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その文字は燦然と輝く

 どこかの誰かは言った。


 ――現実はクソゲーだ、と。


 最初に言い出したのが、どこの誰なのかは知らない。

 取り立てて口にするほど大した言葉ではないし、それどころかむしろかなり陳腐な発言であるとすら言えるだろう。


 でも、僕は一方的にその発言者のことを尊敬している。

 とても短い言葉で、この世のことを簡潔で的確に分かりやすく表していると思う。


 だって、そうだろう。

 何事も思い通りにはいかず、辛いことや悲しいことが次々と襲いかかり、親友や恋人を作れるのは一部の選ばれし者だけ。

 それが、現実というもの。


 生きていればいいことがある、などと人々はみな口を揃えて言うけど。

 確かな未来のことなんて誰にも分かるわけがないし、そもそも実際に嬉しいことや楽しいことがあった人が、そういった言葉を吐くわけで。

 そんな台詞を簡単に鵜呑みにして、思考をポジティブに変換させることなんか不可能にも等しい。


 多少ひねくれていることは、自分でも分かっている。

 もちろん共感してほしいだなんて言うつもりもないし、正反対の考えを持っている人もたくさんいるだろう。


 だけど、あくまで僕にとっては。

 この世界――現実とは、まさに悲劇の連鎖。

 そんな僕の思想を知れば、誇張表現だと笑い飛ばす人が大半だと思うが、僕自身は何も間違ってなどいないと信じてやまない。


 そう思ってしまうのも、仕方のないことなのだ。

 彼らが口々に述べる“いいこと”なんて、今まで僕には起きたことないのだから。


 ただ、ひとつを除いて。



     §



にぃ、準備はいい?」


「ああ、もちろんだ」


 隣の椅子に座った少女からの問いに答え、ヘッドホンを装着する。

 僕の様子を見て、隣の少女も同じように色違いのヘッドホンをつけ始めた。


 緊張で逸る鼓動を押さえ、パソコンを操作する。

 デスクトップに配置したアイコンをダブルクリックした瞬間、それが起動した。


『SEVENS virtue sin ONLINE』――通称セブンズ。

 七つの広大な大陸を旅するのも、一つの国に留まってのんびり暮らすのもプレイヤー次第。

 そんな新作MMORPGの様々なゲーム情報が発表されたのと同時に、テストプレイの抽選が始まった。

 自他ともに認めるゲーマーである僕は、そのゲームの存在を知った途端すぐさまテストプレイの抽選に申し込んだ。


 が、あくまでそれは抽選。当然、申し込んだ全員が当選するわけではない。

 どちらか一人が当たればいいと思い、僕だけでなく妹も一緒に申し込みはしたものの、正直全く期待などはしていなかった。


 何故なら、僕は異様に思えるほど途轍もなく運が悪いのだ。

 十七年生きていて、運がいい出来事など一度もない。


 くじに挑戦してみても、十回中十回が外れ。

 ゲームでは、最低でも四日以上かけなければレアドロップを入手できず。

 よりによって、かなり見たいと思っていた番組に限って録画を失敗し。

 パソコンを弄っているときとかゲームのプレイ中に、ブレーカーが落ちてデータが消えたり。

 他にも、欲しかった商品の売り切れや電車遅延、店の臨時休業など色々な災難ふこうが何度も降りかかってきた。


 過去にもテストプレイの抽選に申し込んだことはあるけど、結局一度も当たったことはないし。

 だから、どうせ今回も外れてしまうだろう……と、完全に諦めていた、のに。


 今、僕の目の前にあるパソコンの画面上に広がっているのは、『SEVENS virtue sin ONLINE』のタイトル画面。


 そう。僕――さざなみ紫苑しおんは。

 奇跡的にも、新作MMORPGのテストプレイに当選したのである。

 しかも、妹――さざなみ緋衣ひえも一緒に。


 他の人にとっては、テストプレイの抽選に当選したことくらい大した問題ではないのだろう。

 しかし、僕にとっては違う。

 凄まじく運の悪い僕にしては、これは間違いなく奇跡と言っても過言ではない。


 まあ、あくまでテストプレイだから、当選しなくても正式リリースされた暁にはちゃんとプレイできるようにはなるだろうけど。

 とはいえ、やはりゲーマーとしては一日でも早くプレイしたいと思うのは当然である。


 更に、当選した者には特典というおまけつき。

 具体的にどんな特典なのかは発表されていないため知らないが、たとえ何の役にも立たないアイテムだったとしても、特典という二文字に心が踊る。


 と、いつまでも緊張していたら何も始まらない。

 ふと隣を見れば、妹――緋衣は既にゲームを開始していた。

 僕は慌てて、タイトル画面で燦然と輝く『START』の項目をクリックする。


 人生で初めて運のいいことが起こったという事実に、言い知れない高揚を覚えながら。

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