数々の災難たち
――翌朝。
僕は、何者かに体を揺すられて目が覚めた。
重たい瞼を開いて見てみれば、ヴェロニカが僕の体を揺すりながら顔を覗き込んできている。
僕はあくびを噛み殺しながら、上体を起こす。
「……おふぁよ、ふぇろにか……ふぁ~あ」
「おはよ、シオン。随分眠そうね」
「んんむ……だいじょぶ……顔、洗ってくる」
僕は覚束ない足取りで洗面所へと向かい、顔を洗う。
冷たい水を浴びて、少し意識がはっきりしてきた。
吸血鬼になったことが原因かどうかは分からないが、どうも朝に弱くなってしまっているようだ。元々強いほうではなかったものの、今は明らかに弱くなっている。
とはいえ、漫画やアニメなどに登場する吸血鬼のように、日中に寝て夜中に起きるという生活サイクルじゃないだけまだよかった。
そんな昼夜逆転の生活だと大変だし、ヴェロニカと行動するのも難しそうだから。
僕は洗顔と歯磨きを終え、再びヴェロニカが待っているであろう部屋に戻る。
「……ふぇろにかぁ、いつ頃行く~?」
「誰よ、ふぇろにかって。まだ目、覚めてないじゃない」
ジト目で突っ込まれたかと思うと、ヴェロニカの手が僕の顔にまで伸び――。
むにぃっと、力強く頬を引っ張られた。
「ひ、痛い痛い! もう、覚めたからっ!」
「あ、そう? それならよかったわ」
ようやく離してくれたが、まだ頬は若干ひりひりと痛む。
自分の頬を撫でながら、ヴェロニカを睨みつける。
「この暴力系ヒロインめ……」
「失礼ね。せっかく起こしてあげたのに」
「もうちょっと方法考えてくんない!?」
でもまあ、確かにヴェロニカのおかげで目は覚めたけど。
だからといって、素直に感謝するのは癪だな……。
せめて感謝の気持ちは心の片隅だけに留めておこう。
「……じゃ、そろそろ行こう。あんまりのんびりしてたら、あっという間に時間がなくなりそうだし」
「そうね。まずはどこから行くか決めてるの?」
「それは……まあ、そのときの流れでいいでしょ」
「わりと適当なのね……」
昨日は今日の予定とか色々考えはしたものの、そもそも僕は計画を立てるのなんて苦手なのだ。
だから、そのときの気分などで考えたい。
あと、一番の理由なのだが。
この街にどういう店や施設があるのか、ほとんど何も知らない。
もう完全に初見のものばかりだからなぁ。
などと考えつつ、僕たちは部屋を出て宿を後にする。
アンブレットは王都だ。
当然、狭いわけがないだろう。
おそらく途轍もなく広くて、一日では回りきれないかもしれない。
明日になってしまう可能性もあるが、とりあえず今日のうちに半分以上は見て回れるように、早めに行かないと。
まるで中世ヨーロッパのような町並みを、二人で肩を並べて歩く。
宿から歩いて、およそ十数分ほど経った頃。
一際広い空間に辿り着いた。
道が円状に広がっており、そこから四方向に分岐している。
更に、店と思しき建物も幾つか軒を連ね、中央には看板らしき物体が立っている。
ここは、広場といったところか。
「あれ、何かしら」
何やらヴェロニカが怪訝そうな面持ちで、中央の看板らしきものに近づいていく。
僕も後を追っていくと、ただの看板ではないことに気づいた。
紙が、何枚も貼られている。
文字を読んでいけば、依頼主の名前、依頼の内容、報酬などと書かれていた。
つまり、これはクエスト掲示板のようなものだろう。
何か困ったことがあれば、ここに依頼の内容を記した紙を貼って、誰かが応じてくれるのを待つわけか。
依頼主が様々なだけあって、当然報酬の内容も千差万別である。
ただ、比較的やりやすいもの、簡単なものなどは報酬は少なく、逆に強い魔物を討伐したりなどの難しそうなものは報酬も多くなっていた。
まだ依頼を受ける予定はないけど、いつか受けるとしたら簡単なものからがいいだろう。
レベルが3しかない今の段階だと、魔物を討伐するだけでも一苦労しそうだ。下手したら、こっちがやられてしまう可能性もある。
「ねぇシオン、ちょっとこれ見て」
ふとヴェロニカが一枚の依頼を指差す。
そこには、こう書かれていた。
曰く、キマイラという魔物に大事なものを奪われた――と。
魔物討伐系の依頼だからか、報酬は2430ウィロ。他の依頼と比べても、かなり高額である。
それだけ、強い魔物との戦闘を強いられてしまうのだろうか。
依頼を受ける場合は、依頼主のところまで来てほしい、と、この街の住所まで記されている。
なかなかに高難易度のクエストっぽい。
「き、キマイラ……日本にいる虫とか動物をモチーフにしたやつ以外にも、魔物っていたんだ……」
「そこじゃないわよ。大事なものって何なのかしらね」
「さぁ? 自分が大事にしてた宝物とか、そういうのじゃない?」
「魔物がそんなの奪うのかしら。もしかしたら、大事な人の命とか……」
「は、はは……まさか」
まあ、相手は魔物だ。
しかも、この依頼を見た感じだと、僕たちが戦った犬やダンゴムシの魔物よりは遥かに強そうな。
だから、誰かを殺していても無理はない……のかもしれないが。
「どっちにしろ、今の僕たちじゃ多分無理だよ。勝てっこないと思う」
「それもそうね。早く強くなって、こういう依頼がなくなるようにしたいものだわ」
「急にヴェロニカが主人公みたいなこと言い出した……」
気持ちは分かるが、不可能な夢物語だ。
僕もできるならそうしたいけど、何億人とか存在する人たちの依頼を全てなくすのはさすがに無理だろう。
今は街を見て回るという目的でいるため、依頼を受ける必要はない。
そう思って顔を逸らし――不意に、僕の視点がとある一点で固まってしまう。
膝の辺りまでのスカートに、へそと肘を露出させた服を纏った女。
水色の長髪は首の後ろで一つに束ね、腰には白銀の剣を提げている。
何やらトボトボと、元気なさそうに俯いて歩いている。
ここからだと、少し顔は見にくいものの、どこかで見たことあるような気がしたのだ。
そう。あれは確か……。
昨日の、風呂場で。




