北――与えられたものに応えるために
「ねーねー、ネリネちゃん。お酒って好き?」
「……飲んだことない」
「あ、まじ? だったら、今度一緒に飲も飲も。朝まで飲み明かそー」
「……断る」
「えー? んなこと言わずにさー、美味しいよー。きっとネリネちゃんも気に入ると思うよー?」
「……」
うち――ネリネと、アマリリスの二人は、塔の中を進んでいた。
二人が入った時点で扉が開かなくなったため仕方ないことではあるが、一緒に入る人を間違えた気がして仕方ない。
既に十階以上来ているのだが、同じ歩幅で歩くアマリリスは全く口を閉じようとしない。
五秒以上黙っていられないのだろうか。少し違うとはいえ、この騒がしさはイベリスと似たようなものを感じる。
ギャルみたいな出で立ちといい、うちとは気が合わないタイプかもしれない。
「それにしても、その猫耳って可愛いよねー。ちょっと触ってみてもいい?」
「……だめ」
「えー? いいじゃんいいじゃん、ちょっとだけだしー」
「……だめ」
手をわしわしと動かしながら、そんなことを言ってくる。
イベリスもそうだったけど、どうしてそんなに猫耳を触りたがるのか。
いや、うちも猫の耳なら触りたくはなるけど……生憎とうちは人間だし、やめてほしい。
「にししし、勝手に触っちゃお」
「……ふにゃぁっ!?」
突然横から手が伸び、うちの猫耳を弄られてしまう。
その際、うちの口から変な声が漏れ、咄嗟に口を手で塞ぐ。
当のアマリリスは一瞬驚いた顔をしたあと、何やらニヤニヤといった不快な笑みを浮かべる。
「何、今の声。ふにゃぁって言ったっしょ? ふにゃぁって。にししし、可愛い~」
「……うるさい。言ってない」
「にししし、じゃあもう一回――」
と、そこでアマリリスの言葉が途切れる。
銃を取り出してアマリリスへ向けようとしていた、うちの手も止めざるを得なかった。
ここは、今までとは違うフロアらしい。
この階だけ円状に広がっており、何故か下階までよりも広く見える。
その中央に、一人の男性が立っていた。
「がははははっ! よお、待ってたぜえ」
かなりの高身長に、分厚い筋肉に覆われた巨体、そして背中には大きな斧。
うちは、闘技場で見たことのある人物だ。
確か、〈十花〉のローレルとかいう男だったはず。
見た目通りパワー系の実力者で、シオンもかなり押されていたことを覚えている。
まあ、途中で邪魔が入ったため決着はつかずに終わってしまったが。
「……誰?」
「……〈十花〉のローレル」
「〈十花〉……? ああ、なるほど……」
短く名前だけを言うと、アマリリスは得心がいったように呟いた。
アマリリスもシオンの妹であるヒゴロモと同じパーティに属しているし、一応〈十花〉の存在は知っているらしい。
「本当は俺様もシオンのとこに行きたかったんだがなあ……あっちはダチュラの野郎に取られちまったから仕方ねえ。ほら、構えやがれ。さっさと楽しい楽しい殺し合いをしようぜえッ」
ニッと、ローレルは楽しそうに不敵な笑みを浮かべる。
シオンのところには、もう一人別の〈十花〉が行っているのか。
仕方ない。別に心配なんてするつもりもないが、シオンは色々と迂闊だし、そっちにも向かえるよう早急に片付けよう。
銃を取り出し、銃口をローレルに向ける。
すると、ローレルは一層笑みを強くした。
「そういやあ、ネリネ。てめえも、できれば連れて来いって言われてんだ。俺様はんなことに興味はねえが、ボスからの命令なんでなあ……あんまり、呆気なくくたびれんじゃねえぞ?」
うちも〈キーワ〉や〈十花〉から、仲間にすべき対象だと認識されているらしい。
確かにシオンほどじゃないにしろ、うちにも辛い過去はある。
だけど、決して世界を憎むほどのものではないし、おそらく他のみんなと比べれば大したことないだろう。
だから、うちは世界から逃げるつもりなんてない。わざわざ、そんな集団に属する意味も見出せない。
「……ボスってのは何者? どうして、あなたはそんな人に従ってるの?」
銃口を向けながら、そんな疑問をぶつける。
するとローレルは途端に真顔となり、真っ直ぐこちらを見据えて答えてきた。
「……居場所をくれたからだよ。どうしようもなくて嘆いてた俺様たちに、世界へ復讐する手段を与えてくれたからだよ。この怒りと憎しみをぶつけるべき相手を、教えてくれたからだよ。それだけで、充分だ」
怒りと憎しみをぶつけるべき相手――それが、世界そのものということか。
うちはあくまで他人だから、理解できるわけもないし、そもそもしようとすら思わないけど。
そうやって味方になってくれる人物が現れたのなら、その人物に忠誠を誓ってしまうのも仕方ないのかもしれない。
今まで幸せに暮らせず、仲間や居場所がなかった者なら尚更に。
だったら、その時点で終わりだ。
うちはシオンほど、お人好しじゃない。
住んでいた場所も環境も違うのだから、お互いのことを理解できなくて当然だろう。
そんな人たち全員を、わざわざ救ってあげようだなどと思ったりはしない。
うちがやることは変わらない。
敵として、これからも立ちはだかってくるのなら――真っ向から迎撃するだけ。
〈十花〉の仲間に加わるなんて、以ての外だ。
「下らねえ話は終えだ。さっさと始めようぜ」
ローレルは再び笑みを滲ませ、斧を構える。
うちは、銃を向けている人差し指を引き金に添えた。
「あたしだけ、ちょっと蚊帳の外な感じがするけど……でもま、そんなに戦いたいなら相手になってあげようじゃん」
アマリリスが一回だけ指パッチンをし、右手を上に開く。
すると、手のひらの上に光る球体が浮かんでいた。
これは……光魔法の一種なのだろうか。
まだアマリリスの実力は分からないが、光奏師の能力はそれなりに役に立ってくれるかもしれない。
こうして、ローレルとの死闘が幕を開けた。




