一度の失敗を経て
日が暮れた。
街中を見て回るという当初の目的も忘れ、僕はひたすらヴェロニカの犬嫌いを克服するのに協力した。
もうすっかり、暗くなってしまっている。
おそらく、そろそろ夕飯の時刻だろう。
結局、ヴェロニカの犬嫌いはどうなったのか、ということに関してだが。
前置きを省いて、単刀直入に言うと。
たった一日足らずで、この重症にも思える犬嫌いを克服できるわけがなかった。
まだ、触ることすらできていない。
あまり根を詰めすぎるのもよくないと思い、僕たちは休憩も兼ねて夕食と風呂のために宿へ向かう。
「……ごめんなさい」
その道すがら、ヴェロニカが俯き気味にそう漏らした。
もしかしたら、少し自分を責めているのかもしれない。
「しょうがないよ。一日で克服しろって言うのは、さすがに無理な話でしょ」
「でも、こんなに付き合せちゃったし……」
「全くの無関係ではないからなぁ。正直な話、イベリスよりはヴェロニカのほうが……いいかも、なんて」
「そ、そうなの? ありがと」
僕の言葉に、ヴェロニカは照れ臭そうにはにかむ。
イベリスだってもちろんいい子ではあるだろうけど、なんかちょっと怖い。
相当な女好きが故に、僕に何か変なことをしないとも限らないし。
中身は男だけど、体が女であることに変わりはないもんなぁ。ますます男キャラにしとけばよかったか、と後悔してしまう。
だから、そんな不安を覚える相手と比べれば、もっと安心できるヴェロニカのほうが遥かにいい。
ただ、そのためにはヴェロニカに勝ってもらう他ないのだが……どうしよう。
あと二日ほどで、何とかなるのだろうか。
少し、他の方法を考えたほうがいいかもしれない。
などと考えつつ、僕たちは宿に到着する。
また料金を支払って部屋へと案内してもらい、既に空腹だったためレストランへと向かう。
昨日はステーキ定食を頼んで痛い目に遭ったから、今度はオムライス辺りを注文してみる。さすがに、オムライス程度じゃ昨日みたいなことにはならないだろう。
ちなみに、ヴェロニカはカルボナーラだった。また麺類か、というツッコミはしないでおく。
料理が届き、僕たちは黙々と食事を開始した。
会話が少ないのは、別に喧嘩しているとかやましいことがあるとか、そういうわけじゃない。
僕は、頭の中で考えていたのだ。
ヴェロニカに犬を克服させるには、もうあの方法しかないか――と。
「……ねえ、シオン。もしかしてイベリスも、またこの宿に泊まってるのかしら」
夕食を終え、部屋に戻るや否やヴェロニカがそんな問いを投げかけてきた。
そういや、昨日もここに泊まっていたみたいだし、その可能性は大いに有り得るのか。
「そうだね。その可能性は高いと思う」
と、僕がそう返した、直後。
コンコン、と。
不意に、部屋の扉がノックされた。
誰だ……?
宿の人が、僕たちに何か用でもあるのだろうか。
不審がっていると、同じく訝しんでいるらしいヴェロニカが返事をしながら扉を開ける。
すると――。
「ハーイ。こんばんはデス、シオン、ヴェロニカ」
そう。
そこにいたのは、他でもないイベリスだったのである。
「あ、あんた……何であたしたちがこの部屋にいるって分かったのよ?」
「この部屋に入っていくのが見えたからデスよー。何を隠そう、ワタシも隣の部屋に泊まってマスから」
また同じ宿に泊まっているのだろうとは思ったが、まさか隣の部屋だったとは。
これが切ろうとしても切れない腐れ縁というやつか。恐ろしや。
「……で、結局何の用なのよ?」
「そんな邪険にしなくていいじゃないデスかー。ちょっと様子を見に来ただけデスよ」
昨日勝負を申し込まれたからか、ヴェロニカはイベリスのことを完全に敵と認識しているのだろう。
必要以上に警戒しているのが、その証拠だ。
「修行、上手くいってマスか?」
「うっ……あ、あんたには関係ないわ」
「やはは、冷たいデスねぇ」
ヴェロニカの冷めた態度にも、イベリスは笑って意に介さない。
そこで僕も扉のところにまで歩き、話に加わることにした。
「友達、見つかったの?」
「それがまだなんデスよー、どこ行ったのか見当もつきマセン」
この宿には泊まっていないのだろうか。
もしそうなら、この街の別の宿に泊まっているか、もしくは夜も外にいるのか、はたまた別の街に移動してしまっているのか。
別の街に行っている場合、見つけることは難しそうだが……。
「優しいデスね、シオンは。あと二日、シオンが仲間になるのが楽しみデス」
「ちょっと、まだそうなるとは決まってないでしょうが」
「やはは、そうデシタね。それじゃ、また会いマショウ。おやすみデス」
それだけを言って、イベリスは自分の部屋まで戻っていく。
あの様子を見た感じだと、自分の勝利を信じて疑っていない。
ということは、それだけの自信を抱くほどの手練れなのか、もしくはただのお調子者なのか。
イベリスの場合、どっちも有り得そうだ。
「全く、ほんとに何しに来たのよ……」
若干の苛立ちを滲ませながら、ヴェロニカはベッドへと戻る。
僕も後ろについて行き、後ろから声をかけた。
「明日、ちょっとやりたいことがあるんだけど、いいかな」
「やりたいこと?」
「うん。ヴェロニカの犬嫌いを克服させるのにも、いいと思う」
「よく分からないけど、もし克服できるなら任せるわ」
よくもまあ、詳しい内容も聞かずに了承してくれたもんだ。
それだけ、信頼してくれているっていうことだろうか。
素直に嬉しい。
それから暫くして、僕たちは明日に備えて早めに就寝した。




