東――歪な悪意
「はぁ……はぁ……」
乱れた息を整えながら、辺りを見回す。
隣には、同じように息を乱れさせたヒゴロモ。
僕――シオンの右手には、血でできた剣。
そして、目の前には。
息を乱れさせた様子もなく、笑顔で立ち尽くすダチュラの姿が。
その左手には、半透明の長剣が握られていた。
彼自身が説明してくれたが、どうやらあの長剣は実物ではないらしい。
幻術師の能力によって生み出された、幻とのことだ。
だから顕現も消滅も自由自在で、斬りかかってきたかと思ったら手の中に剣がなく、逆に持っていないからと言って注意を怠っていたら気づかないうちに斬られていたなどという事態にも陥ってしまう。
常に糸目の笑顔で、そんな搦め手を使っていたのだ。
つい先ほどまで、僕たちはダチュラと戦っていた。
ヒゴロモの血を貰って吸血状態となり、すぐに僕とダチュラの剣戟が始まった。
更に、ヒゴロモが魔物を呼び、サポートもしてくれたのだ。
なのに、ダチュラに一撃も傷を与えることはできなかった。
そう。笑顔を崩すことすらも。
でも、そうやって戦っているうちに、僕の中で疑問が生じた。
ダチュラは、本当に僕と戦う気があるのか。本当に、僕たちを〈十花〉に誘う気があるのか。
前述の通り搦め手を使ってきてはいたものの、そこに殺意というものはあまり感じられず。
それ以外の行動はと言えば、ただ、ヒゴロモが使役する魔物や僕の攻撃を剣で防いだり去なしたりするだけ。
まるで。
ローレルとは違った意味で、この戦い自体を楽しんでいるか。
もしくは、何かしらの時間稼ぎをしているかのような――。
「あははっ、上出来です。ボスが君たちを大事に思う気持ちも、少し分かる気がします」
「……何で、本気を出さないの?」
ボスの正体とか、大事に思うってのはどういうことなのか、とか。
他にも訊きたいことはいっぱいあったけど、まずは先ほどの戦闘中に疑問に思ったことを訪ねてみることにした。
「決まっているじゃないですか。僕の目的は、君たちを殺すことではありませんからね」
そうか。ダチュラたち〈十花〉は、自分たちと似たような境遇の者を仲間へと誘っている。
そこに僕もヒゴロモも含まれている以上、殺すわけにはいかないってことだろう。
かつて、ヒースやローレルなどはそんなことを気にせず殺しに来ていた気はするが。
ちゃんと、ダチュラみたいにボスの命令を忠実に果たそうとしている者もいるのか。
「それに、君たちはボスのお気に入りですから」
「お気に入り?」
「ええ。辛い過去を持っている他のみなさんのことも当然仲間に加えたいとは思っているようですが、特にシオンさんやヒゴロモさんのことを優先しているようですよ」
意味が分からない。
ボスとやらは、僕たちとの接点なんてどこにもないだろう。
……いや。
僕が気づいていないだけで、どこかで会ったことがあるのか?
たとえそうだったとしても、優先する理由なんかどこにもないはずだ。
「どういうこと? ボスって、誰なの?」
「どういうこと、ですか。当然だと思いますよ。何故なら、君たちはボスの――」
途中で、ダチュラの言葉が途切れた。
常に笑顔だったダチュラの表情に、ほんの一瞬だけ影が生じる。
そしてダチュラは半透明な剣を消滅させ、僕たちに背を向けた。
「……っと、すいません。どうやら、僕の仲間が負けてしまったようです」
仲間……ということは、別の塔にいるはずのローレルだろうか。
だとしたら、みんなが何とか勝利してくれたのだろう。
やっぱり、僕の不安なんて杞憂に終わったらしい。
ここにいるダチュラが、どうして仲間の敗北に気づいたのか……と少し疑問に思ってしまったが、そのすぐあとに思い出した。
そういや、ここはゲームの世界。
最近あまり確認していなかったが、自分のステータスや同じパーティに属している仲間のステータスなどを確認することができる。
ステータス内にあるHPという項目が0になってしまえば、その者は死亡した、ということになるのだった。
「それでは、僕はこれで失礼させてもらいます」
そう言って、ダチュラは拍手をした。
その瞬間、さっきまで広いだけで何もなかったこの空間の至るところに、たくさんの壁が出現した。
先ほどの水や鮫が消えたときもしていたことから、おそらく拍手は幻術を解く手段。
つまり今、幻術を解除したということになるわけで。
だったら、さっきの何もなかった空間は一体何なのかという話になるわけで。
「……え? 何、この壁。一体、いつから……」
「いつから? だから、さっきも言ったじゃないですか。初めから、ですよ」
ダチュラが使っていた幻術は、あの水と鮫だけではなかったのか?
あれを解除した途端に、もう一つ別の幻術を行い、何もないだだっ広い空間を見せていただけ?
まだ、こうやって騙す程度にしか使っていないが、この幻術を攻撃手段にすれば。
脅威、なんてレベルじゃなくなるじゃないか。
「本当はもっと戦っていたいのですが、〈キーワ〉や〈十花〉の仲間が敗北を喫してしまった場合は、戦闘中であっても帰るのがルールとなっていましてね。腐っても、彼らは仲間なので。追悼が必要なんです」
……追悼。
何だよ、それ。
ローレルは死んだヒースのことを悪く言っていたが、〈十花〉もちゃんと仲間思いなところもあるんじゃないか。
でも、それはそうだろう。
彼らだって、根っからの悪人というわけではないのだ。
ただ辛い過去があって、友人や家族や仲間からの愛情に飢えて、その結果どうしようもなく歪んで――世界を憎んでしまうようになっただけ。
だからこそ、辛かった。
そんな人たちと、こうやって争わなくてはいけない現実が。
「最後に、もう一度だけ問います。シオンさん、そしてヒゴロモさん。僕たちの仲間になりませんか? 〈十花〉には、ちょうど二人分の穴ができたところですし、君たちなら良待遇も約束できると思いますが」
オオバコとローレルが死亡し、〈十花〉は八人となった。
その欠けた穴を、僕たちで埋めようとしているのか。
「……ごめん。君たちのチームに入ることはできない」
彼らに同情はできるし、僕たちも辛い過去があったのだから、そういう意味では同じと言える。
だけど、それでもやっぱり〈十花〉に加わるわけにはいかないのだ。
もう、現実から逃げることをやめたから。
もう、守るべき存在を見つけたから。
「分かりました。それなら、今は諦めておきます。ですが、いつか君たちは僕たちのところへやってくると信じています。そのほうが、君たちにとっても幸せなはずですから」
最後に、それだけを告げて。
ダチュラの体が徐々に半透明になっていき、やがて完全に消滅した。
いなくなったのを確認するや否や、僕も剣を消し、ヒゴロモは魔物を帰す。
と、次の瞬間。
どこからともなく、ゴゴゴと重々しい物音が鳴り響いた。
「兄、この音……」
「とりあえず、戻ってみよう」
僕たちは、訝しみながらも来た道を戻っていく。
やがて一階に辿り着くと、あの大きな門扉が開け放たれていることに気づいた。
やはり、さっきの音はこの扉が開いた音だったらしい。
ダチュラが言っていた、言葉の真意。
今後も何度か遭遇してしまうであろう、〈キーワ〉や〈十花〉の人々。
まだ気になることはたくさんあるが、とりあえず僕たちは扉の外に出た。
仲間のみんなと、再会するために。




