下らない邂逅
昨日の浴場で、僕たちが偶然居合わせただけだが。
あのとき、友達と思しき女と喧嘩していた女が、すぐそこで俯いて元気なさそうに歩いていた。
歩幅がとても狭く、前へ進むのにかなりの時間を要している。
それだけで、如何に意気消沈しているのか分かってしまった。
おそらく、昨日喧嘩別れしてから、まだ仲直りできていないのだろう。
――「もういいっ! あんたなんか、飢え死にしちゃえばいいじゃんっ!!」
あの形相と声色は、相当な怒りを孕んでいた気がする。
そんなことを言われて、あの子はどう感じたのだろう。
そんなことを言って、あの子はどう思ったのだろう。
なんて、赤の他人である僕にはどうでもいいことか。
ただ近くにいたというだけで、そこに直接的な関係などないのだから。
あそこで俯いて歩いているのは、飢え死にしちゃえばいい、と言われたほうの女。
そりゃあ同情してしまう気持ちは当然あるけど、どっちが悪いのかとか、どういう経緯であの喧嘩に至ったのかとか何も知らないため何とも言えない。
だから、僕は目を逸ら――そうと、して。
突然こちらを向いてきた女と、目が合ってしまった。
かと思えば、何やら僕たちのところまで歩いてくる。さっきまでとは違い、ちゃんとした歩幅で。
そして――。
「……あ、あの、もしかして、昨日宿のお風呂にいた二人、デスか?」
そう、声をかけてきたのだ。
一瞬面食らってしまったものの、とりあえず返答はしておく。
「そ、そうだけど、何で覚えてるの?」
「やはは、記憶力にはちょっと自信あるんデスよ。何だか可愛い女の子がいるなと思ってマシタから」
何だろう。さっきまではあんなに落ち込んでいそうだったのに、こうして話してみると普通に明るいじゃないか。
他人が相手だから、そう振る舞っているだけなのかもしれないけど。
「昨日あそこにいたということは、ワタシのことも覚えてマスよね?」
「もちろん覚えてるわよ。あんなところで、あんな大喧嘩してればね」
女の問いに、僕ではなくヴェロニカが答えた。
確かにその通りだが、きっと気にしてるんだろうから言い方はもうちょっと考えたほうがいいのでは……。
でも、当の本人は全く意に介した様子もなく、ただ右手を後頭部に当てて笑うだけ。
「やはは、そりゃそうデスよね。知っての通り、友達と喧嘩しちゃいマシタ」
本当は傷ついているくせに、本当は悲しいくせに、本当は苦しいくせに。
まるで何でもないことかのように、事情を説明してくる。
「最初は、仲が良かったんデスよ。まだ知り合ってから数時間ほどしか経っていマセンでしたが、すぐに仲良くなれマシタ。この街に着いた頃には夜だったので、宿に泊まったんデスけど……お風呂で、あんなことになっちゃうとは思いませんデシタ」
「結局、何が原因だったのよ」
「やはは、お恥ずかしい限りなんデスけど。ワタシ、実は可愛い女の子が大好きなんデス。お風呂場で、その、ちょっと興奮しすぎちゃいマシて……」
「へっ?」
僕とヴェロニカが、ほぼ同時に素っ頓狂な声を漏らす。
何というか、ただただ予想外な理由である。
百合、ということでしょうか。
興奮しすぎて、の後に何をしたのかまでは教えてもらっていないから知らないけど、さすがに訊くことすらできない。
裸を見てテンションが上がった程度ならいいのだが、多分あの怒りは相当なことしたんだろうなぁ。
「しかもデスね、その友達もワタシほどじゃないにしろかなりそっち方面の人だったみたいなんデスよ。ワタシが女湯の子の胸を揉んだりしているだけで、もう激おこで……」
「わ、分かった。原因はもう分かったから、それ以上言わなくていいわ……」
もっと深刻な感じなのかと思いきや、意外すぎる真相でヴェロニカも頭を抱えてしまっていた。
心配していた時間を返せ。
「でも、デスよ。ワタシは確かに女の子大好きデスが、誰でもいいわけじゃないんデス。
もちろん女の子なら誰でもいけることに変わりはないデスけど、ワタシにだって好みというものがデスね……!」
「そんなこと聞いてないわよっ!」
突然自分の好みについて饒舌に語ろうとする女に、ヴェロニカが思わず突っ込む。
これは、思っていた以上の変人だった……。
別に同性愛を否定したりはしないし、そういうのもアリだとは思うけども。
「やははー、ごめんなさいデス。そういえば、名前と職業、よければ教えてもらってもいいデスか?」
「あたしはヴェロニカ。精霊使いよ」
「シオン、職業は吸血鬼」
「ほほお、ヴェロニカにシオンデスね! ワタシはイベリスって言いマス! 職業は、魔法戦士デス」
魔法戦士っていうのは、確か剣に魔法の力を込めて攻撃を放ったり、補助魔法を使ったりとかだったような気がする。
いいなあ、普通にカッコいいなあ。
こうして他の職業を見ると、時折そっちにしておけばよかったかなって思ってしまうこともあるのだ。
もちろん、吸血鬼もかなりいいとは思うけど。
「いやぁ、それにしてもビックリしマシタ。目が覚めたら、いきなり見知らぬところにいるんデスから。そのときに近くにいた子とも、今は喧嘩しちゃってどこにいるのかも分からない状態デスし……」
「ちょ、ちょっと待って!」
思わず、イベリスの言葉を途中で遮ってしまった。
今の発言は、見逃すわけにはいかない。
制作者がゲーム内に作り出したノンプレイヤーキャラならば、おそらく口にしないような台詞だったのだから。
「も、もしかしてそれって、イベリスもこのゲームのプレイヤーってこと……?」
「……え? シオンたちも、なんデスか?」
それは、予想外すぎる邂逅だった。




