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たとえ偽りの姿でも

 あれから、ガーベラとアマリリスは三十分近くお酒を飲み続け。

 ガーベラがようやく用事を思い出したところで中断し、僕たちは別れた。

 宿から出て、二人で肩を並べて歩く。


「……ご、ごめん」


 不意に、下手したら聞き逃してしまいそうなほど小さな声で謝罪してきた。

 おそらく、さっき僕をよそにアマリリスとお酒を飲んでしまったことについて気にしているのだろう。

 普段は厨二病的な発言ばかりで上から目線なことも多いが、意外と根は優しい子だ。


「大丈夫だよ。何時間もやってたわけじゃないし、そんなに気にすることじゃないから」


「……う、うむ。くははははっ! 貴様も、ようやく眷属としての意識が芽生えてきたようだな……っ!」


「そうだね。ガーベラ様の眷属の一人としてね」


「そ、そこは乗るんだ……」


 僕の対応が予想外だったのか、ガーベラは厨二病演技も忘れてジト目で呟く。

 スルーしたり突っ込んだりすると怒るし、便乗するとそれはそれで突っ込まれるし、どうするのが正解なのか誰か教えてほしい。


「……ところで。貴様、本当は男だったのか?」


 ふと歩みを止め、ガーベラはこちらの目を見据えて問う。

 アマリリスが僕のことを男の子だと言い、それをヒゴロモや僕が否定していないところを、ガーベラは近くで見ていた。

 だから、僕の中身が男だという事実をガーベラも知ってしまったのだ。


「うん、そうだよ。ごめんね、今まで黙ってて」


「なんだと……ッ!? この〈全て(オキ)()見通(ラス)()隻眼(サード)〉に映る貴様の姿ですら、まやかしだったというのか……ッ!?」


「えっと……別に騙していたわけじゃないんだけど、言うタイミングがなかったっていうか……ごめん」


 こんな外見をしている以上、みんなが僕のことを女の子だと思ってしまうのも無理はない。

 たとえ嘘をつくつもりじゃなかったとしても、一応みんなを欺いていたことに変わりはないだろう。

 そう思って謝ったのだが、返ってきたのは予想だにしていなかった言葉だった。


「……そうか。我を欺いていたことは万死に値するが、貴様の真なる性を知れたのなら何も言うことはない。シオンであることに変わりないのだからな。だが、他の眷属たちもまだ知らないのなら、帰還した際に話せ。隠し事は、なしだ。ただでさえ貴様は隠したがるようだからな……」


 他の眷属たちって、イベリスやネリネのことだろう。

 隠し事はなし、か。まさか、ガーベラの口からそんな言葉が出てくるとは。


 僕は自分の過去を隠し続け、つい昨日、船の中でようやく仲間たちに明かした。

 軽蔑されたり畏怖されたりしてもおかしくはないと思っていた悲惨な過去を聞いても、仲間たちは変わらず、僕を励ましてくれた。

 ……そうだな。残りの二人にも、そろそろ話しておくとしよう。


「うん、分かった。ありがとう、ガーベラ」


「な、何故礼を言う。や、やめろ、頭を撫でるなっ!」


 僕が腕を上に伸ばして頭を撫でると、ガーベラは照れたように赤面して叫ぶ。

 僕は、シオンだ。男であっても女であっても、みんなの仲間であることに変わりはない。

 性別を隠し続けるくらいなら、さっさと話しておいたほうがいいか。


 それを、ガーベラに気づかされるとは思わなかった。

 まあ、本人は意識なんてしていないだろうけど。



 そうして、町の中を歩くこと十数分。

 僕たちは、ようやく目的地に到着した。


 小ぢんまりとした、一軒の店だ。

 入口に掛けられていた暖簾を潜り、中に入っていくと。

 商品棚には、たくさんの雑貨が並んでいた。

 ここは……雑貨屋といったところか。


「結局、買いたいものって何なの?」


「……これだ」


 そう言って見せてきたのは、黒光りする物体――その名も双眼鏡だった。

 何が欲しいのかと思いきや、これは予想外だ。


「くははははっ! 我の〈千里眼ホークアイ〉を持ってすれば必要はないと思っても無理はないだろうな……っ! だが、いくら海王神である我でも、力の半分を失われている今、そう何度も使えないのだ……」


「あれ、力の半分を失われているっていう設定なんてあったの?」


「だ、黙れ。と、とにかくそういうことだ」


 いつにも増して、なかなか酷い後付け設定である。何だか、そのときに思いついた設定をただ発言しているだけな気もする。

 でもまあ、双眼鏡が必要ってことは、おそらく船で使用するためのものだろう。

 何とか大砲を入手したことで海に生息する魔物が出現した際に攻撃する手段を得ることはできたものの、双眼鏡がなかったから遠くのものを見通すことができなかったし。


 ともあれ、ガーベラは双眼鏡を購入。

 他には何も用事がないらしいので、僕たちは店から出た。


「これだけなら、別に僕と一緒に来る必要はなかったんじゃないの?」


「そ、それは……一人じゃ、ちょっと心細いし……」


 歩きながら問うと、ガーベラは恥ずかしそうに目を逸らしつつ唇を尖らせて答えてくる。

 ガーベラとはまだ知り合ってから間もないけど、これまで一緒に過ごしてきて少しは人柄を理解できてきた。


 いつも厨二病的な演技で高圧的な態度を取ってはいるものの、根は気が弱いのだ。

 知らない街に来て、知らないところを一人で行くのは不安なのかもしれない。

 僕が仲間に誘ったときも、条件を満たしさえすればあっさり仲間になってくれるほど、仲間という存在が欲しかったみたいだし。


「だ、だから、何でいちいち頭を撫でるんだよぉっ!」


「……えっ? あ、ごめん」


 何だかガーベラが可愛いと思えてきて、ほぼ無意識に頭を撫でてしまっていたらしい。

 頭部から手を離すと、ガーベラは気取ったポーズで僕を睨む。


「くっ……なんて愚かな……ッ! 安心するがいい。我が真の力を取り戻した際、手始めに貴様を最も相応しい残虐な方法で嬲り殺してやる……ッ!」


「頭を撫でたのが、そんなに重い罪なの……?」


 ヒゴロモとは容姿も性格も全然違うタイプとはいえ、ガーベラも妹みたいな子だからか頭を撫でることにもあまり抵抗がない。

 まあ、さすがに本人はちょっと嫌かもしれないが。


 そんなやり取りをしながら、再びリリー亭へと向かっていると。

 不意に、頭と目に違和感を覚えた。


 頭痛とも少し違う、何者かによって脳内が掻き回されているかのような奇妙な感覚。

 視界が回り、吐き気を催すほどの気分悪さに苛まれてしまう。


 しかし、それはほんの一瞬のことだった。

 一秒前の現象が、まるで嘘や気のせいだったかのように。

 あっという間に、正常へと戻った。


 さっきの感覚に襲われたのは僕だけだったようで、ガーベラが訝しみながら僕を見ている。

 一体、何だったのか。瞬時に治まったことから体調が悪いわけでもないだろうし、明らかに普通ではない。

 でも、考える暇すらあまりないほどすぐに、僕たちの意識は別のところへ移った。


 頭上から、ひらひらと。

 二枚の紙が、僕たちの足元に落ちてくる。

 怪訝に思いつつ拾い上げると、僕は思わず絶句してしまう。



『四方の霊塔にて待つ

          〈十花ヴェイス〉――ダチュラ&ローレル』



 そう短く記されていたのは。

 紛れもない、〈十花ヴェイス〉から僕たちへの宣戦布告だった。

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