新たな朝
「起きてくだサイ、シオン! シーオーンっ!」
そんな大きな声とともに体を揺すられ、僕は目が覚めた。
が、目を開けていることにも気づいてくれず、イベリスは僕の名を呼び続ける。
「シオン! シオ、ン! シーオーンーっ!」
「……うるしゃい」
瞼をしきりに擦りながら上体を起こし、気怠くそう呟く。
こんな朝っぱらから、よくもまあ元気に叫べるものだ。
ああ……やっぱり朝はだめだ。頭がボーっとして、どうも上手く頭が働いてくれない。
吸血鬼になっても日光は平気にしてくれたのに、どうして朝は弱いという設定をつけたんだろう。無駄なことを……。
「やっと起きてくれたんデスね、おはようデスよー!」
「ちょっとイベリス、シオンは朝弱いんだから、あんまり鬱陶しく絡まないほうがいいわよ」
「鬱陶しいって何デスかーっ!」
二人の口論を横目に、僕は洗面所まで向かい、歯磨きと洗顔をする。
これでスッキリしてくれるほど単純であればよかったんだけど、残念ながらそうじゃない。
頭が正常に働くまで、あと最低でも十数分はかかりそうだ。大変だなあ、吸血鬼も。
ちなみに、今はイベリスも僕たちと同じ部屋に宿泊している。
同じパーティの仲間になった以上、違う部屋に泊まるのもどうかと思ったのだ。
だから三人部屋にしたのだが……イベリスは思っていた以上に騒がしいな。朝は困る。
「ふぁ~あ。おふぁよーす」
欠伸を漏らしながら、覚束ない足取りで寝室に戻る。
すると、何やらイベリスが恍惚とした表情でこちらを見てきた。
「朝に弱いって聞きマシタが……朝のシオン可愛すぎデス……っ! ふ、ふふ服を脱がせてもいいデスかっ!?」
そんな意味不明なことを宣って、僕に抱きつく。
更に、イベリスは自身の頬と僕の頬をくっつけ、スリスリしてくる。
「ちょっと! いきなり何言ってんのよ!」
「だって、こんなに可愛いんデスよ? 理性を抑えろっていうほうが無理な話じゃないデスかっ」
「当然みたいに言うんじゃないわよっ」
「今すぐシオンとえっちなことしたいデス……」
「はぁ……イベリスをパーティに入れたのが間違いな気がしてきたわ……」
イベリスの変態発言に、ヴェロニカは頭を抱えた。
うん、それに関しては僕も同感である。
「で、シオン。今日はどうするの?」
「まずは、ワタシとシオンの初体験を終わらせてから――」
「あんたねえ、そろそろいい加減にしないと本気で怒るわよ」
「す、すいません、デス……」
ヴェロニカに凄まれ、ようやくイベリスが落ち着いてくれた。
のと同時に、僕の思考もそろそろ正常になってきた頃だ。
だから、とりあえず今日の予定を話しておこう。
「昨日、僕たちが倒したキマイラ覚えてるよね?」
「ええ、もちろんよ」
「そのキマイラって、たぶんクエスト掲示板に書かれていた依頼のやつだと思うんだ。大事なものを奪われたっていうやつね」
「そういえば、そんなものがあったわね。偶然、その依頼を解決したことになるのかしら」
「そうだと思うんだけど……大事なものを奪われたっていう割には、倒してもお金以外に何も出てこなかった。だから、今日はまず依頼主に話を聞きに行きたい」
「そうね、分かったわ」
イベリスにも視線を向けると、首を縦に振って了承の意を示してはくれた。
急に静かになったな……そんなにさっきのヴェロニカが怖かったのかな。
今後またイベリスが変態発言をしたら、ヴェロニカに任せるのもいいかも。
何はともあれ。
僕たちは準備を整えたのち外に出て、広場にあるクエスト掲示板へと向かう。
そして、キマイラ討伐の依頼を探し、依頼主の住所を確認する。
が、僕たちは一様に首を傾げてしまう。
書かれてあった住所、それは明らかにこの街アンブレットの中ではなかったのだ。
どう考えても街の外、草原内としか思えない写真まで添付されている。
写真の隅には、湖のようなものが少しだけ映っている。樹木以外には何もないのかと思っていたけど、湖もあったみたいだ。
それにしても、どういうことだ、これ。
この街には住んでいないのか、もしくは家の場所はどうしても教えたくないのか。
真相はまだ分からないが、行ってみるしかないか。
「もしかして、ホームレスなんじゃないデスか?」
「この世界にも、そういうのあんのね……」
確かに、ホームレスの可能性もあったか。実に世知辛いことだ。
でも、そんな人がキマイラに奪われてしまったものって一体何なのだろう。
怪訝に思いつつ、僕たちは地図と写真を頼りに草原を歩く。
やがて、数十分ほど経過した頃。
道の先に、湖とテントと思しきものが見えてきた。
テントの前には、一人の男性が椅子に座っている。
おそらく、あの男性が例の依頼主だろう。
僕たちが近づいていくと、彼も僕たちの存在に気づき、こちらを向く。
「おいらに、何か用かい?」
二十代前半くらいだろうか。短い茶髪に半袖半ズボンという姿だからか、とても若く見える。
僕は前置きを省き、単刀直入に依頼の件を話す。
「はい。依頼を見て、キマイラを倒したんですけど……」
「へえ、君たちが倒してくれたのかい? ありがとう、嬉しいよ」
「でも特に何も落とさなかったんですけど、大事なものって何だったんですか?」
僕の問いに、男は少しだけ逡巡したのち、若干俯き気味で話し出す。
この依頼に関する真相を。
「デイジーって、知ってる?」
「デイジー?」
「うん。この大陸、救恤大陸を統治している――七つの美徳の一人だよ」




