ゲームという名の理不尽な現実で
口から吐き散らした高火力の火炎、尻尾についた口での噛みつき、大きな肢体での真っ直ぐな突進。
そんなキマイラの猛攻に、ヴェロニカもイベリスも避けるのが精一杯で、なかなか攻撃することができずにいた。
アイは、気を失ってしまった。
僕がイベリスを守りに、キマイラと戦いに行くのだと知るや否や、満足そうな表情で。
正直、意識のない人から勝手に血を貰うなんてかなり気が引ける。
でもヴェロニカとイベリスの戦闘を見ていれば、キマイラの注意を逸らすことだって大変そうだ。
だから、まだキマイラが僕に注目していない間に吸血状態となるべきだろう。
そう思い、アイの体から流れている血を指で掬い取って舐める。
また、きた。
背後で行われている戦闘中の音が、細かいところまで耳に入ってくる。
僕は、ヴェロニカとイベリスのもとまで走った。
キマイラの攻撃が命中してしまえば相当な大ダメージになることは、アイの状態と戦闘を少しでも見れば大体分かる。
万が一にも二人までアイみたいな重傷を負ってしまわないよう、僕は急いだ。
急いで、急いで……気がつくと、ほんの数秒でキマイラの足元に到達してしまっていた。
キマイラは僕の存在に気づき、咄嗟に尻尾でなぎ払う。
僕はジャンプで躱し――キマイラの顔面に向け、右手のひらを突き出す。
その刹那、手のひらから血でできた刃が飛び出し、キマイラの額に突き刺さる。
悲痛な悲鳴をあげるキマイラだったが、さすがにそれだけで倒れてくれる相手ではない。
大きく口を開け、火炎を吐き出す。
でも炎を吐いている間、キマイラは身動きができない。
そこが、弱点だ。
僕は素早く走りながら横に移動することで火炎を回避し、キマイラの足元まで肉薄する。
今の僕は、とても小さい。
だから、キマイラの胴体の下に潜り込むことだって可能だ。
こんなところにいてしまっては、図体の大きな怪物では対処などできないだろう。
そこを――攻める。
僕は右手を頭上に掲げながら跳び、キマイラの腹にタッチする。
瞬間――。
キマイラの腹部が、裂けた。
少しずつ、少しずつ。
時間にすると何秒もかかっていそうなほど、ゆっくりと。
徐々に、下から上へと深く穴が穿たれていく。
血でできた刃を、相手の体に密着させた状態で放てば。
僕の手のひらから、相手の体の内部を抉るようにして刃が飛び出してしまう。
そうなると、当然キマイラの胴体が無事でいられるわけもなく。
やがて背中まで貫通し、キマイラは大量の鮮血を僕に浴びせながら倒れていった。
そして消滅し、後にはお金だけが残される。
よかった……なんとか勝てた。
確かに強い魔物ではあったんだろうけど、アイの血を貰ってから駆けつけて正解だったようだ。
「うわっ、あんた頭からすごい血を浴びちゃったから、すごい真っ赤よ……」
「うわって、ひどくない? 確かに血まみれですごいことになってるけどさ」
「そうね……ありがと、シオン。あんたがいなかったら、勝てなかったかもしれないわ」
「い、いや、別に、それは、いいけど」
素直にヴェロニカから礼を述べられてしまい、僕は照れ臭くなって顔を逸らす。
すると、少し離れた位置でイベリスがこちらを見ていることに気づいた。
その眼差しは、何だか畏怖やら羨望やら尊敬やら、色々な感情が綯い交ぜになっているような気がする。
「し、シオン……すっっっっごいカッコいいデスっ! シオンって、そんなに強かったんデスねっ!」
かと思いきや、突然駆け寄ってきて、そんなことを言ってくる。
さっきまでの眼差しが嘘のように、キラキラとした瞳に一変していた。
確かに、自分でもどうなのかなって思うくらいチート級だもんなぁ。
ただ、この能力は周りに誰かがいるからこそのもの。
もしヴェロニカもイベリスもアイもいなくて、自分が一人だけだったなら。
自分の血でも強くはなれるものの、自分の血の場合と他人の血の場合で差が生じるようなのだ。
しかも、相手がもっと俊敏で強大だったら。
血を貰う暇すら、なくなってしまうのかもしれない。
あくまでそう思うだけだし、今のところはまだ大丈夫だと思うけど。
「そ、そうだ……アイっ」
いきなり思い出したかのように、イベリスはアイが倒れている場所まで向かう。
僕とヴェロニカも、その後ろを追いかけた。
目を閉じ、口角を上げ、満足そうに微笑んだまま倒れている。
さっきまでは、確かに生きていた。風前の灯ではあったものの、微弱ながらも息はまだ生命を紡いではいた。
でも、今は。
「アイのHPが……0デス……」
「分かるの?」
「……はい。ワタシとアイは同じパーティデスから。同じパーティに入っている仲間のステータス、現在の状況は、ステータス画面を確認すれば分かるようになっているみたいなんデス」
そうだったのか。僕とヴェロニカは一緒に行動しているだけで、まだパーティを組んでいるわけじゃないから知らなかった。
けど、HPが0って、どういうことなんだ。
ゲームでは瀕死状態、戦闘不能というのは分かる。
でも、ここではどうなんだ?
いくらゲーム世界とはいえ、ゲームで遊んでいるときとは違う。
完全に、現実と化しているのだ。
ということは、HPが0っていうのは、もしかして――。
「――あァ、残念だなァ……その子、死んじまったのかァ」
不意に。背後から、声が聞こえてきた。
まるで、他人の不幸を笑うような、そんな残虐性に溢れた不快感のある声が。
「ま、しゃーねぇよなァ。人間っつーのは、いつかは死ぬもんなんだからなァ」
後ろを、振り向く。
そして、思わず絶句してしまう。
何だ、こいつの格好は。
こんなゲームのファンタジーとした世界観に似つかわしくない、スーツという服装もかなりおかしいが、何よりも僕が不審がる要素は顔だ。
顔を覆い隠すほどの大きな仮面を被り、目の部分だけに開いた穴から朱色の瞳が覗く。
仮面にスーツ……異様としか表現しようがない。
「死んだって、どういうことデスか……ここがゲームなら、生き返るんデスよねっ?」
「あァ? 何言ってんだァ、お前。本当に、一度死んだ人間が、生き返るとでも思ってんのかァ? だとしたら、脳内お花畑だなァ」
「なん、デスか、それ」
「だから、つまりそういうことだァ。ここがゲームの世界だと思ってんだろうが、よく考えろ。今お前たちがやっているこの生活は、本当にゲームかァ? 本当に遊びかァ? この世界に来てから、ずっと生活してたのか、お前らはよ」
……違う。
確かに、この世界はゲーム――セブンズと同じ世界だ。
それは、今までの色々な出来事で分かった。
でも、遊びではない。
ただのゲームでは、ないのだ。もう。
「しゃーねぇから、正直に言ってやるよ。お前らにも、分かりやすくなァ」
ただただ不快に思える笑い声を仮面の下から響かせ、更に言葉を紡ぐ。
この世界に於いて、最も残酷な真実を。
「このゲームは、もう現実の世界だァ。ただ画面の向こうで遊んでいただけの、今までのゲームプレイとは違うんだよ。だからよ、こんな残酷な現実で人が生き返るわけなんかねえだろ。その女は――死んだんだよ。元の世界でも、同じようになァ」




