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交錯する炎と水

 あれから、およそ二日が経過した。


 ヴェロニカがクリムに触れるようになってからは、ひたすら草原に出現する魔物を討伐して経験値と金を稼いだ。

 そのおかげで、所持金もレベルも大分だいぶ増えたと思う。


 ちなみに、経験値を稼いでいる途中、精霊使いの能力について新たに判明したことがある。

 それは――精霊の能力も、ご主人様の能力次第で変動するということ。


 つまり、ヴェロニカのレベルが上がり、強くなれば強くなるほど、使役する精霊もどんどん強くなっていくというわけだ。

 更に、ヴェロニカが負傷していたり瀕死でいた場合、精霊も少し力を失ってしまう。

 だから、戦闘は基本的に精霊に任せ、ご主人様は後ろで控えておいたほうがいいのだろうということが分かった。


 準備は、もう済んだ。

 あとは、たっぷりと体を休ませ、今日の勝負に備えるだけ。

 僕は、ただ見守るだけだ。



     §



「ハーイ。ヴェロニカ、シオン、元気デスかー?」


 扉を開けもせず、外からそんなイベリスの声が聞こえる。

 今は宿の部屋で、さすがに鍵がかかっているため開けることなどできるわけもないが。


 時刻は、昼の十二時くらいか。

 何時頃に勝負を開始するなどという約束はしていなかったから不安だったけど、どうやら向こうから来てくれたらしい。


 ヴェロニカはひとつ深呼吸をし、扉を開ける。


「こんにちは、イベリス。あんたから来てくれたってことは、もう早速始めるってことでいいのかしら?」


「……やる気はバッチリみたいデスねー、ヴェロニカ」


「もちろんよ。あたしだって強くなったんだもの。シオンは、絶対渡さないわ」


「その意気デスっ! それじゃあ、早速行きマショウっ!」


 イベリスが踵を返し、ヴェロニカもそれについて行く。

 僕も、慌てて二人の後を追う。


 ところで、さっきヴェロニカが言った言葉が少し気になったんだけども。

 僕を絶対渡さないって……そんなに一緒にいたい仲間だと思ってくれてるのかな。だとしたら、ちょっと嬉しくもあり照れ臭くもあるんだけど。



 街の中ではさすがに無理だろうということで、僕たち三人は街の外の草原にまでやって来た。

 ヴェロニカとイベリスが対面で向かい合い、僕は少し離れた位置で二人の動向を見守る。


 ついに、始まるようだ。

 結局何のために戦うのかイマイチ分からないが、あんなに頑張ったんだからヴェロニカに勝ってほしいという気持ちは当然ある。

 あとは……まあ、僕の取り合いというなら、どうせならイベリスよりヴェロニカのほうが安心だしね。


「準備はいいデスか?」


「ええ、いいわ」


 そんな短いやり取りの後。

 イベリスは剣を抜き、ヴェロニカはクリムを呼び出す。


 これにて――開戦だ。




「先手必勝っ、デス!」


 イベリスがすぐさま駆け出し、きっさきを向けてヴェロニカに肉薄する。

 一瞬驚いたヴェロニカだったが、咄嗟に軽く跳んで後退。

 そして右手のひらを前に突き出し、叫ぶ。


「――クリムっ!」


 その呼び声に呼応するかのように、精霊――クリムは紅蓮の火炎をその身に纏う。

 更に高くジャンプし、上下前後に、目にも止まらぬ速度で回転し始める。大車輪の如く。

 イベリスの剣に自身の回転した体を押しつけることで攻撃を防ぎ、相手を軽く押しのけていた。


 イベリスは跳んで後ろに退がり、回転を止めて着地したクリムを睨む。

 クリムは、攻撃も防御もできる炎の精霊だ。

 ヴェロニカに攻撃をしたくともクリムに防がれてしまうため、少々邪魔に思っていることだろう。


「厄介デスね……。それなら、仕方ありマセン」


 と、何やら剣を両手で構え――次の瞬間には、刃に蒼のオーラが纏っていた。

 あれは、魔法戦士の能力のひとつ。魔法の力を刀身に込めた、ということだろうか。


「この剣に、水の魔力を込めマシタ。これで、炎の精霊なんか敵じゃないデスよ」


 水の魔力。

