみんなを助ける側なのに、みなさんにご迷惑をおかけしてしまって……」
やはり救恤の美徳なだけあって、誰かを助けるということをよくしているのだろう。
だからこそ、僕たちに助けられている今の状況に、少し申し訳なく感じているのかもしれない。
全く、そんなことを気にする必要は一切ないのに。
「何言ってるんデスかー。どちらか片方が助けるだけじゃなくて、お互いに助け合うものデスよー」
「あんた、たまにはいいこと言うのね。でもまあ、その通りだわ」
「ありがとうございます……っ」
イベリスとヴェロニカの言葉に、デイジーさんは涙ぐむ。
とりあえず、人が関与していそうなことと、キマイラが強化されていそうなことは分かったが、結局のところ居場所は何も分かっていない。
手当たり次第に探すしかないのかな。どれくらいの時間がかかるか、分かったもんじゃないぞ。
「あ、そうだ。みなさんに、お見せしたいものがあるのですが」
「……?」
デイジーさんは部屋の中へと戻り、僕たちは一様に首を傾げる。
見せたいものって何だろう。
もしかしたら、手がかりになるものだったりするのかも。
数分ほどで、再び扉が開く。
そこから出てきたデイジーさんは、右手でとあるものを持っていた。
「これなのですが、見覚えはありますか?」
……見覚えがない、わけじゃない。
つい昨日、見たばかりのもの。
見たくなどなかったけど、見てしまったもの。
理由など分からないけど、突然僕たちの前に現れたもの。
だけど、どうして。
何でここに、これがあるんだ。
「どこで、これを……?」
ヴェロニカも訝り、問いかける。
「キマイラにペンダントを奪われたときに、その場に落ちてたんです。つい拾ってしまったんですけど、もしかしたら何かのヒントになるかと思いまして」
何かのヒントなんてレベルじゃない。
これが、その場に落ちてたのだとしたら、かなりの確率で、犯人が持っていたものだろう。
だったらもう、僕の頭の中には、あいつしか思い当たる節はない。
デイジーが、持ってきたものは。
目の部分だけ小さな穴が開いた、大きな仮面だった。
そう。
昨日、僕たちの前に現れたヒースという男が被っていたのと、全く同じものだったのだ。




