門番とメイドとお嬢様と
二匹の馬に引かれ、馬車は行く。
馬車の中から、通り過ぎていく人々や建物、街の中を見ていると、普通に歩いているときとは少し違う印象を抱く。
ヤマブキさんは前方、馬のすぐ後ろに座っている。
どうやら、この馬車は自分の所有物らしい。
金持ちってほんとにすごいや。
ヴェロニカは少し緊張したように、イベリスは目を輝かせながら、僕の隣と正面に座っている。
馬車に乗ったことなんて初めてだからはしゃぐ気持ちも、今から城に向かうのだから緊張する気持ちも、どっちも分かってしまう。
無事に解決できたらいいんだけど、どうなることやら。
やがて、数十分が経過した頃。
馬車は止まり、ヤマブキさんは立ち上がる。
「着いたよ。ここが、デイジーが住んでいる城だ」
僕たちも下りて、前を見る――と。
大きな大きなお城が、そこに鎮座していた。
日本にあるようなものではなく、まさにゲームなどに登場するような、西洋風の白いお城だ。
何メートルあるのか分からないくらい大きく、その迫力に少し気圧されてしまう。
「えっと、あたしたち、ほんとに入っても大丈夫なのかしら」
「あはは、おいらも一緒だから大丈夫だよ。勝手に入ったわけじゃなくて、おいらの招待なんだからね」
ヴェロニカの不安にヤマブキさんは笑って答えるが、それってつまり勝手に入ったらただでは済まないということじゃないのか。
あんまり無礼なことはしないよう、気をつけないと。
特に、イベリスには注意しておこう。
「……? 何デスか、シオン。ワタシのことをじっと見て」
「いや、何でもない」
お城の前の大きな門には、兵士と思しき人が二人立っている。門番というやつか。
お城だから当然と言えば当然だが、警備は厳重なんだろうな。
「お帰りなさいませ、ヤマブキ様! 後ろの、その方々は……?」
「ああ、おいらの友人だから気にしないで。おいらが招待したんだ」
「左様でしたか。ではどうぞ、中へ」
おお、すごい。
ヤマブキさんのおかげで、僕たちも中へ入れてくれるようだ。
それにしても今の会話、少しだけ気になるところがあったな。
門を通り、城の入口へ向かう途中で訊ねてみる。
「今の、ヤマブキ様ってのは……?」
「あはは。一応、ここのお坊ちゃんってことになってるからね」
「お坊ちゃん? それって――」
怪訝に思う僕をよそに、ヤマブキさんが大きな扉を開け放つ。
すると、凄まじく広い空間が、そこに広がっていた。
派手な絨毯に、豪華なシャンデリア。
左右に廊下が続き、正面には一つの扉と、二つの階段。
何十畳あるのか全く分からないほど広く、思わず僕はキョロキョロと見回してしまう。
イベリスの目の輝きも更に増し、ヴェロニカに至っては開いた口が塞がっていなかった。
しかも、それだけではない。
掃除中だったのか、モップを持ったメイド服の女性までいたのだ。
すごい……メイド喫茶にいるようなものじゃなくて、本物のメイドさんだ、これ。
「おかえりなさいませ、お坊ちゃま」
メイドさんが、こちらに歩み寄ってくる。
何というか、とても可愛らしくて若々しいメイドさんだ。
メイド服の上からでも分かるほど、胸が異様な存在感を放っている。
「ただいま、ラン」
「お坊ちゃま、そちらの方は……」
「おいらの友人だよ。今日はおいらが招待したんだ」
外で門番としたときと同じような説明をすると、ランと呼ばれたメイドさんはこちらに向き直る。
そして、朗らかな笑みを浮かべる。
「はじめまして、ランと申します。今はヤマブキ様とデイジー様に仕えるメイドをしております」
名を名乗ると、ランさんは深々と頭を下げておじぎをした。
ど、どうしよう。こんな礼儀正しく挨拶されたことないから、どう反応すればいいのか分からない。
が、それは僕とヴェロニカだけだったらしく。
「はじめまして、デスよー。ワタシはイベリスデスっ!」
「ちょ、ちょっとっ! す、すいません。あたしはヴェロニカっていいます」
礼儀正しさの欠片もないイベリスに、ヴェロニカはイベリスを諌めたのちに軽くおじぎをした。
僕もそれに倣い、ぺこりと頭を下げて「……シオンです」とだけ口にする。
しかし、イベリスの無礼さは止まることを知らず。
「ラン、これからもよろしくデスよー」
「あらあら、可愛らしい方です。跪かせてみたいですね」
「……ふぇっ?」
「ごほん、失礼しました。少しばかり泣かせてみたいですね」
「言い直したのに、もっと酷くなってマスっ!?」
笑顔でランさんが発した言葉に、イベリスは涙目で抗議する。
おや、これはどういうことでしょう。
途端に、最初から印象ががらっと変わってしまったぞ。
「シオン様には、ペットとして毎日連れて歩きたい可愛らしさがありますね」
「ぺ、ペット!?」
「はい。もちろん全裸で、首輪をつけて……うふふふ」
「怖いっ! あの、僕たち何かしたかな……?」
少しの助けを求め、ヤマブキさんに問う。
当のヤマブキさんはランさんと僕たちのやり取りを見て、何とも言えない表情で苦笑していた。
「気にしなくても大丈夫だよ。ランは、いつもこんな感じだからね」
「いつも……なんだ」
「ちょっと変わってるけど、メイドとしては優秀なんだ。性格には難ありだけど」
ちょっとじゃない気もするが、あえて突っ込まないでおく。
まあ、端的に言うと……ドSって、ことなのかな。このメイド。
未だにランさんは、うふふふと笑みを浮かべ続けている。
今の僕には、その笑みが邪悪なものに見えてしまう。
「それでは、お坊ちゃま。わたくしはこれで。結果は聞かせてくださいね」
「……結果って何さ」
「何をおっしゃいますか。こんなに可愛らしくて虐め甲斐のありそうな女性を三人も連れて来ておいて、何もしないわけがないでしょう?」
「何もしないよっ!」
ランさんは、うふふと笑いながら立ち去っていく。
ヤマブキさんも、結構ランさんには困っていそうだな。心中お察しします。
ともあれ、ヤマブキさんが歩き出したため、僕たちは後を追う。
階段を上り、廊下を進み、数々の扉や絵画を横目に歩く。
こうして中を歩いてみると、つくづく城内の広さを思い知る。ヤマブキさんがいなかったら、絶対迷うと思う。
やがて、僕たちはとある一つの扉に辿り着いた。
廊下にも何十と扉が並んでいたが、そのどれよりも大きく豪華な扉だ。
白くて少しオシャレで、如何にもお姫様がいそうな感じ。
「デイジー、ちょっといいかい?」
扉をノックし、中にいるであろう人物に声をかける。
しかし、返事は返ってこない。
中にいないのか、寝ているのか、無視しているのか。
話を聞いた感じだと、無視している説が有力な気がする。
ヤマブキさんは諦めず、再度声をかけ続ける。
「今日は、お客さんがいるんだよ。君に、用があるんだ」
静寂。
やっぱり、だめか。突然訪れた僕たちなんかに、会ってくれるわけが――。
と、そこで。
ガチャっと、ほんの数センチ程度だけ。
扉が、開いた。




