北――その風に乗せて
乾いた銃声が鳴り響く。
口火を切った弾丸が、真っ直ぐローレルへと吸い込まれるようにして飛ぶ。
ローレルの正面から、うちは堂々と撃った。
だというのに、ローレルは避ける素振りを見せない。
それどころか、ニヤリと笑みを浮かべるだけで、身動き一つ取る様子がない。
そんな彼の態度に訝しんでいると、不意に。
ついさっきまで真っ直ぐ空中を飛んでいた銃弾が、突如として別方向に軌道を変えた。
銃弾は右に逸れ、勢いを失ったところで壁に当たり、地面に落下する。
うちは何もしていない。
ローレルも何もしている様子などない。
銃弾が勝手に、意図していない方向へ飛んでいってしまったのだ。
その直後、突然横から強風が吹き荒び、咄嗟に腕で顔を覆う。
左側から、部屋中を包み込むかのように風が吹いたのだ。
髪や服が荒々しく乱れ、まともに立ってすらいられなくなるほどの強風が。
それでも、ローレルは微動だにしていない。
髪が靡き服も乱れていることから、ローレルが立っている箇所でも同じように風が吹いているはずなのに。
ローレルの場合、あの巨体のおかげなのかもしれない。
「がはははッ! ちったあ鍛えが足んねえんじゃねえかあ?」
腕で顔を覆いながら、薄く目を開く。
ローレルが斧を構えて地面を蹴り、こちらへ向かって駆け出すのが見えた。
この風じゃ上手く銃で攻撃することもできないし、そもそも反応すら遅れてしまう。
案の定、気がついたときには、すぐ目の前にまでローレルの巨体が迫っており――。
瞬間、指パッチンの音が聞こえた。
途端に辺りを眩い光が包み込み、思わず目を開けていられなくなる。
そんなうちの手を、突然横から力強く引っ張られた。
「ネリネちゃん、とりあえずこっち!」
そんな、アマリリスの声とともに。
風が吹いているのがこの階だけなら下に下りれば問題はない……と思っていたが、やはりそう上手くはいかなかった。
階段のもとまで駆けた途端、下から壁が生えてきて階段を塞ぐ。
下だけでなく、上へ行くことすらできなくなってしまったのだった。
「……く」
短く唸り、アマリリスはうちの手を引いたまま走る。
とにかくローレルの位置から離れ、壁の隅のほうへと。
やがて、対角線上のところにまで走り、ようやく足を止めた。
ローレルはまだ眩しいのか、両目を大きな手のひらで覆っている。
「……今のは……」
「ああ、一応あたしの光魔法。攻撃には使えないけど、こうやって足止めには使えるんだよ。すごいっしょ」
正直、アマリリスの力を少し侮っていたかもしれない。
光奏師の能力とやらは、思っていたより使えるようだ。
現に、あのローレルにここまでの隙が生じてしまっている。
でも、油断はできない。
こんなに風が吹いていては、銃弾を命中させることは難しくなる。
通常時ならまだしも、今はかなりハンデを背負っている状態なのだ。
「あー……やっと見える。下らねえことしてねえで、さっさと殺す気で来やがれ」
ローレルが、こっちを振り向く。
おそらくさっきの不意打ちは、そう何度も通用しないだろう。
ここからは、うちの銃とアマリリスの光魔法で何とか打倒するしかない。
「ネリネちゃん、巻き込まれないように下がってて」
突然アマリリスに言われ、うちは訝しみながら二歩ほど後退する。
するとアマリリスは指パッチンをし、手のひらの上に光の球体を出現させる。しかも、今度は両手に二つ。
更に、アマリリスの背後、頭部の後ろ辺りにも二つの光の球体が現れた。
そして、両手の球体をローレルへ目掛けて放り投げた。
さすがに距離が遠すぎて届かないだろう……だなんて不安は、すぐに解消される。
