赴く前の集い
「何、これ……?」
僕が持っている紙を横から覗き込んだガーベラは、厨二病演技も忘れて呟いた。
記されているのは、二人の名前。
ダチュラという名は見たことも聞いたこともないが、もう一人、ローレルなら知っている。少し前、闘技場で戦った相手だ。
四方の霊塔にて待つ。
そんな短い言葉しか書かれてはいないが、決して好意的な意味ではないことくらいは分かる。
今どこにいて、どうやってこの紙を僕たちの前に降らせたのかは分からないけど。
間違いなく、僕たちへ向けた宣戦布告だろう。
もう一枚の紙は、慈悲大陸ディルウィードの地図になっている。
見たところ、この街ホーリーフの遥か南東に四方の霊塔とやらがあるらしい。
「〈十花〉から、僕たちへのメッセージみたいだね……」
「……」
僕の言葉に、ガーベラは頬に一筋の汗を垂らす。
ガーベラ自身は、まだ〈キーワ〉そして〈十花〉の面々と出会ったことはないようだが、ここに来る前、船の中で一応そういう集団がいることは話しておいた。
僕たちの仲間になった以上、無関係ではいられないだろうから。
僕たちを狙っている〈十花〉のメンバーが、そこで待っている。
本来なら、危険であることは間違いないし、行くべきではないのかもしれない。
だけど、本当に〈十花〉のメンバーがいるのなら。
僕たちの目的からしても、行ってみる価値は充分にあるような気がした。
などと、思案を巡らせている間に。
僕の手の中にある『四方の霊塔にて待つ』と書かれた一枚の紙に、突如として異変が生じた。
ユラユラ、ぐにゃぐにゃ、しわしわ、と。
僕が何もしていないにも拘わらず、勝手に歪み、次々と形を変えていく。
やがて、塵のように散り散りになり、一枚の紙は完全に霧散してしまった。
「き、消えた……?」
一体、どういう仕組みなのか。
〈十花〉のメンバーが用意したものなら、これもあいつらの仕業なのかもしれない。
もう一枚の、地図が描かれた紙は何の変化もないまま。
この地図を見ながら、四方の霊塔とやらに来い、というわけか。
「……貴様は、どうするつもりなのだ」
「そうだね……とりあえず、みんなに話そう」
今は五人でフォルトゥーナなのだから、僕が一人で決めても意味はないだろう。
紙には『一人で』などとは書かれていなかったし、どうせ行くなら全員で行くべきだ。
そう思い、僕たちはリリー亭へと急ぐ。
リリー亭に近づいてきた頃、その建物の中から見知った影。
ヴェロニカ、イベリス、ネリネの三人が、一緒に出てきたところらしい。
偶然だが、実にちょうどいいタイミングである。
三人のもとへ走って向かうと、僕たちに気づいたのか歩みを止め、視線をこちらに向けてくる。
「どうしたのよ、あんたら。もう用事は終わったの?」
僕たちが近くまで来るのを待ってから、ヴェロニカは怪訝そうな表情で首を傾げた。
先ほどの紙は消えてしまって見せることはできないため、口頭で説明する。
すると、ヴェロニカは眉を顰める。
「あんた、もしかして行く気なの? 十中八九、罠に決まってるじゃない」
「そうかもしれないけど、〈十花〉がいるんだったら行ってみてもいいと思うんだ。ヒースは帰る方法はないって言ってたけど、本当は帰る方法があって〈十花〉なら知ってるかもしれないし、それに〈十花〉の人たちのことも……ちゃんと救いたいから」
かつて、ヒースが元の世界に帰る方法はないって言っていたことは当然覚えている。
でも、だからといって諦められるわけがない。それに、ヒースは下っ端だったみたいだし、〈十花〉なら何かを知っている可能性もゼロではないだろう。
たとえそうだったとしでも、教えてくれやしないかもしれないが。
そして、僕が〈十花〉のところに行きたいと思っている、もうひとつの理由。
ヒースが言っていたことだが、元の世界で過去に何かしらの辛い悲惨なことがあった人を仲間にしているようなのだ。
だからこそ、僕のことも仲間に誘ってきている。
しかし、そんな僕だって仲間たちのおかげで、過去の闇を払うことができたのだ。
あいつらだって、それが不可能だとは思わない。
僕はヴェロニカたちに救われた。だから、今度は僕があいつらを救いたい。
そう思ってしまうのは、おかしいことだろうか。
だけど、現実を捨てて異世界へ逃げ、そして元の世界で幸せだった人たちや世界そのものに報復するのは……やっぱり間違っていると思う。
〈キーワ〉も〈十花〉も、全員救って全員で――元の世界に帰ってやろうじゃないか。
「全く、あんたはもう……相変わらず、お人好しというか何というか。そうやって他人のことを気にするのもいいけど、自分のことも心配しなさいよ。どれだけ危険なことがあるのか分からないのよ?」
「わ、分かってるよ。でも、〈キーワ〉や〈十花〉だって僕たちを狙ってるんだから、どっちにしろいずれは襲ってくる可能性が高いんじゃないかな。だったら逃げてばかりもいられないし、やっぱりできることなら救ってあげたいって思うよ。自分たちのためにも、あいつらのためにも」
「そ、それは……」
特に反論する言葉が思い浮かばなかったのか、ヴェロニカは目を逸らして唸る。
僕は、僕一人だけじゃなくて仲間みんなの命まで危険に曝そうと言うのだ。反論意見が出るのも当然だろう。
とはいえ、僕が言ったように、向こうも僕たちを狙っている。遅かれ早かれ、奴らとの戦闘は避けられないはずだ。
なら、ある意味今は好機とも取れるのではないだろうか。
突然の不意打ちや仲間が人質にされたりなどではなく、ちゃんと僕たちが来るのを待っているというのだから。
「やははー。これがシオンなんデスよ、ヴェロニカ。ワタシはシオンに賛成デスよ」
「イベリス……?」
「大丈夫デスよ。こっちはもう、今は五人もいるんデスから。シオンはもちろんのこと、ワタシもみんなも、あれから強くなっているはずデスし」
今から敵の場所に向かうという話をしているとは思えないほど明るく、笑みを浮かべながらイベリスは言った。
ネリネとガーベラを加えた状態で〈十花〉と戦ったことはないが、当然この前戦ったときより戦力は増している。
五人で行けば、必ずとは言えないものの勝てる見込みだってあるような気がした。
紙に記されていたダチュラという名の人物がどれほどの実力者なのかは、一切分からないが。
「はぁ……分かったわよ」
ヴェロニカは、諦めたように嘆息しつつ呟いた。
いつもいつも、本当に申し訳ない限りだ。
他にこれ以上反論がないみたいだったので、僕たちは町の外へ出ようと歩き出し――。
「君たち、ちょっと待って」
――不意に、背後から呼び止められた。
訝しみ、後ろを振り向くと。
すぐそこには、ヒゴロモ、カルミア、アマリリスの三人が立っていた。
そして――。
「今、〈十花〉のところに行く話してたっしょ? あたしらも、それに混ぜてよ」
アマリリスがニッと笑い、そう言ってきたのだった。




