最初に進むべき道
「うはぁ~」
目の前の光景に感激しているのか、ヴェロニカが感嘆の吐息を漏らす。
無理もない。
様々な店が立ち並び、大勢の人々が所狭しと闊歩している様子を、こんなに近くで見てしまっては当然と言えるだろう。
ここは、王都アンブレット。
そう。広大な草原を歩き続け、ようやく僕たちは街に到着したのである。
僕は一応ゲームで草原のところまでは多少知っていたが、テストプレイの段階ではここで中断してしまったため、ここからは完全に未知の領域となる。
やはりゲームの世界だからか、こうして人々の姿を見ているだけでも、その異様さが嫌でも伝わってくる。
当然と言うべきか、日本ではなかなか見かけないような服装が多い。
いや、それは服装だけではないな。
髪の色も、町並みも、まさにファンタジーといった感じで。
ゲーマーの僕としては、少しだけテンションが上がってしまうのも仕方のないことだった。
「……で、これからどうするの?」
ヴェロニカに問われ、僕は暫し思案する。
とりあえずアンブレットまで来てみたものの、特に目的があったわけではない。
それに、長時間ずっと歩いていたせいで今は疲れているし、日も暮れてきている。
多分、あと一時間か二時間ほどすればすっかり暗くなってしまうだろう。
だから、あまり立ち話などはしないほうがいい。というか、したくない。
「これからのこととか話し合っておくべきだとは思うけど、まずは宿を探そう。寝るところとか食事とか、ちゃんと確保しておかないといけないしね」
「そ、そうね。宿代、今持っている分で足りるかしら」
「ゲームだと、宿屋に泊まるだけなら大抵あんまり高くないから大丈夫だよ……きっと」
今の所持金は、ダンゴムシの魔物を倒したときに入手した760ウィロのみ(どうやら、この世界ではお金の単位はウィロというらしい)。
せっかくだから他にも色々必要なものとかあれば購入しておきたい気もするが、とりあえず今は食住のほうを最優先すべきだろう。
僕たちはたくさんの人の波を掻き分け、様々な店と思しき建物を横目に見つつ宿を探す。
この街にある店は、ほとんどここら一帯に集中しているのだろうか。
そう思ってしまうくらい、立ち並んでいる店の数も人の数も多かった。
やがて。
人気が徐々に少なくなりかけた頃、それらしき建物をようやく発見した。
さっきまで色々な店があったが、それらと比べてもかなり大きい。
扉の前に置いてある看板を見ると、『宿屋・ローズ』と記されていた。
僕らは顔を見合わせ、頷き合ったのち。
どちらからともなく、その宿屋の中に入っていく。
中は、思ったより静かで綺麗な場所だった。
一階は受付兼ロビーとなっているらしく、フカフカそうなソファや大きなテーブル、壁には時計やテレビ、更に自動販売機みたいな機械まで置かれている。
ここはゲームの世界、つまり日本ではない完全にファンタジーな世界観なのだが。
やはりゲームということは制作者がいるというわけで、日本にあるもの(この場合だと自動販売機など)を普通に使用しているのか。
制作者の人たちは、この世界では神みたいなものなんだろうなぁ。
何はともあれ、僕たちは受付まで行き、宿泊の手続きを済ませる。
部屋の番号が書かれた鍵を貰い、奥にあった階段を上る。
最初は不安だったが、あまり宿泊時の手続きなどは日本と大差ないようで安心だ。
それに、金銭的な問題も、とりあえず一泊で120ウィロだったので、今持っている分でも充分に足りた。
やがて、鍵に書かれた番号と扉に記された数字が一致している部屋に到着し、中に入る。
広さは、およそ六畳ほどだろうか。
ベッドが二つ、テレビ、冷蔵庫、机、椅子、クローゼット……宿の部屋として必要最低限のものは一応揃っている。
受付の人から聞いたが、トイレと風呂は一階にあるらしい。
どうせなら部屋の中にあればよかったんだけど、あまり贅沢も言ってられないか。
でも、この世界に来てからようやく休むことができる。
僕は上着を脱いでハンガーにかけることもせず、ベッドの上に倒れこむ。
「ちょっと、いきなり寝転がらないでよ」
ヴェロニカがジト目で言ってくる。
そうだった……引きこもりニート学生だった僕には、今日歩いた距離でさえ途轍もなく疲れたため、部屋に入るや否やベッドに飛び込んでしまった。
が、今はそんな暇すらない。
今の段階では唯一僕と同じ境遇の者はヴェロニカだけなのだから、二人でこれからのことを話し合っておかなくては。
「じゃあ、まず聞いておきたいんだけどさ」
「ん? なによ」
僕が上体を起こして言うと、ヴェロニカは椅子に座りながら首を傾げる。
当面の目的を立てる上での、重要な質問だ。
「ヴェロニカって、このゲームのテストプレイは一人でやった? それとも、誰かと一緒にやった?」
「……一人よ。あたしの家族は、ゲームなんか興味ないもの」
「そっか……」
「どうしたのよ? 急にそんなこと訊いて」
訝しんでくるヴェロニカに、僕は答える。
「いや、これはあくまで多分なんだけど。僕とヴェロニカがこんな世界に飛ばされた以上、テストプレイをやっていた他の人に何の影響もないとは思えない。僕たちと同じように、みんなこの世界に来ていると思うんだ」
そう。何で連れて来られたのかなんてのはすぐに答えが出てくるわけないからまだ考えないでおくけど。
再三言うが、このゲームはMMORPGである。
つまり、僕たちの他にもプレイヤーはたくさんいるのだ。
テストプレイの抽選に当選し、実際にプレイしていた者全員がこの世界に来ていてもおかしくはない。
いや、むしろ来ていると考えるのが自然だろう。
「僕は、妹と一緒にやってた。だから多分、妹も来てる。個人的な問題で悪いんだけど、まず僕の妹を探すのに協力してほしい」
僕は何とかヴェロニカと出会い、タイムさんに助けられたり自分の能力が発覚して魔物を倒せたりはしたものの。
他の人たちまで、全く同じとは限らないのだ。
もしかしたら、妹――緋衣は未だに一人なのかもしれない。
何が何だか分からず、道に迷って、泣いているのかもしれない。
そう考えたら、心配で心配でたまらなくなってくる。
だから、僕は早く緋衣と合流をしたい。
「……ん、分かったわ。じゃあまずは、あんたの妹を探しましょう」
こうして、僕たちの当面の目的が決まった。
元の世界に戻る方法を探りつつも、緋衣を探すということに。




