発見と追跡と、そして
あれから、何分、何時間が経過したのだろうか。
朝早くに来たはずなのに、気づけばもう空はオレンジ色に染まっている。
何だろう……この、時間を無駄にした感じ。
朝から夕方までの時間があれば、もっと犬嫌いを克服させるための何かや、魔物を倒して強くなったりなど、色々できただろうに。
それなのに、僕たちは酒場の前で、ひたすらゴブリンがいないか周りを警戒しているだけ。
実質あと二日しかないのに、このままだと本気で間に合わない気がしてくる。
お、おかしいな。こんなはずでは……。
「ちょっとシオン、ほんとにこれ意味あるの?」
「……」
今も近くに犬の精霊がいるため、ヴェロニカは僕の背後に隠れながらジト目で呟く。
僕は返す言葉もなく、ただ無言で目を逸らす。
「あんたが提案したこの方法、ちゃんと効果ある? もう半日以上経過したわよ」
「……」
「時間の無駄になってるとしか思えないんだけど」
「……ごめんなさい」
僕が自信満々に提案した結果が、これだ。
もはや、今の僕には謝ることしかできなかった。
ちくしょー。もっと上手くいくと思ったんだけどなぁ、最初は。
「はぁ……仕方ないわね。今日のうちにゴブリンが現れてくれるのを祈るしかないわ」
ヴェロニカは呆れたように、溜め息を深々と吐く。
これで上手くいかなかったら、完全に僕のせいじゃないか。
それは困る。頼むから、早くゴブリンちゃん現れてください。
そう願いながら、また店の前で待ち続けるのだった。
§
やがて、日が暮れて。
空はすっかり暗くなり、徐々に客が入ってくるようになった。
「暗いから、たとえゴブリンが来ても気づけない気がするわ……」
「そうだね。でも大丈夫だよ、僕なら」
確かにヴェロニカたち通常の人間ならば、夜は暗くて辺りが見にくいだろう。
しかし、今の僕は吸血鬼なのである。
当然と言うべきか、かなり夜目が利く。
だから、むしろ朝より視力がいいくらいだ。
でも、なかなか肝心のゴブリンは現れない。
もしかしたら、今日はもう来ないのだろうか。だとしたら、本当に今日という一日が完全に無駄になるじゃないか。
などという思考に至った、その刹那。
不意に、後ろのほうから物音が聞こえた。
訝り、背後を振り向く――と。
店の上。
屋根の上に、奇妙な生物が立っていた。
耳と鼻が長く、目は赤く、猫背で肌は緑色。
おそらく、あれがゴブリンなのだろう。
ようやく現れたか。
「ヴェロニカ、あれっ!」
僕が屋根の上を指差すと、ヴェロニカもそちらを向き喫驚する。
「あ、あれがゴブリン……っ?」
「たぶんね。とにかく捕まえないと……」
と、屋根の上にいる奴を捕まえるための策を講じていたら。
あちらも僕たちの存在に気づいたのか、踵を返して屋根から飛び降り、一目散に逃げ出してしまう。
「あっ! 追いかけよう!」
「わかったわ!」
僕たちは急いでゴブリンが駆けていったほうへ向かう。
しかし、ゴブリンの体が小さいからか、さすがに素早くて僕たちの足じゃ追いつけない。
こうなったら、こちらも人間以外の力を借りるしかないだろう。
そもそも、元はと言えば、そのために呼び出していたというのもあるのだから。
「ヴェロニカ、精霊に命令してっ!」
「う、うん……えっと、お願い、します……あのゴブリンを、追いかけて、もらえないでしょうか……」
怯えながらも、僕たちの後ろをゆっくり走っていた赤い犬の精霊に、命令というかお願いをした。
自分の精霊に対する態度とは思えないな……何で敬語なんだよ。
だが、一応ご主人様であるヴェロニカの言葉に呼応するかのように。
犬は突然加速し、あっという間に僕たちの前を駆け抜けていった。
は、速い……。これは思っていた以上の俊敏さだ。
犬が駆けたとき、足元から火花のようなものが散っているのが見えた気がするが……あれは、この精霊の能力の一つだったりするのだろうか。
ともあれ、僕たちはゴブリンや犬の姿が見えなくなっても、走っていったほうへ向かってひたすら追い続ける。
すっかり暗くなった街中を走り、やがて街の外に広がる草原まで来てしまった。
街中とは違い、この草原には建物や障害物が全くと言っていいほど顕在しておらず、ほぼ360度に道が広がっているのだ。
だから、どの方向に行ったのか分からなくなってしまった。
「おーい……」
ヴェロニカが、控えめに己の精霊を呼ぶ。
叫んでいるとは到底言えないくらいの小さな声だ。いくらご主人様の声とはいえ、こんな小さな声じゃ、さすがに来れるわけ――。
「あ、あれっ」
と、ヴェロニカが草原の先を指差す。
訝しみ、僕もそちらに視線を向ける。
そして、思わず絶句してしまった。
暗い夜の中で明るく灯る、ひとつの炎。
真っ赤で、草原に燃え移っているのではないかと思ってしまうほどの紅蓮が、僕たちに向かって迫ってきていた。
逃げる暇も、身構える暇もなく。
その炎は、僕たちのところにまで到達する。
炎の正体――赤い犬の精霊が、ヴェロニカを見上げて首を傾げる。まるで、ご用は何ですか、と言っているかのように。
犬は全身に炎を纏っており、その後ろでゴブリンが引きずられるようにして倒れている。
僕たちが見ていない間に、もう倒してしまったのか。
そして、ヴェロニカのあんなに小さな声で、呼ばれたことに気づいて戻ってきたのか。
これが、精霊の力ってやつか。予想以上に、すごいものだったらしい。
感心していると、犬の全身に纏っている炎が徐々に消えていき、わずか数秒で完全に消沈した。
この犬は、見た感じ炎の精霊みたいだ。
だとしたら、他にも水の精霊や土の精霊などがいるのかもしれない。
「と、とりあえず、これで依頼完了みたいね。よかったわ、無事に終わって」
「そうだね。結局、ヴェロニカの精霊が解決しちゃったけど」
「でも、あんまり克服はできていないかも……」
まあ、それはそうだろう。
現に、今も自分の精霊に近づくことができず、僕の背後に隠れてしまっているのだから。
この方法じゃだめだったか……もう本格的に時間がない。
もっと、いい方法を考えなくては……。
そんな風に、脳内で思案を巡らせていたせいか。
ヴェロニカの僕を呼ぶ声も、赤い犬の鳴き声も、後ろで響く大きな足音も。
何も、何も聞こえなかった。
全く、全く反応ができなかった。
だから――。
突然襲ってきた衝撃に、僕は何も抵抗することなく突き飛ばされてしまった。




