西――外れの焔
封印されし右目が疼く。
我の全てを見通す隻眼が、警告しているかのようだ。
間違いない。この霊塔には、忌まわしき呪いの魔獣が眠っていることだろう。
だが、問題はない。
海王神たる我ならば、その程度の有象無象を屠ることなど造作もないことだ。
よかろう。我が自ら、相手をしてやろうではないか。
くははははははっ!
「ガーベラ、ガーベラ。何、変なポーズしたままニヤニヤしてるんデスか? 早く行きマショウよ」
「わ、分かっとるわっ! ニヤニヤなんかしてないし、変って言うなっ!」
せっかくかっこつけていたのに、何故か一緒に行くことになったイベリスに邪魔されてしまった。
相変わらず空気が読めないやつだ。
シオンたちならまだしも、こいつとだけは二人きりになりたくなかったんだけど。
もう既にある程度は上ってきたけど、正直、大した罠もなければ魔物とかもいないせいで少し拍子抜けしてしまった。
まさか我という海王神が来てしまうとは思っていなかったから、怖気づいているのかもしれない。
無理もないことだがな。
強大な魔物ですら怯えさせてしまう我の力が恨めしい。
「あっ、ガーベラ。そこ危ないデスよ!」
「……えっ?」
不意にイベリスから声をかけられ、意識をそちらに向けた途端に。
すぐ右の壁から、火炎放射のように炎が噴出した。
「ギャーッ!?」
「大丈夫デスか? やははー、もう少しでこんがり焼けてしまうところデシタね」
「笑いごとじゃないっ! サイコパスか!」
ほ、本当に危なかった。今いきなり目と鼻の先が熱く赤くなって、ちょっと鼻のてっぺんが触れた気がするんだけど……大丈夫なの、これ。
な、なかなかやるな。一瞬でも我を怖がらせるとは……罠を仕掛けた人を絶対に許さない。
「ガーベラ、安心してクダサイ! ワタシが守ってあげマス!」
「ま、守る……?」
「ハイ! こうやって、ぎゅーっと抱きついていればいいんデスよっ」
「守るどころか、二人で心中する気かっ!」
「ワタシは、それでも本望デス!」
「我は本望じゃない!」
しつこく抱きついてこようとするイベリスの顔を、両手で押す。
いちいち抱きつかないでほしい。
こいつと一緒にいたら、疲れてしょうがない。今からでもいいから、誰か代わってくれないかな。
我が本来の力を取り戻していれば、こんな女一人ごとき……。
力が戻り次第、真っ先に葬ってやるからな。
「ガーベラ、ガーベラ。好きな動物って何デス?」
「好きな動物……? 黒き冥府の番犬、ケルベロス……いや、獲物を逃すことなどない魔犬、ライラプスもいい」
「いや、あの、実物する動物でお願いしマス……」
「じゃあ……犬だ」
「つまり、ワタシみたいな子が好きってことデスね! やっぱり両思いじゃないデスかー」
「……滅するぞ、貴様」
「滅する!? 殺すって言うより物騒な感じがしマス!」
イベリスみたいなどと言われると、この上なく犬が侮辱されたような気がして腹が立つ。
どこが似ているんだ……正反対だろう。何から何まで。
イベリスは可愛くもないし、何より神話に登場していない。その時点で論外だ。
と、呑気にもそんな雑談をしながら、二人で塔を上っていく。
どの階も壁や床は赤一色に覆われ、所々に炎が配置されていたりはしたものの。
やはり魔物はどこにも存在せず、順調に進むことができた。
何十と階段を上り、さすがにそろそろ疲れてきた頃。
かなり広い、円状に広がった空間に辿り着いた。
下階までとは明らかに様子が違う……が、はっきり言ってそれだけだ。
ここも特に何もないらしく、ただ奥に階段があるだけ。
一体、何のためのフロアなのかさっぱり分からない。
でも階段があるなら、とりあえず行ってみるしかないだろう。
訝しみながら、その階段を上ると。
まず真っ先に視界に映ったのは、灰色の雲に覆われた大空だった。
無数の雨粒が、我らの体や塔を叩く。
そう。
ここは――塔の屋上。
どうやら、何とか一番上まで来れたらしい。
「ガーベラ、何かありマスよ?」
イベリスが言うのと同時に、この屋上の中央に変な物体が置かれていることに気づいた。
台座に乗っているそれは、赤くて丸い。
何かのスイッチのようにも見える。
「押してみてもいいデスかね?」
「貴様……罠だったらどうするつもりだ」
「やははー、大丈夫デスよ。えいっ」
「えっ、あ、ちょっ――」
我の制止の声も聞かず、イベリスは力強くスイッチを押す。
すると、どこからかゴゴゴといった何か重いものが動いたような音が聞こえてきた。
「何が起こったんデショウ……?」
「……貴様、考えなしの行動は慎め」
「やははー、でも悪いことは起きてないから大丈夫じゃないデスか」
「起きてからじゃ遅いから言ってんの!」
イベリスと一緒に行動するのは、やっぱりこれからも不安だらけだ。本当に大丈夫なのか、こいつ。
まあ、この状況なら押す以外にやることがないから仕方ないとも思うけど。
辺りを見回しても、他には何もない。
この塔の中で何かが起こっているはずだし、戻ってみるしかないか。
そう思い、二人で来た道を戻る。
フロアの隅から隅まで見て、何か変化がないか確認しながら階段を下りていく。
だけど、特にこれといった変化は何も見受けられなかった。
一番下、一階に到達するまでは。
「あれ……?」
ほぼ無意識に、自分の口から素っ頓狂な声が漏れる。
さっきまで、どれだけ押したり引いたり叩いたりしても開く素振りを見せなかった強固な門扉が。
何故か、全開になっていたのである。
「分かりマシタ! さっきのスイッチで開いたんだと思いマス! ほら、ワタシの行動は正しかったってことデスよ、ガーベラ!」
「……」
何も反論ができないが、絶妙にうざい。
結果オーライなだけだと思うけど、何故か少し悔しい。イベリスのくせに。
でも、何とか塔から出ることができるのはよかった。
最上階まで行っても何もなかったら、出ることすらできないから閉じ込められてしまうところだったし。
ほっと胸を撫で下ろし、塔の外に出る。
相変わらず雨が降り続けており、一気にびしょ濡れになってしまう。
他の塔は扉が開く様子もない。
みんなは、まだ中で上を目指している途中なのか。
「みんなが出てくるまで、イチャイチャして待ってマスか!」
「いちゃいちゃはしないっ!」
とにかく、早く誰か出てきてくれと願う我であった。




