北――これが血の感触
「……ぐっ、ぅがぁぁぁああぁぁぁあッ!」
穿たれた傷穴から大量の鮮血が迸り、ローレルは自身の腕を押さえながら座り込む。
その際、さっきまで首を掴まれていたアマリリスは支えを失ったことで落下し、尻餅をつく。
今まで攻撃を受けても、自身の体が傷ついても、楽しそうに笑うばかりだったローレルが。
初めて、激痛に耐えるように唸り続けていた。
「はぁ……はぁ……おめえ……ッ」
肩越しに振り向き、うちを睨む。
その目は、憤怒や憎悪に彩られているような気がした。
「ボスの命令なんざ知ったこっちゃねえ……ッ! まずはおめえを、ぶっ殺すッ!」
斧を握り締め、ローレルは駆け出す。
さっきまでの楽しそうな表情とは一転して、鬼のような形相で、うちのほうへ。
ローレルは、戦闘狂だった。
そう。戦うことが、何より好きな男だったのだ。
それこそ、自分が大きな攻撃を食らうことすら喜んでしまうほどの。
だから、今の変わりようが信じられなかった。
その程度、たった一発の銃弾を腕に受けただけで、ここまで憎しみを露にするだなんて。
などと、思考する余裕すら疾うになかった。
うちの背後から強風が吹き、素早く回避することができない中、ローレルが全速力で迫ってきている。
うちは咄嗟に、銃を何度も撃った。
腹に一発。
肩に一発。
脚に一発。
それなのに、ローレルは止まらない。
痛む素振りすら見せず、ただ真っ直ぐ迫ってくるだけ。
やはり、おかしい。
腕のときと比べて、こうも違うのは一体――。
やがて、ローレルはうちの眼前にまで到達してしまい。
その大きな斧を、力の限り振り下ろした。
「ネリネちゃん……っ!」
瞬間、アマリリスの叫び声が聞こえて。
間髪入れず、ローレルの唸り声が続いた。
「……が……ぁ……?」
自分自身さえも理解できていないような、疑問符混じりの唸り声。
斧がうちの体に到達することなく、ローレルの手から離れて床に落下した。
ゆっくり、ローレルは下を見下ろす。
うちも、怪訝に思いながらローレルの腹部を見る――と。
大きな穴が穿たれていた。
その穴の中を、一筋の棒状の光が貫いている。
とても太く、大きな光が。
「……んだあ……? こりゃあ……」
ローレルの声も、足も、徐々に力を失っていく。
そして、あまり長い時間はかけずに、俯せで倒れてしまった。
大量の血が溢れ、ローレルの巨体はぴくりとも動かない。
これは……死んでしまったのだろうか。
いや、この状態で生きているほうがおかしい。
〈十花〉のローレルは、今ここで命を散らしたのだった。
「大丈夫? ネリネちゃん」
先ほどの光を消し、アマリリスが近づいてくる。
ローレルを殺した光の攻撃は、やはりアマリリスが放ったもの。
つまり、うちは救われたわけになるのか。不本意だけど。
「……ん」
うちは、短く頷いた。
お礼の言葉を発するのは、何だか少し癪だから。
「人を殺すのって、こんな感じ、なんだね……。できれば、もう二度とやりたくないや」
自分の手のひらを眺めながら、そう呟くアマリリスに。
どんな言葉をかければいいのか分からず、また「……ん」と頷きを返す。
そうやって、殺すことに躊躇えるのはいいことだ。
この世界の常識に慣れ、それこそ〈十花〉のように人を殺すことも躊躇しないようになってしまってはいけない。
アマリリスや、シオンたちみたいな善人は尚更に。
うちは、もう手遅れかもしれないけど。
階段を上った先は、屋上になっていた。
中央には、赤くて丸いスイッチが置かれている。
アマリリスが好奇心で迷いもせずに押してしまい、どこからともなくゴゴゴといった音が鳴り響く。
他には何もなかったため来た道を戻ると、ローレルの遺体は既に消滅してしまっていた。
命を失ったから、遺体ごとこの世界から消えてしまったのだろう。
そうして、最初は口数の多かったアマリリスさえ無言のまま階段を下り続け。
一階に辿り着くと、固く閉じられていたはずの扉が開いていた。
「よかった……やっと出られるみたいだよ、ネリネちゃん」
アマリリスが笑顔を見せ、扉に向かって駆け出す。
うちも後ろを追い、ようやく外に出る。
雨雲に覆われており、すぐに雨に濡れてしまったが……塔の中にいるよりは何倍もマシだ。
と、そこで、他のみんなも既に塔の外に出ていたことに気づく。
あの二人、シオンとヒゴロモを除いて。
「ネリネ! 無事だったんデスねー」
「……ん。当たり前」
抱きついてこようとするイベリスを躱しながら、短く答える。
うちが避けたら何故か涙目になっていたが、無視しておこう。
「あの二人は何をしているのだ……。我を待たせるとは、万死に値するぞ……っ!」
ガーベラが憤っているが、うちは分かっている。
あの二人は、おそらく今もう一人の〈十花〉と戦っているはず。
本当は向かいたかったけど、扉は変わらず開く様子がない。
やはり、二人に任せるしかないようだ。
「ネリネ。ヴェロニカとカルミアの様子が変なんデスけど、どうしたんデショウ?」
イベリスに言われ、ヴェロニカとカルミアへ視線を移動させる。
確かに、お互い目を合わせようとはせず、不自然なほどに気まずい雰囲気が漂っている気がした。
二人は一緒に塔の中に入ったはずだが、中で何かあったのだろうか。
見当はつかないし、別にどうでもいいけど。
「……知らない。本人に訊けばいいんじゃないの」
「訊きマシタよ! でも教えてくれないんデスよ!」
「……イベリスだからじゃ」
「どういう意味デスかっ!」
うちもイベリスには自分の秘密とか絶対教えたくないし、そういうことかと思ったが。
ただ、誰にも言いたくないことなんて誰にもあるだろうから放っておけばいいのに。
残る一つの塔を眺めながら、うちは嘆息を漏らした。




