最大の武器で、最大の弱点
何故か僕の取り合いみたいな形で、イベリスから勝負を申し込まれたヴェロニカ。
うーん、どうしてこんなことになったのか。
別に、僕はそんな取り合いをするほど有能でもないと思うんだけども。
まあ、二人とも有能だからっていう理由ではなかった。
ヴェロニカは一人になると心細いから、イベリスは……僕の今の容姿が好みだから。
ヴェロニカはまだしも、やっぱりイベリスはよく分からない。
「……で、どうするの? 勝てるの?」
「正直、自信はない。でも、やるしかないわ」
そう意気込むヴェロニカだったが、その声は若干震えていた。
不安なんだろう。
無理もない。ヴェロニカは精霊使いだというのに、肝心の精霊(犬)が怖くて使役するどころではないみたいだし。
勝つ以前の問題な気がする。
「ねえ、シオン。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかしら」
「うん?」
「三日間。あたしの修行に付き合ってくれない?」
修行、か。
少しでもイベリスに勝てる確率を上げるために、自分自身を強くしようってことだろう。
よほど負けたくないらしい。
ヴェロニカは負けず嫌いっぽいもんなぁ。
一応、ヴェロニカは僕の仲間だ。最初からずっと一緒に行動している、数少ない仲間だ。コンビと言ってもいいかもしれない。
その時点で、僕には特に断る理由はなかった。
「いいよ。ヴェロニカが強くなることは、いいことだと思うし」
「ありがと、シオン」
僕の承諾を受け、ヴェロニカは嬉しそうにはにかんで笑う。
僕もヴェロニカも、まだレベルは3しかない。
イベリスがどれくらい強いのかは不明だが、ちょっとでもレベルを上げておくに越したことはないだろう。
ここがゲーム世界ならば、やはりレベルを上げれば上げるほど強くなるんだろうから。
しかし、ヴェロニカの場合はレベルを上げるだけでは意味がないかもしれない。
最大の武器でありながら、最大の弱点。
それを上手く武器として機能できるように、克服しなければいけないだろう。
「じゃ、早速始める? 三日後なんて、あんまりのんびりしてる暇はないよ」
「えっ。も、もう?」
「……さっきの意気込みはどうした。早くしないと、ほんとに時間なくなるよ」
「わ、分かったわよ。やりましょう」
とりあえず街中ではやらないほうがいいだろうということで、僕たちはアンブレットから出て、すぐ近くの草原へ向かう。
ここなら障害物はあまりないし、周りに人もいないため安心できる。
唯一の問題点を挙げるとすれば、途中で魔物が襲ってくる可能性があるということくらいか。
でも、かなり近くに街があるから大丈夫だとは思う。
「強くなる前に、まずは犬嫌いを克服しよう。精霊出して」
「う、うん」
どこか渋々といった様子で、少し逡巡しながらも両手のひらを前に突き出す。
数秒の詠唱ののち、ヴェロニカの眼前に精霊――赤い犬が顕現した。
「ひぃぅっ!?」
自分で呼び出したにも拘わらず、瞬時に顔面蒼白となった。
本当に心の底から苦手なんだなぁ……。
それは仕方ないことだけど、いちいち僕の後ろに隠れるのはやめてください。
「ほら、隠れてちゃ意味ないでしょ」
「分かってる……分かってるわよ……っ」
口ではそう繰り返してはいるものの、一向に僕の背後から出ていこうとしない。
大丈夫かな、これ。
まあ、最初はこんなもんか。
ただ時間が全然ないから、できれば一日半くらいで克服してもらわなければ修行ができなくなる。
こうなったら、少しくらいは荒療治でいくしかない。
「ほら、もっと前に出て」
言いながら、ヴェロニカの背を強く押す。
突然のことに上手く反応できなかったのか、躓いてしまう。
犬の、すぐ数センチほどの距離に。
「~~~~~っっ!?!?」
犬がヴェロニカに擦り寄ろうとするも、それより幾ばくか早く、また僕の背後に身を隠してしまう。
さすがに、この精霊が可哀想になってくる。
「はぁ……はぁ……あ、あんたねっ! 今まで以上に悪化しちゃったら、どうするつもりよっ! もっと限度が……順序ってものがあるでしょうがっ!!」
泣きそうな顔で、めちゃくちゃ怒られてしまった。
何たる理不尽。
このままだと、永遠に終わらない気がするぞ。どうすんの。
「ほら、頑張って」
「うぅぅ……触ろうとはしてるのよ……」
「いや、僕の後ろに隠れることしかしてないからね?」
「で、でも、昨日と比べたら、ちょっと距離が縮まってると思わない!?」
「全く思わない。何も変わってないよ」
「シオン、なんかちょっと冷めてない?」
「気のせいだから、はよやれっ!」
「うぁ、シオンが怒った……」
め、めんどくさい……。
いつもはもっと、毅然としているのに。
犬のことになると、途端に幼児退行しやがる。いらないギャップだなぁ。
などと考えていると、ようやく意を決したのか僕の後ろから一歩踏み出す。
そして犬に触ろうとして――その指先が毛に触れた瞬間。
「っ!! んにゃぁぁあっっ!?」
そんな猫みたいな奇声をあげ、またもや僕の背後に陣取る。
何回繰り返すんだ……。
ヴェロニカに犬を克服させるのなんて、蜂にポテトチップスを食べさせるくらい難しいのではなかろうか。
自分で言ってて、そのたとえはよく分からないけども。
「ヴェロニカ……」
「だ、だって! 今ぞわってした! ぞわってしたもん! ぞわって!」
「……もんって」
僕は色々な感情が綯い交ぜになった溜め息を、深々と吐く。
これは……かなり長引くぞ……。
僕は、今の段階で既に若干の絶望を感じていた。