ふわふわと浮遊しながら向かっていき、やがてローレルの目前にまで到達したことで。
「何だあ? よく分かんねえが、ぶっ壊しちまえばいいだろ」
二つの球体に大きな斧をなぎ払うと、爆発したかのように弾け、ローレルの周囲をまたもや光が包み込む。
突然のことに両目を手で塞ぎ、顔を背ける。
アマリリスは、その隙を見逃したりなんてしなかった。
アマリリスの頭部の後ろに浮かんでいた二つの球体が、棒状へと変形を始める。
光線の如く、ローレルへ真っ直ぐ伸びた。
この間、たったの一秒か二秒程度。
「ちッ……」
荒々しく舌打ちしながら斧で防ごうと試みるも、あの巨体ですら光線に押される。
しかも、光線の威力は徐々に増し、ローレルの体は後ろへ後ろへ押され――やがて、壁に激突してしまう。
そこへ、追い打ちとばかりにもう一本の光線が襲いかかった。
容赦のない連続攻撃だ。
いくらローレルと言えど、あれをまともに食らってしまえば少なくとも無事では済まないだろう。
そう思ってしまったのも束の間、あの笑い声が、すぐに響いてきた。
「がはは、がはははははッ! ああ、いい。最高の時間だ」
恍惚とした声色で叫び、ローレルは立ち上がる。
目立つような傷は、どこにもなかった。
「やっぱり戦いっつーのは、こうでなくちゃ面白くねえよなあッ!」
斧を構え、駆け出す。
咄嗟に銃を撃つことで応戦するも、風のせいで狙った箇所へ命中しなかったり、斧で防がれたりと、全く効く様子はない。
うちは、銃しかできることがないのに……全く、効かなかった。
「ネリネちゃん……っ!」
不意に、横から腕が伸びた。
横から体を押され、うちはすぐに反応することができず、床に転倒してしまう。
そこを、ローレルの巨体が通り過ぎた。
「かは……っ」
ローレルの大きな手が、アマリリスの首を掴む。
そのまま持ち上げられ、アマリリスの足が地面から浮く。
「まずはおめえからだ。おめえは連れて来いなんて言われてねえから、ここでぶっ殺しちまっても何も問題はねえだろうしなあ」
「く、うぅ……っ」
ローレルの手の中で、アマリリスは苦しそうに呻く。
このままだと、アマリリスは殺られてしまう。
このままだと、うちは何もできないまま終わってしまう。
でも、うちの攻撃手段は二丁の銃のみ。
つまり、完全なる遠距離攻撃タイプだ。
この風が吹き荒ぶ空間での戦闘には、最も適していない。
……いや。本当に、そうなのだろうか。
この風は、ある一定の方角にのみ吹いている。
さっきまでは、横から風が吹いていたせいで、銃弾を標的から逸らされてしまったが。
ほんの少し、自分の位置と標的の位置、更に銃口を向ける方角を変えるだけで――。
――この風は、一転して自分の味方へと変ずる。
「……」
ローレルに気づかれないよう、そしてアマリリスが粘ってくれるよう願いながら。
立ち上がり、ゆっくりローレルの斜め後ろへ移動する。
風を背にすると、まともに立っていられなくなるくらい前に押されそうになるが……足に力を込め、必死に耐える。
自分の体で風を遮ってしまっているため、うちは少し斜めを向く。
銃を構え、ローレルの背中へ銃口を向け、威力を込める。
最大限の攻撃力を以て、奴を狙撃できるように。
「がははははッ! ちったあ楽しませてくれたが、ここまでみてえだなあ」
ローレルが野太い笑い声を響かせた、その刹那。
全力までチャージをした一発の銃弾を、力の限り放つ。
かなりの強風に乗り、凄まじい勢いでローレルへ向かっていく。
チャージをしたことで威力を上げただけでなく、強風に乗せることで勢いが増し――。
ローレルの丸太のように分厚い腕を、貫通した。