 炎の精霊にとっては、水の力は弱点と言ってもいいくらいだろう。


 イベリスだって、まだそこまでレベルは高くないだろうに、もう水の魔力を込めることができるのか。

 ヴェロニカが最初からクリムを呼び出せたように、イベリスも最初からできるようになっていたのかもしれない。


「ふっ、本当にそうかしら?」


 と。

 イベリスの水の魔力を見てもなお、諦めも焦燥も絶望も抱かず。

 それどころか、むしろ笑って相手を煽ってみせた。


「……それなら、見せてあげマス。これでワタシの――勝ちデスッッ」


 イベリスが叫び、剣を縦に振り下ろす。

 すると刃から、肉眼でもはっきりと目視できほど色の濃い青の衝撃波がクリムとヴェロニカに向かって放たれる。


 しかし。


「――クリム」


 その名を呼ぶだけ。

 たったそれだけの短い間に、クリムは全てを理解したのか。


 口から、凄まじい勢いで火炎の息吹を放射する。

 イベリスにではなく、真下――地面に向かって。


 まるで、ロケットみたいに。

 下に放たれた炎に押されるようにして、クリムの体が上へ上へと浮いていく。

 やがて、イベリスによる水の衝撃波と、クリムによる炎の息吹が直撃し。

 暫くせめぎ合ってはいたものの、やはり水が勝ち、炎は衝撃波が当たった箇所だけ綺麗に消え去ってしまっていた。

 

 だが。

 炎の息吹に邪魔をされていたからなのか、そのままヴェロニカへと向かう水の衝撃波はとても小さく、弱々しくなっている。

 そんな、後に残った微かな余韻は――ヴェロニカに命中する、ほんの数センチ前のところで消滅した。


 そう。僕たちは、つい水の衝撃波のほうばかりを注視してしまっていたのだ。

 このあとどうなるのか、ヴェロニカに当たってしまうのか――そんなことが思わず気になったが故に。

 その間に、クリムが次の攻撃を仕掛けていることを知りもせず。


 水の衝撃波が当たり、その箇所の炎は消えた。

 つまり、浮いているクリムの体を支えるものがなくなったことを意味する。


 本来ならば、そういう状況になると体は当然地面へと落下してしまうだろう。

 でも、クリムの場合そうはならなかった。


 炎が消えたことを瞬時に察知し、口から炎を吐くのをそこで中断し。

 水の衝撃波が当たっていない場所、つまりクリムのすぐ真下に残っていた炎を足場に、イベリスへ向かって急降下。


 その途中に、大量の炎を撒き散らしながら、体を回転させていた。

 さながら、空中のねずみ花火が如く。


 クリムへの注意が散漫になっていたのは、僕だけではない。

 イベリスも、同じ。

 そんなことをしていたことに気づいたのは、クリムが自分にかなり近づいてきてから。


 そうなると、当然反応はとても遅れる。

 回避も、防御ですらも、間に合わなくなる。


「……くあッ!?」


 燃え盛るクリムの回転が、イベリスに直撃したことで。

 イベリスは数メートルほど吹っ飛ばされ、仰向けに倒れてしまう。

 クリムは回転をやめ、炎も止めて着地する。


「はぁ……はぁ……ヴェロニカの精霊、強すぎデスよ……」


 息も絶え絶えになりながら、イベリスは空を見上げてそう漏らす。

 これは、もうヴェロニカの勝利と見ていいだろう。

 もちろん僕もちゃんとヴェロニカの鍛錬に付き合ってはいたものの、まさかここまでの差ができてしまうとは。


 ということは、僕はイベリスではなくヴェロニカとこれからも組める、ということでいいのかな。

 結局まだよく分かってないんだけども。


 ――と。

 そんな勝利の余韻を邪魔するかのように、それが突如やってきた。


 ヴェロニカとイベリスの間に、謎の女が飛ばされてきたのだ。

 その体はボロボロで、ついさっきまで何者かと戦闘していたことが窺える。


 イベリスは上体を起こし、その女の姿を見て目を見開く。

 そして、驚愕の叫び声をあげた。


「――アイっ!?」


 そう。

 その女は――イベリスが喧嘩別れしていた、女友達だったのだ。

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