芽吹く前の花の如し
――あなたの分身となるキャラクターを作成してください。
最初の短いムービーを終え、そんな文章が画面の中央に現れた。
クリックすると画面が変わり、右側にキャラクターの全身が大きく表示され、左側には髪や顔などの様々な項目が並んでいる。
ここからは、自分が動かすキャラクターを作るキャラメイキングということか。
プレイを開始する前、最も楽しみだった要素だ。
左側に羅列されている文字を読んでいくと……性別、髪型、髪の色、顔立ち、身長、体型、職業など、かなり細かく設定できるらしい。
顔立ちの項目をクリックすると、目の色を変えたり、目の位置を上げたり下げたり、口を横長にしたりかなり小さくしたり、凄まじく自由度が高い。
性別を女にすれば、胸の大きさも変更可能……最大値までしてみたら、大きすぎて少し気持ち悪い感じになってしまった。
前情報で、装備品は見た目に反映されるということが発表されたし、キャラ作成は気合いを入れて頑張らないと。
何時間かかることやら……。
まずは性別だが、ここは迷う必要すらないだろう。
リアルの僕は男だけど、こういうMMORPGでは必ず女を選ぶようにしている。
グラフィックは綺麗で装備品も反映されるみたいだし、自分のキャラはゲーム内で一番見る時間が長いのだ。
野郎の姿より、可愛い女の子の姿のほうが見ていて楽しい。
次は名前か……本名から取って普通に『シオン』でいいだろう。
髪は、銀色にしよう。
少し癖っ毛混じりの長髪にしたほうが可愛いかもしれない。
目の色は赤で、目の位置は少し下に下げたほうが幼くなって可愛いということを今までのゲーム生活で学んだ。
口は少しだけ小さくして、口内に牙のような八重歯を生やしてみる。
肌は、一番白いやつにするか。
そして、身長。
とにかく低く低くしまくると……ちょうど百センチで止まった。
これが限界らしいが、さすがに低すぎるな。
小学生くらいの、百三十五センチくらいでいいか。
体型は、別に普通でいいだろう。
幼女キャラなんだし、胸はとにかく貧乳で。
最後は職業だが、これは本当に迷う。
スクロールしてもなかなか終わりが来ないくらい種類が多く、ここだけでも一時間以上かかってしまいそうだ。
確か、前情報では職業数六十以上とか言っていた気がする。
戦士のような普通のものでもいいけど、どうせなら少し変わったものがいい。
などと考えながらスクロールしていくと、かなり下に少し興味を惹かれる三文字を発見した。
作成した容姿的にも合っている気がするし、こういうのは直感のほうがいい場合もある。
そう思い、僕は『吸血鬼』の文字をクリックし、キャラ作成を終了した。
§
そして、半日が経過した。
食事やトイレも忘れて、妹と二人で遊び尽くした。
テストプレイの感想としては、とても面白い。その一言に尽きる。
広大なフィールドも、美麗なグラフィックも、個性豊かなキャラクターも、壮大なBGMも、七つの大罪や七つの美徳といったテーマも、自由度の高さも。
テストプレイの段階にしては異様にやることが多く、この半日で不満点は一つも見つからなかった。
何より、自分で作成したキャラが一寸の違いもなくそのまま動いている様子は、何というか胸にくるものがある。
控えめに言って、自分のキャラなのにすごく可愛かった。
まさに、約束された神ゲーである。
「いやぁ、面白かったねぇ~」
緋衣はヘッドホンを外しながら、余韻に浸るかのような吐息を深々と吐く。
感想としての言葉は少ないが、実際に面白かったのは間違いない。
むしろ細かく感想を言おうものなら、このゲームのいいところを簡潔には述べられやしないだろう。
あまりにも、いいところが多すぎる神ゲーであるが故に。
「……そうだな。リリースされたら、絶対毎日やり込む」
「えへへっ、あたしもあたしもー」
僕たち兄妹は昔からゲームが大好きで、幼少期から今に至るまでよく一緒に遊んでいる。
だから、他と比べてもかなり仲のいい兄妹だとは思う。
このゲームも、おそらく毎日のように一緒にプレイすることとなるだろう。
生まれてから一度も彼女ができたことはないし、できたときのことを想像すらできないが……正直、緋衣と過ごしていたほうが楽しいんじゃないかとすら感じる。
物心ついた頃から親がおらず、何年間も妹と二人暮らしをしているからこそ、この仲の良さを維持できているのかもしれない。もちろん、お互いの性格や趣味が合うというのが一番大きいだろうけども。
「じゃあ、ごはんつくるねー」
「おう、さんきゅ」
緋衣はゲームを終了し、そんな宣言をしながら部屋を出ていく。
親がいないため、家事は二人で役割分担しているのだ。
料理と掃除は緋衣、それ以外は僕である。
それにしても……と、僕はタイトルに戻った画面を見ながら考える。
テストプレイの時点では、特典と思しきものは何もなかった。
つまり、リリースされたときにそっちをプレイすれば、きっと何かしらの特典が反映されるという仕組みだろう。
結局、特典とは何だったのか。
キャラクターや出演している声優、ゲームシステムや世界観などは調べればある程度出てくるものの、特典に関する情報だけが不自然なくらいに出てこないので全く見当もつかない。
とはいえ、まだリリースされてもいないし、特典の情報が一切出てこないのだって別に然程おかしくはないのかも。
気になって気になって仕方ないが、ただ待つしかないか。
「兄、できたよ~」
「はいよ、今行く」
部屋の外から緋衣の呼ぶ声が聞こえてきたので、僕はゲームを終了してリビングへと向かう。
テーブルの上に並んだ料理は、どれもプロ顔負けというくらい見た目も味も素晴らしかった。身内贔屓と言われてしまえば、それまでだけど。
僕はゲームのリリース日がかなり楽しみに思いながら、緋衣の料理に舌鼓を打つ。
リリースされた暁には、絶対、必ず、一日の八割ほどはゲームに費やすこととなるだろう。
中学校がある緋衣にはあまり遊ぶ時間はないけど、たとえ一人であってもやりまくるに違いない。
学校に通っていない上にバイトもしていない僕には、時間はたっぷりあるのだから。
今、こんなに期待に胸を膨らませている僕だが。
まだ、知る由もなかったのだ。
この奇跡は、決して幸運によるものではないということに。